『祭の馬』 ―3.11以降、タブーの存在となった馬たちの生を追ったドキュメンタリー
- 2013年12月19日更新
東日本大震災で津波に飲み込まれながら、奇跡的に生き延びた南相馬市の馬たちの姿を追ったドキュメンタリー『祭の馬』。本作は、松林要樹監督が震災後の福島県南相馬市江井地区を取材し2012年に発表した『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』の第二部に位置づけられる作品である。これまで撮られてきた映画のなかの馬たちは、荒々しさと優雅さを兼ね備えた「神聖な」存在として描かれることが多かったように思う。しかし本作に登場するのは、震災後、世間に居場所を公表することを禁止された馬たちだ。タブー視された馬たちの運命を、松林監督はユーモアあふれる視点で切りとる。震災が過去のこととして語られようとしている現在、本作がドバイ国際映画祭アジア・アフリカ・ドキュメンタリー部門でグランプリを受賞したのは、非常に喜ばしいことだ。2013年12月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー、ほか全国順次公開 © 2013記録映画『祭の馬』製作委員会
赤く腫れた男性器をぶらさげた元競走馬、ミラーズクエスト
2007年の春、青森県の牧場で生まれた黒鹿毛の牡馬は、ミラーズクエストと名付けられた。2010年9月、中山競馬場でデビューしてから4ヶ月後の成績は、4戦0勝・獲得賞金0円。地方競走馬登録を抹消されたミラーズクエストは、福島県南相馬市で余生を送ることになった。そして、2011年3月11日を迎える。東日本大震災でミラーズクエストを含む38頭が津波に飲み込まれたが、奇跡的に全頭が生き残った。しかし、福島第一原発の事故により2週間置き去りにされた馬たちは、水と食料を絶たれ、9頭が飢えて死んだ。震災時についた傷で、ミラーズクエストの男性器は真っ赤に腫れ上がり、麻痺し、元に戻らなくなっていた。震災からおよそ3週間後の2011年4月3日に南相馬市原町区江井(えねい)を訪れた松林要樹監督は、ミラーズクエストを見たときの衝撃についてこう書いている。「腫れあがった馬の男性器を目にし、おなじオスとして同情を禁じえなかった。私のソレにおなじことが起きた場合を想像するだけで痛々しすぎた。」じんじんと熱をもって身体を突き上げる腹立たしい痛み。遺伝子を残せなくなったオスとしての哀しみ。人間の都合で運命を左右されてきたミラーズクエストは、ただ澄んだ大きな瞳でカメラを見つめる。
震災を奇跡的に生き延びた馬たちの春夏秋冬、そしてまた春、夏
日本では毎年1万頭以上の馬が食用として処分されている。震災当時、東京の40倍の線量を記録していた馬事施設の馬が食用として混在しないよう、福島県は4月24日に馬を含むすべての家畜を殺処分するよう要請したが、馬主は断った。その後、南相馬市のはたらきかけで、国は原発から20キロ圏内の馬たちを避難させる特例を与え、市の管理下で避難所に移すことを許可した。あくまでも、「伝統行事に使うため」という条件で。特例で避難させた馬たちの所在やその姿を公表することを行政が禁じていたため、馬たちが収容されていた馬事公苑は、取材が禁止されていたという。しかし、松林監督のカメラが入ることを、馬の世話をする人々は快く受け入れたそうだ。先に述べた伝統行事とは、相馬市で千年以上も受け継がれてきた馬と人間との祭り、「相馬野馬追(そうまのまおい)」のこと。やせ細った馬たちに、人間を乗せて走り回る体力などあるのだろうか? 放射能に汚染された草を食むという理由から放牧すら中止になり不健全な状況に置かれていた馬たちに対し、北海道日高市の牧場が一時受け入れを申し出た。フェリーで運ばれた先の新しい牧場で次第につやめきを取り戻していく馬たち。そして、震災から500日以上が経過した2012年の夏、相馬市では、2年ぶりの野馬追の準備が始められた―。
馬たちの花咲く季節を映し出した胸を打つ2分間
日高市の牧場に一時避難した馬たちが、雪のなかで駆け回り天を仰ぎいななく姿、衣装をつけて公道を闊歩する相馬野馬追での姿。本作には、馬たちの生命力あふれる姿が映し出されている。しかし、最も優しく、胸を打つのは、震災とも野馬追とも関係のない、馬の生と性を捉えた2分間の場面だろう。その場面は、「恋の季節」というテキストから始まる。1頭の馬が馬房の通路を歩きながら他の馬房に顔を差し入れていく。「やっと会えた」とばかりに、ゆっくりと近づき頬と頬を擦り合わせる2頭の馬。そうかと思えば、差し入れられた顔をはねのけて、高くいななき威嚇する馬もいる。威嚇された方は、心なしかシュンとした表情だ。世間に存在を公表されずひっそりと生きる馬たちにも花咲く季節は訪れる。どんなラブシーンにも劣らない馬たちのみずみずしい青春の一場面が、心に暖かい火を灯してくれるに違いない。
▼『祭の馬』作品・公開情報
2013年/HD/74分/16:9/日本/ドキュメンタリー/配給:東風
監督・撮影・編集:松林要樹
プロデューサー:橋本佳子
撮影協力:加藤孝信、山内大堂
構成協力:大澤一生
●『祭の馬』公式サイト
12月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー、ほか全国順次公開
© 2013記録映画『祭の馬』製作委員会
文:南天
- 2013年12月19日更新
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