91歳のヒロインが輝くおとぎ話 『アンジーのBARで逢いましょう』―松本動監督が語る、草笛光子と紡いだ温かな現場

  • 2025年03月29日更新

石井隆監督、大林宣彦監督など名匠たちの助監督を経て、自身の監督作品が国内外で高い評価を得てきた松本動(まつもと・ゆるぐ)監督。その最新作は、主演の草笛光子が映画史上最高齢のヒロインに扮する『アンジーのBARで逢いましょう』だ。風のように現れた謎の “お尋ね者” アンジーが、いわくつきの物件で開いたBARを舞台に、訪れる人々の人生をそっと変えていく、心温まる大人のためのおとぎ話。脚本は『十三人の刺客』などを手掛けた天願大介。長きにわたり第一線で活躍し、91歳という年齢を迎えて一層輝く草笛光子の新たな魅力を引き出した松本監督に、制作秘話や込めた想いを語ってもらった。

(インタビュー:富田旻)


「女優として脂が乗っている人がたくさんいるのに、なぜ日本には高齢者が主人公の映画がないの?」

― 草笛光子さん演じるアンジーの、自由でチャーミングで凛としたキャラクターに魅了されました。草笛さんを主演に迎えられた経緯を教えていただけますか。

松本動監督(以下、松本監督):本作のプロデューサーの古賀俊輔さんが、草笛さんが過去に出演された『デンデラ』(天願大介監督/2011年)のプロデューサーも務められた方で、普段から草笛さんと仲が良くされているんです。それで常々、草笛さんから「なんで日本映画には高齢者の主人公がいないの? 良いお芝居をする、女優として脂が乗っている方がたくさんいるのに。あなた、企画しないの?」って言われていたそうなんです。

― では、草笛さんからの発言から企画が始まったのですか。

松本監督:草笛さんのその発言がなければ、なかったかもしれないですね。ただ、現実問題として日本の商業映画では、ご高齢の方が主人公で、しかもオリジナル企画といったら、まず企画が通らない。そんな中で、今作はありがたいことに「この予算で好きにやってください」というお話でしたので、それならば普段は通らないオリジナル作品をやろうということになりました。草笛さんにご出演をお願いしたら快諾してくださって、それで企画が動き出したんです。

― 脚本を担当された天願大介さんとは、どのように脚本づくりを進められましたか。

松本監督:最初は僕がプロットをいろいろと考えていたんですけど、いまいちパッとしなくて、脚本家を入れることになったんです。それで、『デンデラ』で監督・脚本を務められた天願さんなら、草笛さんのこともよく知っていらっしゃると思ってお願いしました。天願さんも「草笛さんが主演なら」ということで引き受けてくださいました。

― BARを舞台にしたのは、松本監督のアイデアですか?

松本監督:僕から天願さんにお願いしたのは二つで、一つは草笛さんが主演であること、もう一つは “お店” を舞台にすることでした。そのうえで、映画を観た方が元気になってもらえるような作品にしたいとお願いしたら、BARを舞台にしたこの脚本ができてきたんです。

もともと僕が考えていたプロットの舞台は居酒屋で、主人公が営む居酒屋が閉店することになり、人生の中の一つの歴史が幕を閉じるという物語でした。最後は娘と一緒に幸せになる設定ではあったんですけど、やはりどこか哀愁が漂う作品だったんですよね。これだと“良い物語” にはなるかもしれないけども、“元気” にはなれないかなって思ったんです。ところが、天願さんの脚本はまったく逆の発想で、廃墟になった店を新たに誕生させて未来に向かっていく物語だったので、「まさしく、こっちだ!」となって、そこから制作も一気に動き始めました。

草笛さんが楽しく演じてくれれば、間違いなく魅力的なアンジーになると思った

― 近年、女性の間で白髪をあえて見せるグレイヘアが話題になっていて、美しいグレイヘアの有名人の筆頭として、メディアで草笛さんが度々ピックアップされていましたし、話題のドラマ出演や、第48回日本アカデミー賞の優秀主演女優賞を受賞するなど、91歳になられてなお輝き続けている草笛さんに、今多くの方が憧れと希望を抱いていると思います。

松本監督:本当にそうですよね。あんな風に年齢を重ねたいと多くの方が憧れる存在だと思います。

― アンジーは風のように自由で颯爽としているけれど、おそらく辛苦も多分にあったのだろうと、セリフの重みから感じるシーンもありました。それでいてどこか浮世離れしているような、不思議な存在感もありました。個性的かつ魅力的なキャラクターがたくさん出てくる中でも、やはり草笛さんが演じるアンジーの魅力が、この作品をけん引していると感じました。

