10月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―
- 2024年09月29日更新
10月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?
LINE UP 10/4(金)公開『花嫁はどこへ?』 10/4(金)公開『ロール・ザ・ドラム!』 10/4(金)公開『私は憎まない』 10/18(金)公開『徒花-ADABANA-』 10/18(金)公開『国境ナイトクルージング』 10/18(金)公開『ジョイランド わたしの願い』 10/19(土)公開『グレース』 10/19(土)公開『拳と祈り ―袴田巖の生涯―』 10/19(土)公開『五香宮の猫』 10/26(土)公開『江里はみんなと生きていく』 |
『花嫁はどこへ?』
取り違えられた花嫁の運命は?
勘違いで別の土地に連れてこられた2人の花嫁が、自立の一歩を踏み出す姿を描く、ユーモアあふれるヒューマンドラマ。アーミル・カーンプロデュース作。2001年、結婚式を終え、同じ満員電車で花婿の家に向かっていたプールとジャヤ。だが、たまたま同じ赤いベールで顔を隠していたことから、プールの夫が間違ってジャヤを連れ帰ってしまう。置き去りにされた内気で従順なプール、聡明で何か企んでいそうなジャヤ、果たして2人はどうなるのか……? 優しい夫に依存していたプールと、前妻の殺人疑惑がある怪しい夫から逃げて夢を追求したいジャヤは、全く対照的な性格。同じ色の伝統的なベールで女性たちの個性を埋没させながら、そのベールを外した瞬間からそれぞれの運命に向かわせるというのは、何とも心憎い演出だ。助けを差し伸べる周囲の人々も賑やかで楽しい。女性への抑圧や警官への賄賂など当時のインド社会の暗部に触れながらも、逆境を糧に奮闘する2人の存在が、現在そして未来の希望の象徴のように見える。(吉永くま)
2024年10月4日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/インド/124分)原題:Laapataa Ladies プロデューサー:アーミル・カーン、ジョーティー・デーシュパーンデー 監督・プロデューサー:キラン・ラオ 出演:ニターンシー・ゴーエル、プラティバー・ランター、スパルシュ・シュリーワースタウプー ほか 配給:松竹 ©Aamir Khan Films LLP 2024
『ロール・ザ・ドラム!』
新旧ブラスバンドの対立が村を二分する騒動に
1970年代にスイスの小さな村で実際に起きた出来事を基に、作家や脚本家としても活動するフランソワ=クリストフ・マルザール監督が、音楽と笑いが満載のほのぼのコメディーを織り上げた。地元のブラスバンドの指揮者を務めるワイン醸造家のアロイスは、村の音楽祭に出演するオーディションを控えて練習にいそしんでいた。だが一向にうまくならないのは指揮者のせいだとして、一部のメンバーが造反。村の出身でプロの音楽家のピエールを呼び寄せ、オーディションを目指す。伝統としきたりを重んじるアロイスに対し、ピエールは女性や移民らをメンバーに加えるなど改革に取り組み、2つの楽団の対立は村全体を巻き込んだ騒動に発展する。コミュニティーの分断という世界中で課題となっている今日的な社会問題を内包しつつ、どたばたのユーモアで笑い飛ばす精神が楽しい。(藤井克郎)
2024年10月4日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2019年/スイス/90分)原題:TAMBOUR BATTANT 監督・脚本:フランソワ=クリストフ・マルザール 出演:ピエール・ミフスッド、パスカル・ドゥモロン、ザビーネ・ティモテオ ほか 配給:カルチュアルライフ ©2018 POINT PROD / RTS / TELECLUB
『私は憎まない』
憎しみの連鎖を断つべく奮闘するガザ出身医師の願い
イスラエルの病院で働くパレスチナ人の産婦人科医、イゼルディン・アブラエーシュ博士は、2009年1月にガザ地区の自宅がイスラエル軍の戦車に砲撃され、3人の娘と姪を失った。エルサレム生まれでフランス系アメリカ人のタル・バルダ監督は、現在はカナダに暮らすアブラエーシュ博士とその家族に密着。イスラエル政府に謝罪を求める訴えを起こしつつも、憎しみの連鎖を断つべく民衆に寛容を説く博士の痛切な思いに迫る。砲撃の瞬間、テレビ出演中だった友人に電話で助けを求める博士の叫びなど、インタビューの合間にちりばめられる生々しい記録音声が衝撃的で、ここまでの悲劇に見舞われながらも和解を模索して粘り強く活動する博士の崇高な姿勢には圧倒されるばかりだ。そんな努力もむなしく、2023年10月以降のガザの壊滅的な惨状を目にすると、本当に涙が止まらない。(藤井克郎)
