『おやすみアンモナイト 貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』 増田俊樹監督×疋田紗也さん 対談
- 2010年01月14日更新
増田俊樹監督の新作『おやすみアンモナイト 貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』が、2010年1月30日より、ユーロスペース(東京)にて公開されます。
疋田紗也さん主演の『貧乏人抹殺篇』と、辻岡正人さん主演の『貧乏人逆襲篇』という、2本の物語から成り立っている本作。公開を記念して、増田監督と、『貧乏人抹殺篇』の主人公・竹田成子役を演じた疋田さんに、本作の魅力と撮影秘話を、たっぷりと伺ってきました!
― まずは、増田監督に伺います。本作を撮るきっかけと、疋田さんを主演にキャスティングした経緯を教えてください。
増田俊樹監督(以下、増田) 僕自身が非常に貧乏なので(笑)、貧乏をテーマにした映画を撮るのは天命かな、と思いました。
疋田さんとは、以前、僕がプロデューサーをした作品で初めて会いました。劇中にオーディションのシーンがある映画で、20数名の俳優やグラビア・アイドルに集まってもらったんですが、多くの人が、ナースの格好や、レース・クイーンのコスチュームで登場した中、疋田さんは地味な服装で現れて、異彩を放っていました。てっきり、ふりふりの派手な格好でやってくると思っていたので(笑)、そのギャップが印象的だったんです。とても落ち着いていて、台詞の内容も理解していたので、「いつか、この人に大きな役で出演してもらいたい」と、そのときに思いました。
― 成子役を演じるにあたって、疋田さんが役作りで意識した点は?
疋田紗也さん(以下、疋田) 成子というキャラクターは、とても貧乏で、両親の関係も複雑な家庭で育っています。私自身はひとりっこで、両親にとても愛されて育ちました。お金に困った経験もないので、初めて台本を読んだときは、理解できないことが多すぎて、とても混乱したんです。なので、増田監督にいろいろ質問をして、例を挙げて説明してもらうこともありました。監督に一から教えていただいて、自分で考えることで、成子役に徐々に入りこんでいくことができました。
増田 僕もスタッフも、『貧乏人逆襲篇』の主演の辻岡さんも、全員、貧乏なんです。でも、疋田さんは、若くして人気のタレントで、かわいくて、お金もある(笑)。僕たちの中では、とても異質な存在なんです。
「こんなに恵まれている人なんだから、映画という装置を使っていじめてやろう」と思ったんですよ(笑)。でも、どんな無理難題を出しても、疋田さんは「やります!」と言って、実際にこなすし、リハーサルにも、ほかの誰よりも多くの回数、参加してくれました。
― 劇中で、ナイト・クラブのホステスになった成子が、ほかのホステスにいじめられるシーンがありましたね。
疋田 いじめられて、とてもかわいそうな役なんですけど(笑)、現場は和気藹々(わきあいあい)としていて、みなさん、いつも笑顔でした。とても楽しい現場でしたよ。
増田 実は、ホステス役の女優たちに、「成子を本気でいじめてくれ」と指示を出したんです(笑)。その現場も、疋田さんは楽しんで、ついてくるんです。それを見たとき、僕は逆に、「自分が、この女優さんについていこう」と思いました。疋田さんが現場に入ってくれたおかげで、スタッフとキャストのあいだで、よい形の化学反応が起こったんです。
― 映画の冒頭で、新聞の勧誘のアルバイトをしている成子が、勧誘に行った先で男性に吐瀉物を服にかけられて、それを手で払う、というシーンがありますが……。
疋田 私は15歳から芸能活動をしているので、生まれてから一度もアルバイトをしたことがないんです。「新聞の勧誘って、どうやるんだろう?」と、最初はとても戸惑いました。
初めて台本を読んだときに、「自分の服にかけられた吐瀉物を手で払う」と書いてあったので、「信じられない! そんなものに触るなんて、理由がわからない」と思って、増田監督に相談しました。
増田 貧乏人だったら、(吐瀉物を手にかけられたら)手で払いますよ(笑)。そうやって、自分の服の被害状況を確認するんです。「クリーニングに出す必要があるかどうか」を判断するために。クリーニングに出すとしたら、お金がかかってしまいますから。この話は、インタビューの取材を受けるたびに力説してるんですよ(笑)。
疋田 初めはとても戸惑いましたが、いざ撮影で役に入ると、あのシーンも自然に演じることができました。「あ、こういう行動をするものなんだな」と、増田監督のおっしゃった通りだと納得したんです。
増田 疋田さんは、とても役に入りこむタイプの女優さんなんですよ。
疋田 (撮影中に履いていた)スリッパを履いたまま、現場から帰って電車に乗ってしまったこともありました(笑)。周りが見えなくなってしまうんです。
増田 「主役をきっちりと演じなくてはならない」という意識を、疋田さんはいつも、強くお持ちでした。
― いずれも東京が舞台の『貧乏人抹殺篇』と『貧乏人逆襲篇』は、劇中で交わりませんが、オムニバスのように独立した物語として描かれているわけでもありません。斬新な構成にした理由は?