松本監督:アンジーが周りの人たちに説教などをして変わらせるのではなく、アンジー自身が自由に思い通りに生きている姿を見て、周りの人たちが自然に変わっていく。アンジーはただ本当に自分が生きたいように生きているだけ。そこがすごくいいのかなと思います。

― 草笛さんご自身がすごくノって演じられていたのではないでしょうか。監督からは、アンジーを演じるうえで草笛さんにどのようなリクエストをされたのですか。

松本監督:アンジーは、天願さんが草笛さんにあて書きしているので、草笛さんそのものなんですよ。だから僕としては、草笛さんが楽しく演じてくれれば、間違いなく魅力的なアンジーになると思いましたし、その環境を作ることだけを考えました。唯一演出したといえば、草笛さんがリヤカーの荷台に乗っているシーンで「ロールスロイスに乗っているように、優雅に気品あるアンジーでいてください」ってお願いしたくらいですね。草笛さんも「わかったわ」って、あとはもうご自分でいろいろとやってくれました。

― まさに気品高く、チャーミングにリヤカーに揺られていましたね。草笛さんも役や演技について積極的にアイデアを出されたそうですが、印象に残っているエピソードはありますか。

松本監督:廃墟化したBARに最初に入っていくシーンですね。室内に物がたくさん置かれていて、ドアがなかなか開けられないという設定なんですけど、アンジーがお尻でドアを押して中に入っていく、あれは草笛さんご自身が考えて演じられたんです。

― そうだったんですか。すごくチャーミングなシーンですよね!

松本監督:僕からは、なかなか思いつかないですよ。「草笛さん、こんなことやってくれるんだ!」 って、ものすごく嬉しくなりました。

― 松本監督は現場を楽しく、草笛さんが演じやすくすることを意識したとおっしゃいましたが、具体的にはどんなことを工夫されたのですか

松本監督:基本的には一日の撮影時間を決めて、時には午後開始にしたり、草笛さんに休んでいただくために撮休を少し多めに入れたり。予算的には二週間ぐらいで撮影しないと厳しい作品ではあったんですけど、三週間ちょっとかけたかな。草笛さんだけでなく、僕らにもすごく優しい健康的な現場でした。そんな中で草笛さんがお茶目に冗談を言ったりするし、僕も楽しみながらやるタイプではあるので、現場に余裕が生まれてギスギスしないんですよね。そういう和やかな雰囲気は作品にも伝染すると思うんです。それがこの映画の世界観にも繋がったのかなと思います。

― 素晴らしい演出ですね!

松本監督:現場の演出ももちろん大事ですが、楽しい現場にするために一番重要なのは現場に向けた準備期間だと思うんです。その段階でいかにコミュニケーションを取るか。今作でも、撮影前や衣装合わせの時などにできるだけ草笛さんとは話しました。いきなり草笛さんから電話がきて、「アンジーは本当に変な人よね。どういう過去があるのかしら?」とか「私こう思うのよね」とか役について30分ぐらいお話しされることもありました。

情報社会の中でも、自分らしく生きることを見つめ直してほしい

― 草笛さんのほかにも豪華かつ魅力的なキャストが集結しています。キャスティングについてお聞かせください。

松本監督:先日、『九十歳。何がめでたい』(2024)で草笛さんがアカデミー賞の優秀主演女優賞を受賞されましたけど、実は撮影自体はこちらが先だったんです。なので、一応は草笛さんの単独初主演作ということで、寺尾聰さんやディーン・フジオカさんなど草笛さんにゆかりのある方に、まずはお声がけさせていただきました。特に寺尾さんは過去に親子役を演じてからプライベートでも仲が良いということで、「草笛さんが主演ならぜひ」と快諾してくださって。石田ひかりさんは、「草笛さんが主演なら、ぜひ出演させていただけませんか」と自ら言ってきてくださって。大林宣彦監督の助監督をやっていた僕にとって、石田さんは憧れの方ですから、「ぜひぜひ!」という感じで。スケジュールの都合でご出演が叶わなかった方もいますが、「草笛さんと同じ作品に出たい」という方も多く、やはり草笛さんの存在はすごく大きいと感じました。