2024年10月4日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/カナダ、フランス/92分)原題:I SHALL NOT HATE 監督:タル・バルダ 登場人物:イゼルディン・アブラエーシュ、クリスティアン・アマンプール、シュロミ・エルダー ほか 配給:ユナイテッドピープル ©Famille Abuelaish
『徒花-ADABANA-』
「もう一人の自分」が存在する世界の静寂な空気感
裕福な家庭で育ち、妻子と穏やかに暮らしてきた新次は、重い病に侵されていた。命を永らえさせるには手術を受ける必要があったが、新次は臨床心理士のまほろに、手術のために人間に提供される「それ」との対面を願い出る。「それ」とは、全く同じ見た目のもう一人の自分だった。『赤い雪 Red Snow』の甲斐さやか監督の長編2作目で、近未来と思しき時代を背景に、一部の恵まれた階級の人間だけが持つことを許された「それ」との関わりを通して、人の命や生と死をテーマに幻想的な物語が推移する。穏やかなピアノの調べをバックに、井浦新をはじめ、出演者らがぼそぼそと言葉を紡ぎ、ぎこちなくたたずむ。作品全体を通して極めて静寂な空気感に包まれる中、余分な説明を省いた心象風景は甲斐監督の独特の感性に貫かれていて、不思議な陶酔感を醸し出していた。(藤井克郎)
2024年10月18日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本、フランス/94分) 脚本・監督:甲斐さやか 出演:井浦新、水原希子、永瀬正敏 ほか 配給:NAKACHIKA PICTURES ©2024「徒花-ADABANA-」製作委員会/ DISSIDENZ
『国境ナイトクルージング』
凍てつく冬景色の中で描かれる若者の空虚な心模様
『イロイロ ぬくもりの記憶』で鮮烈なデビューを飾ったシンガポール出身のアンソニー・チェン監督が、中国東北部の延吉を舞台に、凍てつくような厳冬の情景を絡めて現代の若者の空虚な心模様を繊細につづった。友人の結婚式に出席するため、北朝鮮との国境に近い延吉を訪れた上海のエリート金融マン、ハオフォンは、披露宴の後、暇つぶしに参加した観光ツアーでスマートフォンを紛失してしまう。ガイドのナナからお詫びにと誘われ、夜の街へと繰り出したハオフォンは、ナナの男友達のシャオと合流して酒杯を重ねるが……。三者三様の生き方ながら、どこか満たされない思いを抱いているのは3人とも同じで、変化を期待しつつも踏ん切りがつかないもがきが、抑揚の利いた描写で描かれる。長白山を目指して雪深い道を歩き続ける3人の孤独の影が心に染みた。(藤井克郎)
2024年10月18日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/中国、シンガポール/100分/PG-12)原題:燃冬 英題:The Breaking Ice 監督・脚本:アンソニー・チェン 出演:チョウ・ドンユイ(周冬雨)、リウ・ハオラン(劉昊然)、チュー・チューシアオ(屈楚蕭) ほか 配給:アルバトロス・フィルム © 2023 CANOPY PICTURES & HUACE PICTURES
『ジョイランド わたしの願い』
家父長制に縛られながらバックダンサーに挑む次男
パキスタン第2の都市、ラホールに住む大家族の次男、ハイダルは失業中で、メイクアップアーティストの妻、ムムターズが家計を支えていた。厳格な父から、早く仕事を見つけて男児をもうけるよう諭されていたハイダルは、劇場に勤める友人からバックダンサーの職を紹介される。気乗りがしないまま、メインダンサーのビバと会うが……。米コロンビア大学で映画を学んだサーイム・サーディク監督の長編第1作で、パキスタン映画として初めてカンヌ国際映画祭に選出され、「ある視点」部門の審査員賞などを受賞している。家父長制に縛られる若い夫婦の葛藤を軸に、トランスジェンダーの役を実際にトランスジェンダー俳優が演じるなど、先鋭的なテーマ性と描写で本国では当初、上映禁止となっていた。家族一人一人の人物像の掘り下げに、全てを明示しない奥深い表現など、サーディク監督の攻めの演出が光る。(藤井克郎)
2024年10月18日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/パキスタン/127分)原題:JOYLAND 監督・脚本:サーイム・サーディク 出演:アリ・ジュネージョー、ラスティ・ファルーク、アリーナ・ハーン ほか 配給:セテラ・インターナショナル ©2022 Joyland LLC
『グレース』
辺境の土地で流浪の旅を続ける父と娘