増田 たとえば僕が、公務員や会社員の人と1時間くらいお茶を飲んだとします。そのあいだ、僕はずっと映画に関する話をしているけれど、相手は転職を考えていたり、上司の愚痴を言ったりする。お互いの話が、まったく噛みあわないわけです。
同じ東京にいて、同じ時間を共有していても、話はまったく噛みあわないというシュールな感覚が、東京ならではだな、と感じます。そういう感覚を、この映画でも表現したいと思ったんです。
― 『貧乏人逆襲篇』の主人公は、活動家の松本哉さんがモデルで、彼が現在も拠点にしている高円寺が映画の舞台でもありますね。
増田 松本さんは高円寺で「素人の乱」というリサイクル・ショップを経営していて、あらゆるメディアでとりあげられていますが、僕はそれ以前の彼の活動に興味を持ちました。松本さんがなぜ、高円寺で「素人の乱」を実現するようになったのか、その経緯を映画で描きたいと考えたんです。
『貧乏人逆襲篇』の脚本を担当した昼間たかしさんは、かつて、松本さんが結成した任意団体「貧乏人大反乱集団」に参加していました。『貧乏人逆襲篇』は、その当時のエピソードがベースになっています。
― 2008年の秋に約10日間で撮影された本作。疋田さんが現場に入ったのは、実質的には3日間だったという。撮影中に、増田監督が途中で帰ってしまった日があったということですが……。
増田 疋田さんの水着シーンを撮る日に、スタッフのテンションが異常に高かったから、「俺は映画を撮ってるんだ。そんなに水着の撮影をしたければ、グラビアに就職すればいいだろう」と、スタッフと小競り合いをしてしまって(苦笑)。美意識が許さなくて悲しくなったのと、水着シーンを撮るのが恥ずかしいという気持ちもあって、現場から逃げちゃったんですよ。
疋田 私が現場に着いたら、増田監督がいなかったんです。でも、とてもハード・スケジュールだったから、監督が逃げたくなる気持ちもわかるなぁ、と思って。
増田 僕がいなくなってからは、疋田さんが現場を盛りあげて、撮影を無事に終えてくれたんです。おとなの対応ができる、素晴らしい女優さんだ、と思いました。でも、このとき以外は、ちゃんと自分で仕切りましたよ(笑)。
― とてもキュートで華やかな疋田さん。成子役は、ご本人とは対照的な雰囲気の女性です。ファンのかたがたは驚くのでは?
疋田 私は自分を作るのがあまり好きではないので、いつも自然体で生活をしていますが、今回、成子役を演じたことで、まったく違う自分に出会えたと思っています。
これまでの出演作では、いわゆる妹系のキャラクターを演じることが多かったのですが、成子はそういう役柄ではないので、撮影前はとても悩みました。グラビアや歌、バラエティのお仕事でも、いろいろな表情の疋田紗也を見てもらいたい、と心がけていますが、成子を演じたことで、新しい自分を発見して、演技をすることの素晴らしさを実感しました。ファンのみなさまには、この作品をご覧になっていただいて、新しい疋田紗也を見てもらえたら嬉しいです。
― 疋田さんは、今後、女優として、どんな役柄にトライしたいですか?
疋田 格好よい、クールな女性を演じてみたいです。「なんでもできるスーパー・ウーマン」の役をやってみたいなぁ、と。
増田 疋田さんならできますよ。でも、僕は「不幸で、貧乏で、ださい女」しか映画で撮らないので(笑)、疋田さんがほかの作品でクールな女性を演じるときは、彼女のファンとして、楽しみに拝見します(笑)。
― 『おやすみアンモナイト 貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』は、ユーロスペースでレイトショー公開されます。ミニシアターについて、どうお考えですか?
