『川越街道』― 国道沿いの街で、愛を求めてもがく人々の切なくも温かな風景
- 2018年04月03日更新
監督・俳優養成スクールの「ENBUゼミナール」の俳優ワークショップ「シネマプロジェクト」の第6弾作品として製作された本作は、40歳の引きこもり男が家出をした母親を訪ねるために川越街道沿いの街をキックボードで旅するロードムービーだ。そして、その道すがら出会うさまざまな人々の人生を温かな眼差しで描く珠玉の群像劇でもある。メガホンを執ったのは、「ぴあフィルムフェスティバル2005」で準グランプリを受賞し、実験的な接写の多用による特徴的な恋愛映画『トロイの欲情』やお笑いトリオのロバートが主演を務めた『レトロの愛情』などで知られる、岡太地監督。みずみずしい新人俳優たちの存在感と、それを支える金子岳憲、川瀬陽太らベテラン俳優たちの演技が光る本作は、随所に施された岡監督の巧みな演出からも目が離せない。池袋シネマ・ロサにて2018年3月31日(土)~4月6日(金) レイトショー、4月7日(土)〜4月13日(金) モーニングショー上映。
10年間ひきこもっていた男が、母の家出をきっかけにキックボードで走り出す
40歳のサトシ(金子岳憲)は、実家で母親に依存しながら酒とゲームに溺れ、10年間も引きこもり生活を続けている。しかし、母親が突然家出をし、サトシはその足取りを追って埼玉県川越市から東京の池袋まで続く道をキックボードで進み始める……。
時を同じくして、川越街道沿いの街では、さまざまな人々が複雑な思いを抱えながら日々を送っていた。
新座エリアにある倉庫会社に勤めるソノコ(小西麗)は、同じ会社のジン(金田侑生)からのセクハラを拒めず、粗暴な先輩女性のホノカ(末延ゆうひ)に救いを求める。下赤塚エリアでは、アクション女優志望のミナミ(さほ)と、小説家志望のダイスケ(川島信義)がそれぞれの夢を抱きながら同棲生活を送ってる。そして、バイク屋の店員ケンジ(青坂匡)は、彼女のタカミ(小畑はづき)を巡って店長のマサヒロ(南部映二)に何やら言いたいことがあるらしい。また、池袋西口公園では、生きる意味を語る詩人ケイタ(横須賀一功)と新たな恋人セナ(笹原万容)が艶めいた会話に興じている。
そんななか、街道を進むサトシは因縁の男・タチカワ(川瀬陽太)とその部下キョウコ(桑名悠)にばったり出くわす。くすぶり続けた怒りをぶつけずにいられないサトシは、タチカワの背中を追って行くが……。
岡太地監督は“策士”である!?
本作にはキラキラした人間は一人として出てこない。皆どこか欠けていて、人間くさくて、ちょっとダサい。そんなありふれた人々が、ありふれた日常のなかで、愛されたくて幸せになりたくて、もがきながら生きている。主人公のサトシは川越街道をひた走りながら、そんな人々と直接的にも間接的にも接点をもつ。10年ぶりにまともに外に出て、残酷でほろ苦い現実の洗礼を受け、人の温もりにも触れ、理屈を越えた生きる実感がサトシの内面をゆるやかに変化させていく。また、変わっていくのはサトシだけではない。本作に描かれる誰かの小さな優しさは、ほかの誰かの人生をほんの少しだけ温め、またほかの人へと連鎖していく。そんな人生の一場面を、岡監督は丁寧に、そしてウィットたっぷりにスクリーンに投影する。
少々泥臭い映画のように書いてしまったが、実は洗練された演出を随所に感じる作品でもある。情緒的な音楽、絶妙なタイミングで映し出されるタイトルバック、ネオン管のように細く浮かび上がるタイトルロゴ、昼と夜ではまるで違う顔を見せる街道沿いの喧噪。そのほか、何気ないシーンにもエモーショナルな仕掛けが見え隠れする。そんな、ちょっと憎たらしいほど粋な感性で、人間の愚直さを愛おしさに変えてしまう。誤解をおそれずに言おう、岡監督は間違いなく“策士”だ。