― 女子プロレスラーの駿河メイさんや舞踏ダンサーの工藤丈輝さんなど、俳優だけじゃない、多彩なキャスティングも印象的でした。

松本監督:駿河さんと工藤さんに関しては、脚本にもともと描かれていたキャラクターですけど、演じてもらうなら本物の方がいいと思ってご出演いただきました。メイさんは芝居が未経験でしたが、女子プロレス業界では天才肌と言われていて、僕自身もいろいろ見させていただく中で、きっと勘がいいだろうと思ってお願いしました。青木柚さんや田中偉登さんといった若手実力派の二人の中に入っても、初めてとは思えないお芝居を見せてくれたので、すごくよかったと思います。

― 意外なキャスティングといえば、蛇の出演も(笑)。カメラが突然の蛇目線になるなど、おとぎ話的な演出というか、ほかにもスピリチュアルな要素がいくつか出てきますね。そのせいもあって、アンジーもやはりどこか不思議な存在のようにも感じるんですよね。

松本監督:天願さんは、西部劇をイメージしてこの脚本を書きはじめたそうなんです。西部劇って流れ者がふらっと町にやってきて、そこで起こる事件やいざこざを一件落着させて、また去っていくみたいな話が多いので。最初は西部劇からはじまって、プロデューサーも交えて話していくなかで、(『男はつらいよ』シリーズの)寅さんや、メリー・ポピンズみたいなファンタジー的な要素も入れていこうとなりました。
それで、アンジーの衣装も一つに決めてしまったんです。リアルにいえば日が変われば着替えるんですけど、存在しているのか存在してないかわからないような人物にしたかったので。

― 「アンジーがある日ふらっと街にやってきて、魔法にかけられたように、みんなが自分らしく変わっていく」というメッセージを描いた物語ですが、松本監督ご自身は、アンジーというキャラクターを通して、観てくださる方にどんな思いを伝えたいですか。

松本監督:気づく方は少ないかもしれないですが、本作にはスマホが登場するシーンがないんです。今はインターネットが普及して、SNSにも日々いろんな書き込みがあって、そういう情報社会の中で自分の価値観を左右されている人も多いですよね。本当の自分がわからなくなっているというか……。でも、この映画の登場人物たちは、インターネットにまったく影響されてない人たちなんですよ。自分が思うように生きている、けど、なかなかうまいことは生きられない。そんな不器用な人たちですけど、アンジーが現れることによって、彼女の自由な生き方にみんなが自然と影響され、やはり自分の思ったとおりに生きていけばいいんだと思い始める。だからこの映画を観てくださった方にも、そんなメッセージが伝わればいいなと思いますね。

― 周りに踊らされずに自分自身を生きる……すごく大切なメッセージですね。

名匠・大林宣彦から教わった役者に対する尊敬の念を心に留めて

― 監督ご自身についてもうかがいたいのですが、「動(ゆるぐ)」というお名前は誰がつけられたのですか。

松本監督:親父がつけました。本名ですよ。

― どういう意味が込められているのですか。

松本監督:子どもの頃、お祭りとか遠足を前にワクワクする気持ちってあったじゃないですか。昔は、そういう時に心が「動(ゆるぐ)」って言ったそうなんです。当て字ではなくて、昔の辞書には載っていたそうなんですけど。

― そんな素敵な意味が込められていたのですね。松本監督にぴったりのお名前だと思います。ところで、松本監督はこれまで数々の名匠の助監督を経験されてこられましたが、そうした経験が今の監督としての活動にどのように活かされていますか

松本監督:僕の中では大林宣彦監督と石井隆監督はやはり二大巨匠なんです。特に大林監督からは、役者さんに対する尊敬の念みたいなものを教わりました。例えば、役者は衣装もメイクも完璧に終わった段階でこそ役の人物になるから、足元だろうが手元だろうが、顔が映らない場面でもしっかりとメイクをして、ちゃんと衣装も着て、準備をして撮ってあげないと失礼ですよと言われていたんです。

テレビの現場なんかだと、手元だけを撮る時などは「誰かの手でやっときゃいいだろ」みたいな感じで役者さんを帰らせたりする。でも役者さんが後で作品を観た時に、撮った記憶がないシーンが自分の手として映っているわけで。それはやはり失礼だと思うんです。せめて「こういう理由で、吹き替でやらせてください」って言えばまだいいですけど。

