『老人と海』 ジャン・ユンカーマン監督 インタビュー

  • 2010年08月02日更新

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アーネスト・ヘミングウェイの同名小説をヒントに、沖縄県の与那国島で撮影された、ジャン・ユンカーマン監督のドキュメンタリー映画『老人と海』が、2010年7月31日(土)より、銀座シネパトス(東京)、テアトル新宿(東京)、キネカ大森(東京)ほかにて全国順次公開されます。1990年に日本で劇場公開された本作。今回はディレクターズ・カット版としてスクリーンに蘇ります。

国境の島で巨大カジキを追い求めた82才の漁師 ― 「じいちゃん」こと糸数繁さんの物語。都会に住んでいると忘れがちな「自然と共に生きる」ことの大切さと幸せを教えてくれます。与那国島の美しい自然と独特の文化、ゆっくりと流れる時間を楽しみながら、今の時代だからこそ、シンプルに、正直に生きることの大切さを感じるためにぜひ観ていただきたい作品です。

『チョムスキー9.11』、『映画 日本国憲法』などの監督として知られ、現在、日米両国を拠点に活動を続けるユンカーマン監督にたっぷりとお話を伺ってまいりました。独占ロング・インタビューです!

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― 日本版『老人と海』を映画化すると初めて聞いたとき、どう思われたか教えてください。

ジャン・ユンカーマン監督(以下、ユンカーマン) 若い時に読んだヘミングウェイの小説がとても印象深かったので、地球の真反対の与那国島で、同じようなかたちで漁をしている老人がいるという話に驚きました。
初めから『老人と海』というタイトルでやろうと決まっていましたが、あまりに有名な話なので、ヘミングウェイの小説に対して適切な手法で創らなければならないと考えました。そのためテレビでよく観るような説明の多い、教育的な番組やドキュメンタリーではなくて、ナレーションを使わないで、普通の日常生活の中から生まれてくるドラマを探していこうと思いました。
ヘミングウェイと同じようなとてもシンプルな構造で創る予定でしたが、テーマや話の展開は、全く同じにしようとは思いませんでした。与那国島で最初に撮影を行った1988年は珍しいくらいの不漁でしたが、次の年に行った時は、他ではカジキがどんどんあがっていたのに、(本作の主人公の)糸数さんだけ釣れなかった。そういう意味では、ヘミングウェイと同じような話になってしまいましたね。

― 撮影を始めてから1年位、糸数さんはカジキが捕れなかったのですが、その時の撮影現場の様子はいかがでしたか?

ユンカーマン スタッフの中でもストレスが高かったので、クルー同士で喧嘩したこともありました(笑)。2年目のロケから2ヶ月以上経った時点で、「ドキュメンタリーなのだから、カジキが釣れなくても映画は出来るんじゃないか」ということを僕が言ったら、スタッフから「それなら、なぜこんなに長く頑張る必要があったのか」と猛反発がありました(笑)。カジキが釣れなくても映画は完成したかもしれませんが、やはりそれは難しかったと思います。
撮影は大変で苦労も多かったです。1日8~12時間ずっと海に出ていることもあれば、(港に)帰ってきたら、塩水がかかったカメラを傷めないように、2時間かけてカメラを掃除しなければいけませんでした。撮影スタッフにはもちろん精神的ストレスがありましたが、糸数さんは我々の倍以上のストレスを感じていたようです。スタッフ7人が長期滞在するため、費用の負担が増すことが分かっていただろうし、プライドが高い人だから、カジキが釣れないのが辛かったんでしょうね。それは映画の中の糸数さんの顔にも表れていたと思います。

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― 親戚のおばさんが糸数さんに「何か悪いものが憑いている」ということでお祓いをしたら、その後カジキが釣れたとお聞きしました。

ユンカーマン (お祓いをした)2日後に捕れたんです。本当に何かがとりついていたかどうかは全く分からないのですが、糸数さんとしてはお祈りをしてもらって安心した部分はあると思います。
(島では)気持ちが乱れているとカジキが捕れないと言われています。夫婦喧嘩をした翌日は漁に出ないという迷信があるほどです。

― ついに大きなカジキを捕ったときの糸数さんの様子はいかがでしたか?

