『川の底からこんにちは』

  • 2010年04月30日更新

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上京して5年が経って、今しているのは5つめの仕事で、だらだらつきあっている恋人は5人めの彼氏 ― OL・佐和子の生活は、「妥協」一色。食えないわけでも、せっぱつまっているわけでもないけれど、「夢や希望? なにそれ?」 ― そんな毎日だ。

佐和子は今日も今日とて、会社に出勤したら事務の制服を着て、給湯室でOL仲間たちの聴きたくもない愚痴にまみれて、事務職員をゴミ扱いする社員たちに書類をコピーしてお茶を淹れる。休日は、一応、彼氏の健一とデート。とはいえ、惰性で続いているだけの関係に、笑顔があるはずもなく、恋人と一緒にいても、佐和子は絵に描いたような無表情か仏頂面。

そんな佐和子のもとに、「父が倒れた」との一報が。彼女の実家は、水辺の町にある倒産寸前のしじみ工場「木村水産」。父ひとり、子ひとりだから、工場を継いで建て直すのは、佐和子の役目。気乗りはしなかったけれど、彼女は一応、それまでの仕事をやめて、実家に帰ってみた。呼んだわけでもないのに、健一までついてきた。彼だけではない。健一の連れ子・加代子も一緒だ。

第19回PFF(ぴあフィルムフェスティバル)スカラシップ作品の本作。石井裕也監督の、実質的な商業映画デビュー作である。

「別に死にたいわけじゃないけど、このまま生きていたからって、なにか希望があるとも思えないし」 ― 序盤の佐和子からは、そんな諦観がぷんぷん匂ってくる。「すべてに妥協して、あたりまえ」のこの感覚は、今の時代の日本に生きていれば、すこぶる身近だ。佐和子のように、独身で、やりがいのある仕事に就いていなくて、自分自身を「中の下」と見なしていれば、余計に。

本作はコメディだ。特に、佐和子が実家に戻って、しじみ工場の従業員たち(主に、衛生服を着た「パートのおばちゃんたち」。彼女たちは、本作の準主役と言ってよい)とバトルを繰り広げるようになってからは、笑いの要素が次から次へと炸裂する。

バトルといっても、おばちゃんたちのあからさまでベタな揶揄に佐和子が圧倒されているだけなのだが、だんだん、佐和子も黙っていられなくなってくる。行動を起こすようになってくる。それこそが、佐和子が本当の本気で、「人生に妥協しなくなったとき」なのだ。無論、健一との向き合いかたにも、おのずと変化が表れてくる。

人生と周囲の人々に、佐和子が真っ向から顔を合わせるようになってからも、腹を抱えて笑えるシーンはたくさんあるが、その合い間、合い間に、「真剣に生きるということ」を思い知らされて、胸が痛くなる。その痛みは、共感であるかもしれないし、いまだ妥協したまま生きている自分への警鐘かもしれないし、やっと希望に気づいた佐和子への安堵感かもしれない。

本作で流れる、しじみ工場・木村水産の「社歌」は、攻撃的なほどインパクトが強い。一度聴いたら忘れられなくて、あの社歌が頭の中でぐるぐるまわるたびに、思い出し笑いをしてしまう人は多いのではないか。

同時に、「人生に希望がないわけ、ないだろ!」と、笑顔のまま泣きじゃくって絶叫したくなる人も、たくさん、いるのではないか。もちろん、必ずしも実際にそういう言動をするという意味ではなくて、心の中で、笑って、泣いて、叫ぶ、という意味も含めて、だ。

強がりだろうが、建前だろうが、自棄(やけ)だろうが、自分が「中の下」だろうが、笑うのも、泣くのも、叫ぶのも、「心のどこかで希望を信じている」という証拠。「妥協」に浸食され尽くしたら、喜怒哀楽に素直になることを忘れてしまう。まるで、『川の底からこんにちは』の序盤の佐和子と同じように。

▼『川の底からこんにちは』作品・公開情報
日本/2009年/112分
監督・脚本:石井裕也
出演:満島ひかり 遠藤雅 相原綺羅 志賀廣太郎 岩松了 他
配給:ユーロスペース+ぴあ
画像コピーライト:(C)PFFパートナーズ2010
『川の底からこんにちは』公式サイト(注:音が出ます)
※2010年5月1日(土)より、ユーロスペース(東京)他にて、全国順次ロードショー。

文:香ん乃

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