『トルソ』

  • 2010年07月09日更新

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ふたりでお風呂に入って、じゃれあいながら、疲れを癒したい。

エッチしたい気分じゃないけど、添寝はしてほしい。

今度の休日には、一緒に海水浴に行って、思いきり遊びたい。

もちろん、あたしがセックスしたいときには、相手をしてほしい。

自分の気ままな欲求を満たしてくれて、癒してもくれる、「都合のよい存在」。それが、主人公のヒロコにとってはトルソ ― 男性の胴体部分のマネキンだった。生身の男ではない、というだけのこと。

東京でひとり暮らしをしている34歳のヒロコは、アパレル会社に勤めている。故郷を離れて上京してきたときには、ファッション・デザイナーになる夢を持っていたけれど、今、実際にしているのは事務の仕事。携帯電話を持たず、他人に干渉しなければ、仕事仲間とのプライヴェートのつきあいもしないヒロコ。これまでしてきた恋愛にも、ろくな想い出がなく、いつしか、周囲と距離を保って、孤立した生活を送るようになっていた。そんなヒロコの秘密で、安らぎでもあるのは、トルソを拠りどころにしていること。この男性型のマネキンは、ヒロコの恋人であり、友達であり、家族であり、セックス・フレンドでもあるのだった。あるとき、同じく東京で暮らしている「父親違いの妹」のミナが、ヒロコの家に押しかけてきた。同棲相手のジロウと喧嘩をして、自宅を飛びだしてきたのだという。ジロウはヒロコの元恋人だ。厄介だと思いながらも、ヒロコはミナとの共同生活を始めるが……。

渡辺真起子が演じる30歳代のヒロコと、安藤サクラが演じる20歳代のミナ ― 異父姉妹のふたりは、性格も正反対。ときにぎくしゃくして、ときに遠慮もあるふたりの関係だが、「半分だけ血縁」がもたらす絆があるのも確かで、実際的な「家族」として、醜くもいとおしい衝突を姉妹は繰り返す。

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自ら働いて、自立した生活を築きながらも、挫折した夢に未練や葛藤をいだいていたり、恋愛がままならなくて悩んだり、食べ物やファッションを楽しんだりしているヒロコとミナの姿は、彼女たちと同年代の女にとっては、思わず背筋が寒くなるほど、身近すぎる光景であり存在だ。
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特に、ヒロコの生活描写は、「三十路を越えたシングル・ウーマンの日常、そのもの」である。

白ワインを満たしたグラスを片手にキッチンに立って、ふつふつとスープが煮えている鍋に、飲みさしのワインを、すっ、と注ぎいれてみた。

糠床(ぬかどこ)に、きゅうりや茄子だけではなく、生のカリフラワーも漬けてみる。意外と、美味しく漬かった。

独りで呑みに訪れたバーで、たまたま隣にいた男性客に声をかけられた。下心は見えるけれど、彼と会話をするのは、別に悪い気分ではなかった。

出がけに慌ててストッキングを履いたら、伝線してしまって、思わずヒステリーを起こした。

ヒロコのこういった行動や経験を見て、「これって、私のことじゃない?」と、あまりのリアリティに悪寒すら覚えつつ共感する女性は、たくさんいることだろう。35歳でひとり暮らしをしている独身女性の筆者は、「うちのクローゼットにトルソがないのが不思議なくらいだ……」と、しみじみ実感したものである。

この映画の特筆すべき点は、「撮影時は68歳で、現在は70歳の、『男性』の山崎裕監督」が、本作を撮ったということだ。

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『ワンダフルライフ』、『DISTANCE/ディスタンス』、『誰も知らない』、『花よりもなほ』、『歩いても 歩いても』等、是枝裕和監督の作品をはじめとして、数々の商業映画の撮影を手がけてきたキャメラマン・山崎裕の初監督作品が、この『トルソ』である。

「女性を観察しているから、女性を描くことができる」と、山崎監督は語るが、「男性の目」が、このように生々しく緻密に女性の生態を見ているのだと思うと、女としては恐怖すら感じざるをえない。

しかし、同時に、「女性のありのままの姿を、冷静に捉えている男性もいるのだ」という、安堵にも似た信頼感をいだくのも確かである。

ある程度の年齢を重ねた女性なら、まるで自分自身が描かれているかのように、シンクロする部分の多い作品だろう。ヒロコに感情移入する女性もいれば、ミナに自身を重ねあわせる女性もいる。また、蒼井そらが演じた「女の体を『商品』にしているモデルの結衣」の生きかたに納得する女性もいるだろう。

「トルソと暮らしている女性が主人公」と聴くと、刺激的で性的な倒錯を連想してしまうかもしれないが、エキセントリックでフェティッシュな映画では、まったくない。「現代の日本に生きる独身の女性」をありのままに描いた、途方もないまでに現実的な物語である。現実的だからこそ、痛く、切なく、なにより「温かい」のだ。

そういう意味で、ある程度の年齢を重ねたシングルの女性には、ぜひ、まのあたりにしていただきたい作品である。「自分の日常生活は、決して珍しいものではない。安心して、前を向いて生きていってよいのだ」と、活力と安らぎを得る、ひとつの指針になることだろう。

また、男性には、「女性の生態と本心」を知っていただくために、この作品を観ていただきたい。『トルソ』を正しく解釈して活用できる男性は、……「女性にもてないわけがない」。

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▼『トルソ』作品・公開情報
日本/2009年/104分
監督・撮影・脚本:山崎 裕
脚本:佐藤有記
出演:渡辺真起子 安藤サクラ
ARATA 蒼井そら
石橋蓮司 山口美也子 他
製作:いちまるよん
トランスフォーマー
配給・宣伝:トランスフォーマー
コピーライト:(C)2009 “Torso” Film Partners
『トルソ』公式サイト
※2010年7月10日(土)より、ユーロスペース(東京)にてレイトショー。8月14日(土)から名古屋シネマテーク(愛知)、9月4日(土)からシネ・リーブル梅田(大阪)、9月25(土)からシネ・リーブル博多駅(福岡)、10月16日(土)からみなみ会館(京都)、以後、ジャック&ベティ(横浜)、シネマテーク高崎ほか、順次公開。

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文:香ん乃

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