― なるほど。

松本監督:今作の衣装合わせの時に、草笛さんがほぼノーメイクで現場に入っていらしたんです。そのせいかちょっとうつむき加減で来られたんですけど、いざ衣装を着てちょっとメイクをされてフィッティングルームから出てきた時は、もう別人! 背筋もピシっとして自信満々なオーラを漂わせて、アンジーそのものになっていて。大林監督が言われていたのは、こういうことなんだと、あらためて実感しました。

あと、僕は撮影中にモニターを見ないんです。だからカメラ横で全部やっているんですけど。モニターを見ると、物の位置だとか、役者さん以外のことが気になってきたりする。ヘタするとモニターに集中するあまり、演者さんにお尻を向けたまま「スタート」と言ったりする。でも、それは失礼なことですよね。そういったことも現場で学びましたし、いろいろな監督の良い部分や素敵な部分を見ながら、自分のやりたい演出が段々とできあがっていきました。

― そういった松本監督の細やかな心遣いが、本作のクランクアップ映像に映っていた草笛さんのこぼれるような笑顔と「本当に “楽しい” の一言でした!」という言葉に結びついたんですね!

松本監督:草笛さんが僕のこと抱きしめながら頭ポンポンしてくださったんですよ! 嬉しかったですね。最高の思い出です!

― 羨ましいかぎりです(笑)。そんな温かな現場で生み出された本作、ぜひ多くの方に劇場で観ていただきたいですね! 本日はありがとうございました。

「本当に “楽しい” の一言でした!」
草笛光子の笑顔あふれるクランクアップ映像!

【監督:松本 動(まつもと ゆるぐ)プロフィール】
東京都立川市出身。90年代から8mmフィルムで自主映画制作を始め、その後に商業映画の道へと進み、石井隆、山崎貴、中村義洋、矢崎仁司、佐藤信介等の監督作品に助監督として従事。大林宣彦監督『花筺/HANAGATAMI 』では監督補佐として多くのシーンで演出を任された。現在は監督として活動し、作品が国内外の映画祭に290以上選出され、多くのグランプリを含む108冠獲得の高い評価を得ている。中でも『公衆電話』は、米国アカデミー賞公認「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2018」にてベストアクター賞を受賞するなど、国内外70以上の映画祭を席巻し、8つのグランプリを含む23冠に輝き、その続編『カセットテープ』は、「第6回八王子Short Film映画祭」において、グランプリ&観客賞のW受賞。長編映画『星に語りて~Starry Sky~』は「第37回日本映画復興賞』で復興奨励賞を受賞。観客動員数5万人を突破している。現在公開中の『在りのままで咲け』『在りのままで進め』も好評を受け、池袋シネマ・ロサとシネマ・チュプキ・タバタでのアンコール上映を果たし、国内外の映画祭ではグランプリを含む複数の賞を受賞。他には乃木坂46のショートムービー『バージン・ブリーズ』が好評を博すなど、アイドル作品から社会派映画まで幅広い映像分野で活躍している。現在、最新劇場公開長編作『小春日和~Indian Summer~』完成に向けクラウドファンディングを実施中(詳細はこちら)。

作 品 概 要

アンジーが巻き起こす、幸せで痛快なおとぎ話の幕が開く!

「この世界には偶然なんてことはないのよ。全部必然なの」
これは“お尋ね者”アンジーが巻き起こす、令和のおとぎ話――
【STORY】ある街にさっそうと現れた凛としたアンジーと名乗る白髪の女性。 自らを「お尋ね者」だと言うアンジーはいわくつきの物件を借りBARを開く。色々な問題を胸に抱えながら、日々を懸命に生きる町の人々は、アンジーと出会い、その他人に左右されない凛とした生きざまにふれることで“自分らしく”変わっていく……。

▼『アンジーのBARで逢いましょう』
(2025年/88分/日本/PG12)
監督:松本 動
脚本:天願大介
出演:草笛光子
松田陽子、青木 柚、六平直政、黒田大輔、宮崎吐夢、工藤丈輝
田中偉登、駿河メイ、村田秀亮(とろサーモン)、田中要次、沢田亜矢子、木村祐一
石田ひかり、ディーン・フジオカ
寺尾 聰

製作プロダクション:ザフール
配給: NAKACHIKA PICTURES
©2025「アンジーのBARで逢いましょう」製作委員会

『アンジーのBARで逢いましょう』公式サイト

※2025年 4月4日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座 ほか全国公開

  • 2025年03月29日更新

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