2023 年のカンヌ国際映画祭で唯一のロシア映画として上映され、反響を呼んだロードムービー。ロシア南西部の辺境を錆びついた赤いバンで移動する寡黙な父親と不愛想で無表情な10代半ばの娘。移動映画館の野外上映や海賊版DVDを密売で日銭を稼いでいる。荒涼とした土地を移動し続ける2人は、やがて荒廃した海辺の街に辿りつく。鬱屈した思いを抱える娘は、この生活から抜け出すためにある行動に出る……。カラー作品なのにまるで色彩がないような印象を覚えるのは、人を拒絶するような自然、車内の重苦しい雰囲気、その場限りの淡泊な人との交わりなど、触れるもの見るものすべての温度が低いからだろう。いつ終わるかもどこに行きつくかもわからない流浪の旅。だが、物語の最後、娘はあるきっかけから心の中にあった大きな存在から解き放たれ、成長する。その存在と最初の場面との繋がりに気づいたとき、思わず鳥肌が立った。(吉永くま)
2024年10月19日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/ロシア/119分)原題:Блажь|Blazh 監督・脚本:イリヤ・ポヴォロツキー
出演:マリア・ルキャノヴァ、ジェラ・チタヴァ、エルダル・サフィカノフ ほか 配給:TWENTY FIRST CITY 配給協力:クレプスキュール フィルム
『拳と祈り ―袴田巖の生涯―』
元死刑囚と彼を支えた姉の壮絶な人生と闘い
2024年9月26日に再審で画期的な無罪判決を勝ち取った元死刑囚の袴田巖さんと、彼を支え続けた姉の袴田秀子さんの壮絶な人生を、22年にわたって2人を追い続けてきた元静岡放送報道記者の笠井千晶監督が、渾身の力で人間賛歌のドキュメンタリーにまとめ上げた。元プロボクサーの巌さんは30歳だった1966年、住み込みで働いていた味噌製造会社の専務一家殺害事件の容疑者として逮捕される。裁判では一貫して無罪を主張したものの、1980年に最高裁で死刑が確定。再審請求の取材を通じて姉の秀子さんと知り合った笠井監督は、2014年の巌さん釈放後も交流を続け、常に前向きの秀子さんと、空白の時間を取り戻そうともがく巌さんの姿をカメラに収める。拘禁反応でさまざまな精神症状が見られる巌さんに対し、「巌にとっては自由が一番の薬」と言い切る秀子さんの明るさがずしりと胸に響く。(藤井克郎)
2024年10月19日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/159分)監督・撮影・編集:笠井千晶 出演:袴田巖、袴田秀子 ほか 配給:太秦 ©Rain field Production
『五香宮の猫』
神社の野良猫を通して透けて見える人間の矛盾
事前にリサーチを行わず、行き当たりばったりの撮影を信条とする想田和弘監督の観察映画第10弾は、猫たちがモチーフだ。と言っても『選挙』『精神』など意図せずとも画面の中に社会性や人間性がにじみ出てくる想田作品だけに、ただかわいいだけの猫映画にはなっていない。舞台は、想田監督が長年暮らしていたニューヨークから2021年に移住してきた岡山県の港町、牛窓。この地の鎮守の社、五香宮にはたくさんの野良猫が住みつき、住民や釣り客、観光客から食べ物をもらって生きている。植生への影響や糞尿被害も深刻で、住民の有志は避妊去勢手術を受けさせる活動を展開する一方、生まれたばかりの子猫を捨てにくる人も後を絶たない。猫たちを通してさまざまな人間の矛盾やエゴが透けて見え、地域社会の在り方に深く思いをいたした。(藤井克郎)
2024年10月19日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/119分)英題:The Cats of Gokogu Shrine 監督・製作・撮影・編集:想田和弘 出演:牛窓町の皆さん、猫たち、生きとし生けるもの 配給:東風 ©2024 Laboratory X, Inc
『江里はみんなと生きていく』
重い障害のある少女を見守るスタッフの献身の日々
生まれながらにして重い障害のある西田江里さんと、母親の良枝さんはじめ彼女を支える人たちの険しいながらも充実した日々を、『妻はフィリピーナ』の寺田靖範監督が12年にわたってじっくりと見つめた。真夜中に床ずれを直したり、呼吸を確保するための世話をしたり、24時間の介助を必要とする江里さんだが、スタッフの献身的なサポートに支えられ、小中学校は地元の普通学級に通学。いつもにこにこと表情が豊かで、その笑顔を見たいがために周囲の人々も苦労をいとわない。極めて個人的な記録映像で、データ的な情報や日本における医療介護の現状などはほとんど示されないが、画面の隅々から障害者福祉の課題が浮かび上がってくる。長くケアしていたヘルパーが出産したばかりの赤ちゃんを連れてきて、江里さんが対面したときの本当にうれしそうな横顔にはほっとさせられた。(藤井克郎)
2024年10月26日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/91分) 監督:寺田靖範 語り:西田良枝 配給:おもしろ制作 配給協力:JyaJya Films ©おもしろ制作
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