疋田 私はこれまで、シネマコンプレックスで有名な映画を観ることが多かったのですが、今回、ミニシアターで上映される映画に出演したことで、自分が今まで知らなかった場所で、たくさんの映画が上映されているのだと知りました。自分に合う映画が、今まで行かなかった場所で上映されているのなら、もっと冒険して、いろいろなミニシアターに足を運んだら楽しいだろうな、と思っています。
増田 ミニシアターでのトーク・ショーに僕がゲストで呼ばれたときに、疋田さんを連れていったことがあるんです。彼女はとても感動してくれました。たとえば、レイトショーが終わった午後10時30分くらいに、トーク・ショーを聴こうと残っているお客さまがたくさんいらっしゃることに、とても感銘を受けていて。
僕のような、映画を作る人間にとっては、ミニシアターは交流の場でもあります。ミニシアターの支配人や担当者とじかにお話ができますし、僕自身が観客として上映とトーク・ショーを観に行ったあとに、現場で直接、監督やゲストのかたにお声をかけることもあります。それをきっかけに、以後の活動につながったこともありました。
レジャー性の高いシネマコンプレックスも、もちろん、大切な場所ですが、映画を芸術・文化としてとらえると、映画の作り手たちが集う場所が必要です。そういう意味でも、ミニシアターは僕らにとって、とてもありがたい場所なので、大好きです。
― 最後に、『おやすみアンモナイト 貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』の公開を楽しみに待ってらっしゃるファンのみなさまへ、メッセージをお願いします。
疋田 『貧乏人抹殺篇』は自分の主演作ですが、『貧乏人逆襲篇』は自分が関わっていない作品なので、とても新しい映画だと思いました。完成してから何度もこの作品を観ましたが、観るたびに深いところを知ることができたので、観に来てくださるお客さまにも、一度でなく、何度も観てほしい、と感じました。
この映画を観ると、「いろいろな人間がいるんだなぁ」と実感します。多くの人が、同じ地球の、同じ空の下で生きていて、落ちこむこともあるけれど、自分はひとりではないんだ、と。そういう思いが、今作を通して伝われば嬉しいです。
増田 僕は『栄光への脱出』という映画が大好きなんです(※『栄光への脱出』1960年のオットー・プレミンジャー監督作品)。ポール・ニューマンが演じる主人公がリーダーとなって、祖国を追われたユダヤ人たちが、イスラエルを建国しよう、と決起する物語です。
僕は単純なので(笑)、その映画を脚本家の昼間さんに薦めたところ、「パレスチナ問題は複雑な側面があり、作品を深く読み解かなければいけません」というようなことを指摘されてしまい、「それならば」と、高円寺で貧乏人が世界征服を企む物語を撮りました。
作品の完成から、劇場公開までに、1年くらいかかったんです。『栄光への脱出』の劇中人物たちが祖国のために命を賭けたように、僕なりのメッセージを、命を賭けて、映画という世界でメディアへ向けて発信できたら、と思っています。
増田俊樹監督 プロフィール
1964年生まれ。愛知県出身。俳優として映画・テレビ・CM等に出演する傍ら、映画監督・脚本家・プロデューサーとして、幅広く活躍している。脚本を担当した『マラニカ』が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2006のオフシアター部門に入選した。代表監督作は、『トウキョウ・守護天使』(2007)。
所属事務所公式プロフィール
疋田紗也さん プロフィール
1989年生まれ。千葉県出身。女優、歌手、グラビア・アイドルとして、幅広く活躍している。主な映画出演作は、『学校の階段』(2007)、『新スパイガール大作戦 ~惑星からの侵略者~』(2008)、『プライド』(2009)。深作健太監督の新作『完全なる飼育 メイド、for you』の公開が2010年に控えている。
公式ブログ『年中無休!Saya World』
『おやすみアンモナイト貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』公開情報
2010年1月30日より2月19日まで、ユーロスペース(東京)にてレイトショー。連日21:00上映。
1月30日の上映前に、初日舞台挨拶が決定しています。登壇予定のゲストは、増田監督、疋田さん、昼間さん、辻岡さん、黄金咲ちひろさん、神楽坂恵さん、リエコ・J・パッカーさん、白井優さん、渋木美沙さんです。
『おやすみアンモナイト貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』公式サイト
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『おやすみアンモナイト貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』作品紹介
取材・文:香ん乃 撮影:細見里香
- 2010年01月14日更新
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