ユンカーマン (感情を)あまり顔に出さない人ですが、やはりホッとしていました(笑)。カジキを釣ってから港に向かうとき、汗を拭いている仕草をしたんですが、実は涙を拭いていたのではないか、と思います。

― この映画を通して一番伝えたかったことと、テーマについてお聞かせください。

ユンカーマン 僕たちのように都会に住んでいる人間は、毎日の生活の中で自然との関わりが薄くなってきていると思うんです。与那国島で本作を撮影している間に、自然の中に生きている人たちの生活を見て、それを伝えたいと思いました。
僕たちは普段、どうしても人間中心に物事を考えてしまいがちですが、海に囲まれている小さな島では、海に出ると島も見えなくなってしまいます。人間が中心ではなくて自然がメインなんですね。人間が本当にちっぽけな存在なんだということを、忘れてはいけないのだと思います。自然を大事にしなければいけないということです。
糸数さんは毎日、自然と向き合って海に出ている。サバニで海に出ることを、糸数さんはよく「海を歩く」と言っていました。そのように生きているということは、とても力強い存在だと思います。彼は素朴な人生を送っていました。食べ物はカツオの刺身ばかりだけど(笑)、そのような生活の中でも生きていくことが出来るということでもあります。82才まであのように海に出て生活出来る存在が、(現代社会で生きる人たちにとって)1つのモデルになるのではないかなという気がします。

― カジキが捕れたあと、糸数さんがお祝いの席で、三味線の音が楽しくて思わず踊りだしてしまった場面が、とても自然で印象に残っています。

ユンカーマン この映画とヘミングウェイの小説で1つ違うのは、糸数さんは1人で海に出ますけれど、孤独な存在ではないということです。まずは「(奥様の)ばあちゃん」との関係があって、彼女に支えられていて、ばあちゃんのために海に出ているということ。もう1つは町のコミュニティに支えられているということ。ですから、コミュニティの中にいる糸数さんはヘミングウェイの創ったキャラクターとは違うんですね。
ヘミングウェイが描いた漁師は、本当に1人ぼっちなんです。糸数さんは、久部良(くぶら)という集落の中の存在です。カジキを釣った糸数さんが、他の漁師や仲間と一緒に喜びを分かち合えるということ、そこに真の意味があるのではないかという気がします。あのような町に住んでいると、人との繋がりがあるから幸せだということも言えると思います。周りの人たちは糸数さんをすごく尊敬していて、なかなかカジキが釣れないのをみんなが心配していました。ある漁師は、糸数さんがなかなか(カジキを)釣れないため、「自分が釣ったカジキをあげる」と言ったほどです。

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― コミュニティの中で助け合う場面もありましたね。

ユンカーマン 糸数さんがカジキを釣ったときに、その情報がほかの漁師たちの舟にも無線で流れて、糸数さんがカジキを引っ張って帰ってくるのを迎えるためにみんなが港へ帰りました。あのように大勢の人達が集まって、あげるのを見守ることは、普段はしないんですが(笑)、糸数さんがカジキを釣る日が来るのを、誰もが待っていました。

― 映画の中に、与那国島のお祭りや風習を取り入れることは、最初から計画にあったのですか?

ユンカーマン そうですね。クランク・インはハーリー祭の時でした。実際には、1年後の2回目のハーリー祭も撮影しました。それは予定外でしたが(笑)。
ハーリー祭は迫力がありますし、先程お話ししたコミュニティの絆はそこから生まれるのではないか、という気がするんです。ハーリー祭の3週間位前から、島民が全員、港で一緒に食事をする等、そういう交流を大事にしています。舟の競争もするのですが、それは儀式でもあるんですよね。海に対する思いが、そこにもあるのだと思います。
もうひとつは金比羅(こんぴら)祭です。沖縄では珍しいのですが、何十年か前、漁師を守る神様ということで立てられた神社です。糸数さんは毎朝、舟に塩を盛って撒いていて、それを見た僕は、神秘的だと思いました。糸数さんは、カジキを捕った2日前にお祓いしてもらったそうですが、僕たちに内緒でしたので、(その場面は)撮影出来ませんでした。その代わりに金比羅祭や、舟に塩を撒く場面を映画に入れました。与那国島には霊を見る人がいるという話もよく聞きます。現在は、与那国島も近代化が進んできたので、そういったことも消えつつありますが、この映画を撮影した約20年前は、そういった風習がまだ残っていました。

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― 2010年7月に与那国島で開催された「海の映画祭」で『老人と海』が上映されて、ユンカーマン監督はトーク・ショーに登壇されましたが、観客のみなさまの映画に対する反響・反応はいかがでしたか?

ユンカーマン すごく良かったです。漁協の前で野外上映をしたのですが、与那国島では、ちょうどこの映画が完成した1990年から「国際カジキ釣り大会」が開かれていて、この前夜祭での上映でした。島の内外から多くの人が来ていましたし、その大会には久部良からも多数参加するということで300人位の人々が集まりました。
映画の上映は夜の遅い時間からだったので、観客が(途中で)帰るのではないかと心配していましたが、ちゃんと終わりまで観てくれました。特に若い人たちがすごく興味深く観てくれて、自分のおじいさんやお父さん達がやっている漁をこの映画を通して観ることが出来たのだと思います。
映画の中のハーリー祭のシーンで、3歳の子供が船に乗っていましたが、あの子が現在は大人になって、それこそ3歳の子供の親になっていたんです。とても最高の雰囲気を味わえた映画祭でした。

― ユンカーマン監督にとって、与那国島は特別な場所ですか?

