『シルビアのいる街で』

  • 2010年08月08日更新

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この物語を完結へ導くための素材は、すべて、スクリーンの中にある。

2008年の東京国際映画祭で話題をさらった本作が、2010年の夏、いよいよ、日本劇場公開とあいなった。ロードショーに先立って来日したホセ・ルイス・ゲリン監督が登壇したティーチ・インの模様は、下記の記事にてほぼノー・カットでリポートしたが、『シルビアのいる街で』をこれからご覧になるかたは、その記事をクリックするのを一旦、待っていただきたい。

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なぜなら、そのティーチ・インの際にゲリン監督が、このように前置きをしたからだ。

『シルビアのいる街で』を作るにあたって、私は「あらゆる要素を取り去ろう」と努めました。
そういった理由から、本作を既にご覧になったみなさまに、自分が取り去ろうとしたものをお話しするということは、実は、本意ではありません。私が言葉を加えることで、この作品へのイメージが反対になってしまうのでは、と心配だからです。

筆者としては、『シルビアのいる街で』を一度はご覧になってから、ティーチ・インでのゲリン監督の言葉に耳を傾けていただくほうが、より一層、本作をご堪能いただけるのでは、と考えている。「既に観た映画だが、再度、映画館へ足を運ばなければ!」という衝動にかられること、請け合いだからだ。

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『シルビアのいる街で』は、観る人の数だけ、異なる展開と結末が生まれる物語である。

フランスの古都・ストラスブールで、グザヴィエ・ラフィット演じる男が、「この街で6年前に関わった女性・シルビア」を捜し求めている。彼はピラール・ロペス・デ・アジャラ演じる女を見つけて、そのあとを尾(つ)ける ― 観る者に与えられる情報らしい情報は、これだけだ。

主人公の男女の表情や仕草、手元にあるノートやグラスといった小道具、彼らと刹那的に接触する人々の言動、背景に映る事物、音楽や声といった鼓膜に響くもの、ストラスブールの街並みそのもの。それらすべてが、自分だけの物語を脳内で完結させるための素材であり、伏線である。スクリーンにちりばめられたあらゆる要素を独自に結びつけて、自身の内(なか)で唯一無二の物語を構築していくことこそ、この映画の「観方」なのだ。

目、耳、感覚に留まった要素をつなぎあわせてみる。場合によっては、取り除いて無視してみる。しかし、最初は重要視していなかった要素に、はっと思い至って改めて着目してみる ― 本作を観ながら、そういった作業を重ねていった結果、エンド・ロールを迎えたときに、自分だけのオリジナル・ストーリーが完成しているはずだ。喩えるなら、小説を読むときの「行間を読む」という作業や、都市や店舗を育成するシミュレーション・ゲームをプレイしているときの体感に似ている。つまり、『シルビアのいる街で』を愉しむために必要な最たるものは、「集中力」と「観察眼」なのである。

主人公の男がどんな職業についているのか、そもそも働いているのか、彼とシルビアのあいだには6年前になにがあったのか、彼はシルビアと再会してどうしたいと考えているのか。

なにより、彼が6年ぶりに会えたと信じている女は、シルビア本人なのか。

それ以前に、果たして、……シルビアは本当に「存在」しているのか。

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▼『シルビアのいる街で』
作品・公開情報

スペイン・フランス/2007年/85分
西題:”EN LA CIUDAD DE SYLVIA”
仏題:”DANS LA VILLE DE SYLVIA”
英題:”IN THE CITY OF SYLVIA”
監督・脚本:ホセ・ルイス・ゲリン
出演:グザヴィエ・ラフィット
ピラール・ロペス・アジャラ 他
改行
配給:紀伊國屋書店 マーメイドフィルム
コピーライト:(C)Eddie Saeta s.a/Chateau-Rouge Production
『シルビアのいる街で』公式サイト(注:音が出ます)
※2010年8月7日(土)より、シアター・イメージフォーラム(東京)他にて全国順次ロードショー。

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文:香ん乃
改行

  • 2010年08月08日更新

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