『だれかの木琴』〜中年女性の心に潜む闇を、美しきエロスで描く名匠・東陽一のサスペンス〜

  • 2016年09月10日更新

常盤貴子がストーカー化してしまう主婦の狂気を、繊細かつ大胆に演じるサスペンス。直木賞作家・井上荒野の原作を、ベルリン国際映画祭銀熊賞など数多くの受賞歴をもつ名匠・東陽一監督が映画化。心の隙間に入り込んできた美容師の男性に執着する、ある主婦の心の孤独と葛藤を描く。
9/10(土)、有楽町スバル座、シネマート新宿ほか全国ロードショー!
©2016年『だれかの木琴』製作委員会

止められない衝動。小夜子の行動は徐々にエスカレートしていく……。
専業主婦の小夜子(常盤貴子)は、一人娘かんな(木村美言)と警備機器会社の営業マンの夫・光太郎(勝村政信)と郊外の町に引っ越してきた。ある日、町の美容院 ”MINT” で髪を切った小夜子は、担当になった山田海斗(池松壮亮)から、帰宅後、営業メールを受け取る。小夜子はそのメールに「今後ともよろしくおねがいします」と律儀に返信。それが全ての始まりだった。昼間一人で黙々と家事をこなす小夜子は、新しいベッドが届くとその写真を添付して、また海斗にメールを送ってしまう。さらに、間を空けず ”MINT” を訪れ、海斗を指名し「クラス会があるから」とまた髪のカットを頼む。海斗はなんとなく違和感を感じつつも、贔屓にしてくれる小夜子に曖昧な態度で接し、接客中のトークで、自分の生活の情報を漏らしてしまう。小夜子は自分の衝動に戸惑いながらも、どんどん海斗への執着を深めていく。そして仕事が休みの日の朝、海斗が恋人・唯(佐津川愛美)と一緒にベッドにいると、玄関のチャイムが鳴る。ドアを開けると、そこには小夜子が立っていた……。

小夜子の妄想を描く、東陽一監督のオリジナリティとエロス
主人公がストーカー化する自分と葛藤する心理など、人物の内面を濃く描いた小説『だれかの木琴』。心理描写が中心の原作を映像化しているためか、本作は、オリジナリティ溢れる印象的なシーンが多い。特に、池松壮亮演じる美容師・海斗が、常盤貴子演じる小夜子のヘアカットをするシーンは、常盤の情感に満ちた表情と池松の慈しむような手つきによって愛の交歓のようにも見え、美しいエロスを漂わせる。そして幾度も登場する小夜子の妄想シーンは、詩的で妖しく、名匠・東陽一監督ならではの美意識を感じる。海斗の恋人役・佐津川愛美が溌剌とした演技のなか、ロリータファッションを着こなしているのも楽しい。また、美容院の同僚役に、本年第30回高崎映画祭で主演女優賞を受賞した山田真歩を配するなど、旬なキャスティングも魅力だ。

あらゆる女性が小夜子になりうる……原作から一歩踏み出した映画化
井上荒野著の原作『だれかの木琴』では、主人公である小夜子は「グロテスクな行動」を起こす女であり、また「磨きたてる程の容貌でもない」と評されている中年女性。しかし本作では常盤貴子演じる小夜子は、狂気をかかえ、どんどん美しさに磨きをかけていく魅惑的なヒロインだ。また池松壮亮演じる海斗も、原作に比べかなり好青年となった。小説をすでに読まれたかたは、グロテスクでどろどろした原作の登場人物たちを、美しく昇華させたかのような印象を受けるだろう。しかし、小夜子の行動や事件の展開は原作に忠実とも言える。原作においても、小夜子のストーカー化は「誰の身にも起こりうる」という見方のもと描かれている。ということは、あらゆる女性が(あるいは男性も)小夜子であり、この世には幾通りもの小夜子像があるだろう。この東陽一監督による小夜子像を演じた常盤はとても美しい。そして孤独を抱えた女として、リアルな存在感で観る者を圧倒する。恵まれた環境の美しい人妻だって、必ずしも心まで満たされているわけではない。孤独を抱え、狂気にかられないわけではないのだ。また、原作においては『だれかの木琴』というタイトルは非常に謎であり、それゆえの不気味さを醸し出していた。しかし本作ではその謎を解き、明らかにしようと試みている。そういった面でも、本作は 原作から一歩踏み出した映画化作品と言えるだろう。

 

 

▼『だれかの木琴』作品・公開情報
(2016年/日本/112分/ヴィスタ/5.1ch/G )
監督・脚本・編集:東陽一
原作:井上荒野『だれかの木琴』(幻冬舎文庫)
出演:常盤貴子、池松壮亮、佐津川愛美、勝村政信、山田真歩、岸井ゆきの、木村美言、 小市慢太郎、細山田隆人、河井青葉、螢雪次朗 ほか
企画・製作:山上徹二郎
製作:『だれかの木琴』製作委員会
制作プロダクション:シグロ、ホリプロ
配給:キノフィルムズ
●『だれかの木琴』公式HP
9/10(土)、有楽町スバル座、シネマート新宿ほか全国ロードショー!
©2016年『だれかの木琴』製作委員会

文:市川はるひ

  • 2016年09月10日更新

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