スクリーンから溢れ出る新人俳優たちの輝きと、ベテラン俳優たちの底力
監督の策士ぶりは、役者陣の演技を見ればさらに明白だ。冒頭にも書いたとおり、本作の出演者のほとんどは「ENBUゼミナール」の俳優ワークショップ(シネマプロジェクト)に参加した新人俳優たちだ。何人か見覚えのある顔もあるが、まだまだ有名とは言い難いフレッシュな面々である。しかし、本作の魅力を牽引しているのは、まさに彼らの素朴でみずみずしい演技だ。つい先ほど、本作にはキラキラした人間は一人も出てこないと筆者は書いた。しかし、それは役柄上の話で、役者自身の個性や不器用なまでのひたむきさが、スクリーンから溢れんばかりの輝きを放ち、観ているわれわれの心を大きく揺さぶる。本当に、全員が魅力的だ。
もちろん、実力派のベテラン勢も素晴らしい。インディーズとメジャーの垣根を作らずに活躍し続ける川瀬陽太は何を演じても惹き付けられるが、やはり胡散臭い役が抜群に似合う(注:賛辞です)。そして、ゲスト俳優として主軸となるサトシ役を務めた金子岳憲は、何気ない眼差しの演技だけで繊細な心情を表現していく。人と目を合わせることのできない気弱さ、蒼白になって戸惑う表情、そして生きる力を取り戻したときの瞳の輝き。寡黙でありながら、こんなにも雄弁に心の変化を体現できるものだろうか。役者たちのポテンシャルとともに、やはりそれを引き出した岡監督の演出の妙を感じずにはいられない。
都会の国道沿いだからこそ感じる孤独と情緒
本作の舞台となる川越街道沿いの街は、8年ほど前に関西から上京して板橋・練馬エリアに住んだ岡監督自身の思い出の場所なのだという。確かに、都会の大きな国道の風景には、のどかな田舎道とはまた違った情緒があるものだ。昼間は雑多でほこりっぽく、夜はネオンや走り去る車のテールランプがひっきりなしに輝く。そこには多くの人の息づかいが渦を巻いていて、それがなおさら孤独を呼び覚ますこともある。しかし、排ガス混じりの生暖かい風にそっと背中を押される日だってあるのだ。
「大丈夫。ここまで来たんだから、帰れる」。サトシが母との別れ際に言った何気ないセリフが耳に残る。それは、本作に登場する人々の未来と、現実に傷つきながらも生きて行くすべての人々に、小さな希望を示唆しているように思えるからだ。切なくも温かいこの作品が、多くの人の心に届くことを願ってやまない。
>>『川越街道』特報映像<<
▼『川越街道』作品・公開情報
(2016年/日本/107 分)
英題:TOKYO OUTSKIRTS
監督・脚本・編集:岡太地
出演:金子岳憲、小西麗、末延ゆうひ、金田侑生、古賀勇希、さほ、川島信義、南部映次、青坂匡、小畑はづき、桑名悠、笹原万容、横須賀一巧、川瀬陽太
撮影:平野晋吾
照明:小川大介
録音:岸川達也
スタイリスト:藪野麻矢
ヘアメイク:須見有樹子
助監督:平波亘
制作:猫目はち
音楽:小野川浩幸
ラインプロデューサー:石川真吾
プロデューサー:市橋浩治
製作・配給:ENBUゼミナール・シネマプロジェクト
〜イベント情報〜
・2018年4月3日(火)上映後トークイベント 登壇者:芋生悠、岡太地監督
・4月4日(水)上映後トークイベント 登壇者:金子岳憲、岡太地監督
※詳細・追加情報は下記の公式サイトよりご確認ください。
※池袋シネマ・ロサにて2018年3月31日(土)~4月6日(金) レイトショー上映、4月7日(土)〜4月13日(金) モーニングショー上映
文:min
- 2018年04月03日更新
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