ユンカーマン 滞在の時間が長かったから(笑)とても思い出深いです。島自体が自然のままですから、(そういう意味では)変わってないですね。島に帰る時はいつも、タイムスリップするような不思議な気持ちです。島独特の時間の流れがあって、ある意味でタイムレスだと感じます。この映画が出来た時にもそういう雰囲気があったんですね。(映画の中に)いつの時代なのか特定するものが何もないでしょう? 完成してから20年経っても古くならない、不思議な映画だと思います。

― 2010年の今年、この映画がリバイバル上映されたきっかけは?

ユンカーマン 昨年公開された韓国のドキュメンタリー映画『牛の鈴音』が話題になったこともあり、『牛の鈴音』の日本版という感じで『老人と海』があると考えたのがきっかけです。「『老人と海』をまだ観ていない人がたくさんいるはずだから、もう1回公開したらどうか」という話から始まりました。
改めて試写をしたときに、この映画は今でも綺麗で、力があると感じました。20年前の初回公開時にも話題になった作品ですが、その時に見逃したかたや、本作のタイトルを知っていても観たことのなかった人たちのために、もう1回上映をしようということになったのです。

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― 糸数さんは亡くなりましたが、彼のことは与那国島で語り継がれているのですか?

ユンカーマン 10年ほど前から、久部良の中心にある多目的ホールの展示室に、糸数さんのサバニが展示されています。壁にモザイクで彼の顔写真があり、『老人と海』と書いてあります(笑)。
糸数さんの存在は、島民にとって絶対に忘れられない、島の誇りとなっています。この映画が沖縄で最初に公開された時には糸数さんも立ち会ってくれたのですが、その際は彼の親戚が100人位集まりました。親戚や孫に自分が漁をしている姿を見せることが出来て良かったと話していました。あの当時は、彼の人生のピークだったのではないかという気がするんですけどね。

― この映画を、どのような方々に観ていただきたいですか?

ユンカーマン 特に若い人たちに観てもらいたいと思います。僕らが映画を作る動機のひとつは(観る人に)希望を与えるということです。映画を観て希望を感じることが大事だと感じます。絶望的なことも多い世の中ですが、この映画を観て力を持ってもらえると嬉しいと思います。

― この映画を観るかたにメッセージをお願いします。

ユンカーマン 人生にはいろいろと辛いことがありますが、頑張って最後までやれば勝ち取れることがあるのだ、ということを忘れないでほしいと思います。

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▼ジャン・ユンカーマン(John Junkerman)監督 プロフィール
1952年、アメリカ合衆国のミルウォーキーに生まれる。スタンフォード大学東洋文学語課卒業。1982年から日産自動車における「日本的」労使関係を取材し、そのドキュメンタリーをアメリカのテレビ局で放送したことがきっかけで、映画制作の世界へ。画家の丸木位里・俊夫妻を取材した『劫火-ヒロシマからの旅-』(1986年)は米国アカデミー賞記録映画部門にノミネート。『夢窓~庭との語らい』(1992年)はエミー賞を受賞。9.11のテロ後に言語学者ノーム・チョムスキーにインタビューした『チョムスキー9.11』(2002年)は世界十数カ国語に翻訳され、各国で劇場公開された。世界の知識人12人へのインタビューをもとに日本国憲法を検証する『映画 日本国憲法』(2005年)は、戦後60年の節目に日本国憲法の意義を改めて問いかけた。現在も日米両国を拠点に活動を続ける。

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▼『老人と海(ディレクターズ・カット版)』作品・公開情報
日本/2010年/98分
監督:ジャン・ユンカーマン
企画・製作:山上徹二郎
撮影:清水良雄
音楽:小室等
スチール撮影:本橋成一
出演:糸数繁 他
配給:シグロ スターサンズ
コピーライト:(C)1990年シグロ
『老人と海(ディレクターズ・カット版)』公式サイト
※2010年7月31日(土)より、銀座シネパトス(東京)、テアトル新宿(東京)、キネカ大森(東京)ほかにて全国順次公開。

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『老人と海』 作品紹介

取材・編集・文:秋月直子 スチール撮影:秋山直子 取材・編集:香ん乃
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ジャン・ユンカーマン監督作品
映画 日本国憲法 [DVD] チョムスキー 9.11 Power and Terror [DVD] ノーム・チョムスキー イラク後の世界を語る/中東レポート アラブの人々から見た自衛隊イラク派兵 (2作品同時収録)DVDシリーズ1 今、平和と戦争に向き合う]

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