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『ATM』 - 殺人鬼が選んだ場所はATMコーナー! 日常空間が一転、惨劇の場になる。
- 2012年10月18日更新
先月、エレベーターに閉じ込められた人々の極限状態を描いた作品を紹介したばかりだが、今度の“密室”は何とATMコーナー。恐怖映画の舞台が廃墟の病院や邸宅だったのは、もう過去のこと。今は現金を下ろす日常の空間まで、その選択肢は広がっている。閉所に惨劇あり。ただ、今回閉じ込められるこの小部屋、外からはカードがなくては入れないが、内側からは出られる仕組みになっている。それなのに、なぜ被害者は逃げられないのか? 犯人はなぜ執拗に彼らを狙うのか? 不可解さに満ちた90分である。 |
投資会社に勤務するデイビッドは、クリスマスパーティーの夜、密かに思いを寄せるエミリーに声をかけ、家まで送ることに成功。しかし、同僚のコーリーにも頼まれ、仕方なく彼も送っていくことになる。コーリーは途中、デイビッドにATMに寄ってほしいと頼む。だが、その“ATMで現金を下ろす”という日常行為が、彼らを想像もしなかった状況へと追い込むことに。ATMコーナーの外に見知らぬ男が現れた時、3人の運命が一転し、生死をかけた闘いが始まった。気温はマイナス21度。極寒の中、夜明けはまだ遠く、3人は男が仕掛けたゲームに応じるしかなかった。
動機も正体も不明な殺人鬼に追い詰められる。
本作では、ラストまで具体的な犯人像が見えてこない。ATMコーナーの中から見える大男のシルエットだけが、異様な存在感を放つ。誰が何のために自分たちを閉じ込め、執拗に追い詰めるのかわからないまま、一方的に攻撃を受ける理不尽さ。その腑に落ちない感覚が、より不安を増大させる。さらに、時間が経過するうちに、いつまでも脱出できない焦燥感から、3人に不協和音が生まれていく。
不気味な蜘蛛の巣に絡め取られた3人の運命。
このATMコーナーは広い駐車場の中にぽつんと孤立している。また前述通り、この建物にはカードがなければ外から入れない。犯人は少し距離を取って建物内を監視しており、時に裏手に回って工作しようとしたりするが、銃を持っているわけではない。相手は1人だがこちらの人数は3人。普通に考えればどうにか逃げられそうなものだが、単に恐怖と寒さで正常な判断能力を失っているわけでもないようだ。張り巡らされた蜘蛛の巣にかかった彼らは、その行動がすべて裏目に出るという憂き目に遭う。
建物の入口から離れた場所に駐車する、携帯を車内に忘れる、ATMコーナーなのに非常ボタンも非常電話もないなど、3人にとって通常ではあり得ない分の悪い状況が続く。防犯カメラでさえ犯人のトラップが仕組まれている。次々に露呈する彼らのタイミングの悪さ、運の悪さには、思わず苦笑してしまうほどだ。普段便利なツールを使いこなし、それに身を守られていると安心していた人間は、それを失うとなすすべがない。そして、運命は犯人に味方し、3人の状況はどんどん悪い方向へ……。根底に流れるネガティブな運命論が、息苦しさに拍車をかける。
特別に作られた場所でなくても、普段何気なく使っている空間が、突如として惨劇の場になり得る。本作のように、現実の世界でも、いつどこで、どんな恐怖が襲ってくるかわからない。それが起こる可能性をいつも頭の片隅に入れ、心の準備をしておくことが必要な社会になりつつあるのだろうか。
次々と公開されるソリッド・シチュエーション・スリラー。次はどのような舞台が設定され、どのような戦慄のスト―リーが展開されるのか、その斬新なアイデアに注目したい。
▼『ATM』作品・上映情報
原題:ATM/アメリカ/90分/ビスタ/カラー
監督:デイヴィッド・ブルックス
脚本:クリス・スパーリング:『リミット』
キャスト:ブライアン・ジェラティ:『ハート・ロッカー』
ジョシュ・ペック:『さよなら、僕らの夏』『アイス・エイジ』シリーズ
アリス・イヴ:『セックス・アンド・ザ・シティ2』『メン・イン・ブラック3』
配給:シンカ 提供:パルコ 協力:ハピネット
コピーライト:©2011 GOLD CIRCLE DEVOLOPMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
●『ATM』公式サイト
※10月20日(土)よりシネクイントにてレイトショー
文:吉永くま
- 2012年10月18日更新
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