『おそいひと』

  • 2009年11月22日更新

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オソイヒト ― ふたつの意味がかけられている言葉だ。「動作が『遅い』人」と、「誰かを『襲う』人」。

重度の脳性麻痺を持つ身体障害者で、ゆっくりと動く主人公が、健常者を襲う殺人鬼と化す。

この設定だけで、物議を醸すのは必至というもの。『おそいひと』の完成後、東京フィルメックスを皮切りに、プチョン国際ファンタスティック映画祭、フィラデルフィア映画祭、ロッテルダム国際映画祭など、海外の映画祭でも上映されて、好意的に受け入れられたこの作品だが、「いざ、日本の映画館でロードショー!」という際には、劇場公開までに、難儀したこともあった。

とはいえ、「物議を醸す問題作」には、恐いもの観たさも手伝って、興味をそそられるのも確か。

どのジャンルに分類すればよいのか、判断の難しい映画だ。殺人のシーンがあるといっても、ホラーやスリラーと決めつけるには、残酷描写がおとなしい。起承転結を敢えて無視したかに映る淡々としたストーリーなので、サスペンスにもあてはまらない。

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ひとりの身体障害者の気持ちと衝動を、客観的に静々と追った「人間ドラマ」 ― 敢えてカテゴライズするなら、それが妥当か。

『おそいひと』の英題は、”Late Bloomer”。「狂い咲き」という意味を持つ言葉である。主人公が、なぜ、狂気に吞まれたのか。主人公が、なぜ、殺人に手を染めたことで花ひらいたように見えるのか。納得するにしろ、異を唱えるにしろ、観た人ひとりひとりが、エンド・ロールのあとに悶々と考え尽くした胸の内で、この映画は初めて完結する。

主人公を演じた住田雅清は、実際にも脳性麻痺を持つ身体障害者で、『おそいひと』には実名で主演している。彼のホームページブログを読むと、『おそいひと』への好奇心が募ったり、製作秘話にほほえんだりすることしきりだが、住田氏の生のテキストに触れるのは、映画『おそいひと』をご覧になってからにしよう。この映画は、先入観や予備知識を排除して観てこそ、自分の心の中で起こる爆発の衝撃が大きくなる。

だから、私も、この作品に対して、解説や主観を垂れ流したくはない。

同時に、あなたの心の中で起こる爆発が、プラスになるかマイナスになるか、その保証もしない。

この映画を観ているときも、観たあとも、私の心の中に起こった爆発は、甘受なんてできるたぐいものではない、それどころか、甘受してたまるものかと戦いたくなる ― そんな苦痛だった。

ただ、一映画ファンとして、映画という手法だからこそ成せる、よい意味での一方的な表現形態に瞠目できたことと、タブーや一般常識を覆して辞さない住田さんの存在を知ることができたのは、収穫以前の、純粋な愉悦である。

なにより、「穏やかな語り口と、攻撃的な描写を、同時に体現する」という、柴田監督の器用かつダイレクトな手腕に惚れるきっかけになった。新作『堀川中立売』にも、先入観と予備知識はゼロで挑みたい。さて、『堀川中立売』では、どんな爆発で、心を嬉しい滅多打ちにさせてもらえるのだろうか。

おそいひと [DVD]

▼『おそいひと』作品情報
日本/2004/83分
英題:Late Bloomer
監督:柴田 剛
出演:住田雅清 堀田直蔵 とりいまり 他
配給:シマフィルム
Copyright(C) 2003,SHIMA FILMS,Allrights reserved
『おそいひと』公式サイト
2010年4月2日、DVD発売!(予約受付中)

文:香ん乃
改行

  • 2009年11月22日更新

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