『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』

  • 2010年11月19日更新

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1992年、ある一つのニュースが全米を駆け巡った。マンハッタンに建つ1LDKのアパートで暮らすごく普通の老夫婦が、ワシントンの国立美術館「ナショナル・ギャラリー」に、2000点あまりのアート作品を寄贈した、というのだ。 ―  その夫妻の名はハーバート・ヴォーゲルとドロシー・ヴォーゲル。本作のタイトルである『ハーブ&ドロシー』だ。彼らが作品を選ぶ基準はたった二つで、「自分の給料で買える値段であること」と「アパートに収まるサイズであること」。気に入った作品をコツコツと集め続けて30年、気がつけば二人は、世界屈指の現代アート・コレクターとなっていた。

― と、こう聞くと、この映画はアメリカン・ドリームを掴むような、スケールの大きいサクセス・ストーリーを追ったドキュメンタリーだと思うかもしれない。しかし、ハーブとドロシーの幸せは、実に慎ましくささやかだということが、映像が流れ始めれば、きっとすぐに分かるだろう。美しいアートに出会ったときの新鮮な感動、ただそれだけを二人で見つけ、共有し、求めて歩くことが、人生の喜びなのだ。二人の間に子供はないが、代わりに、おデブちゃんの猫や亀、魚がいる。動物を愛し、自然を愛し、同じようにアートを愛する。お気に入りの作品を見つめるハーブの鋭い目やドロシーの輝くような表情は、人生の「豊かさ」という幻のようなものの一つの形を、確かに私達に見せてくれる。

アートを観る視点について、ハーブとドロシーは、「単純明快」という表現をよく使う。難解、哲学的、コンセプチュアル ― そんなイメージが強い現代アートとは、かけ離れた言葉だ。「現代アートって、よく分からない」と思う人は、それこそ首をかしげるだろう。だが、そんな人にこそ、本作を見ていただきたい。

「実に美しい、ただそれだけだ」、「意味は無くていい。視覚的なものだから」、「アイデアは誰にでも浮かぶけど、実行に移すとは奇跡ね!」 ― ハーブとドロシーが作品について語るのは、そんなシンプルな言葉ばかり。

二人が言うように、アートの楽しみ方は単純明快。知識や言葉は不要なのである。純粋に、自由に心を動かして、アートと向き合えばよいのだと、彼らは意図せず語りかけてくる。何より、作品とアーティストに囲まれて、楽しそうに話す二人の姿を見ているだけで、こちらもおのずと、うきうきした気分になってくるのだ。

「他人のルールには従わず、自分のやりたいことをやってきた」というハーブ。それは簡単なようで難しい。しかし、我々が難しく考えているだけかもしれない。まさに、アートも同じである。このドキュメンタリーには、アートに対して難解に絡まってしまった思考を、ゆっくりと解いてくれるような心地良さがある。友人の家でお茶を飲むような気軽さで観ていただきたい。そのお茶を飲み終えた後は、きっと幸福な気持ちになっていることだろう。

▼『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』作品・公開情報
アメリカ/2008年/87分
監督・プロデューサー:佐々木芽生
出演:ハーバート・ヴォーゲル ドロシー・ヴォーゲル 他
出演アーティスト:クリストとジャンヌ=クロード リチャード・タトル
チャック・クロース ロバート・マンゴールド 他
配給:ファイン・ライン・メディア/TSUMUGU
コピーライト:Photo(C) Katsuyoshi Tanaka
『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』公式サイト
※2010年11月13日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開。

文:しのぶ
改行

  • 2010年11月19日更新

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