映画の達人-映画プロデューサー市山尚三さん

  • 2009年12月22日更新

「映画の達人」は映画界で活躍する皆さんに愛してやまない映画に関するベスト3を熱く語っていただくコーナーです。

ayako第一回目は竹中直人監督の『無能の人』をはじめ、数々の名作を手掛ける映画プロデューサー市山尚三さん。東京フィルメックス映画祭のプログラムディレクターとして膨大な映画作品の中から世界で注目される良作を見つけ出す映画の目利きとしても有名です。記念すべき第一回目のテーマは「頭から離れない女優」。市山さんのうなされるほどに愛している女優についてうかがいました。(画像:「赤い天使」発売中 価格 ¥4,935税込 発売元/販売元:角川映画 (C) 1966角川映画

市山尚三「頭から離れない女優」ベスト3
第一の女優:田中絹代 幸薄い昭和の蒼井優
第二の女優:若尾文子 不条理を無理やり説得させる女優
第三の女優:ダニエル・ダリュー あり得ないほど高貴な女優

第一の女優:田中絹代 幸薄い昭和の蒼井優

写真提供:芸游会

写真提供:芸游会

今年、東京フィルメックスで「ニッポン★モダン1930」という特集を組んで、30年代の映画の見直しをしたんですよ。実は田中絹代は大作に出ている大女優のイメージがあって、そんなに好きな女優ではなかったんです。でも、30年代の出演作品をあらためて見て、風格が出てくる前の20代の頃の田中絹代がすごく魅力的な女優であったことがわかりました。今の蒼井優みたいな感じだったと思うんです。そこらへんにいそうなんだけど、じゃあ普通かっていうと、やっぱり魅力的。複雑な芝居を要求されるはずなのに苦も無くこなしてしまう天性の女優。映画監督・清水宏と「試験結婚」をしたり、戦後間もなく渡米して、帰ってくるときに投げキスをして批判を受けたりと“翔んでる”女優だったにも関わらず、映画では結構幸薄いイメージですね。泣いたり、不安げな表情をしているかと思うと芯の強い表情を見せたりと、色々な表情をする。幸薄い、けれどそれだけではない表情が頭から離れません。写真提供:芸游会

市山尚三の「田中絹代はこれを見ろ」
「伊豆の踊り子」1933年 監督:五所平之助
この作品の田中絹代は特に蒼井優に似ています。男女問わず受け入れられていたのがよくわかる一作です。
「お小夜恋姿」1934年 監督:島津保次郎
前半は小粋な芸者の恋。後半は素朴な女中の恋。二つのラブストーリーが交錯していくんです。田中絹代は芸者と女中の二人一役。庶民的な面と庶民からはずれた面の両面が見られる、一粒で二度おいしい作品。
「非常線の女」1933年 監督:小津安二郎
初期小津監督のギャング映画。夜の女を演じる田中絹代が拳銃をかまえるというシーンがアンバランスでいい感じです。
「春琴抄/お琴と佐助」1935年 監督:島津保次郎
この後、何度も映画化されることになる谷崎潤一郎原作の最初の映画化という意味でも必見の作品です。田中絹代は初々しいながらも、既に大女優の風格を感じさせます。時折眉間に皺をよせるその表情が忘れがたい印象を残します
「風の中の牝鶏」1948年 監督:小津安二郎
夫の出征中に売春しようとした妻。その事実に夫のみならず、妻も苦しむ。小津映画最大のバイオレンスシーンである田中絹代の階段落ちが忘れられません。
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第二の女優:若尾文子 不条理を無理やり説得させる女優
ayako2若尾作品の中でも特に頭から離れないのは『赤い天使』。中国戦線で働く従軍看護婦・西さくら(若尾文子)と過酷な戦場に生きる男達が強烈に描かれています。次から次へと西さくらに降りかかる運命は想像を絶する過酷さ。その不自然なまでの過酷な状況を「なんとなくそうかも」と思わせるのは若尾文子の口調なんです。増村監督は「セリフをあえぐように言ってください」と演出した監督と言われていますが、若尾文子のあえぐような、怒っているようなセリフのハマり方はピカイチですね。「愛しているから(最前線について行くんです)」「私を抱いてください」なんて普通は日本映画では言わないセリフにも関わらず、若尾文子がいうと妙に説得力があって、全然浮かない。ベッド・シーンで頑なに胸を見せないのは時代を感じさせますが、胸が見えなくても、どこまでもエロチック。そこも女優の説得力のひとつでしょうね。この人が出ていると監督が誰でも見に行くという、何人かの女優の一人ですね。強い女の美しさが頭から離れません。(画像:「赤い天使」発売中 価格 ¥4,935税込 発売元/販売元:角川映画 (C) 1966角川映画

市山尚三の「若尾文子はこれを見ろ」
「赤い天使」1966年 監督:増村保造
マスクをして顔が見えないのに美しさがにじみ出るのは大女優の証。軍服を着てコスプレしている微笑ましいシーンもあります。
「妻は告白する」1961年 監督:増村保造
夫と愛人とともに山登りをした時に起こった事件で夫は死亡。法廷では妻に殺意があったかが争点となる。びしょ濡れの和服姿で仕事中の愛人を訪ね、「迷惑だったかしら」と言う迷惑極まりないシーンが頭から離れません。
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第三の女優:ダニエル・ダリュー あり得ないほど高貴な女優
danielもっと他に挙げるべき女優がいるだろうと思いながら唐突に浮かんだのがダニエル・ダリューですね。田中絹代とは全然違うんですが、いかにも正統派のかっちりとした美女です。(その映画が制作されていた)時代ではありえない世界が、この人によって成立している。『赤と黒』などもそうですが、ちょっと前の時代ものが似合う女優で、日本でいうと山本富士子が近いのかなという気もします。スタンダードな美人女優だと思う。こういう人はもうたぶん出てこないだろうし、現代劇では使いづらいタイプでしょうね。息の長い女優さんで92歳の現在でも現役の女優です。今年公開の映画にも出ているようです。(画像:DVD発売元:㈱アイ・ヴィー・シー税込価格:3990円)

市山尚三の「ダニエル・ダリューはこれを見ろ」
「たそがれの女心」1953年 監督:マックス・オフュルス
19世紀後半の貴族階級の夫婦と妻の愛人のストーリー。すばらしいカメラワークは必見。愛人を愛し続けるダニエル・ダリューに対し、ないがしろにされている夫がかわいそうと思いながらも、なぜか心の中で許してしまうのはダリューだからでしょうね。
「ロシュフォールの恋人たち」1967年 監督:ジャック・ドゥミ
泣ける映画ベストワン。登場人物が唐突に踊り始めるところが現実には有り得ない感じで泣けます。ダニエル・ダリューは歌も踊りもできるはずなんですよ。『8人の女たち』でも歌ってましたし、主演ではありませんが、昔の恋人に再会する役を演じた『ロシュフォールの恋人たち』でも自分の声で歌っていたように思います。
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次回、映画の達人は舩橋淳監督です。お楽しみに、

市山尚三プロデューサープロフィール市山プロデューサー
1963年、山口県生まれ。1987年に松竹株式会社に入社。『無能の人』(竹中直人)、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(ホウ・シャオシェン)等のプロデューサーをつとめる。その後、株式会社オフィス北野映像製作部に移り、主に海外の監督との共同製作を手がける。プロデューサーとしての最新作はジャ・ジャンクー監督作品『四川のうた』(08)。

取材・文:白玉、ホウキョウチアキ 撮影:細見里香

改行

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