3月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2025年02月28日更新

3月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?

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3/1(土)公開『Underground アンダーグラウンド
3/7(金)公開『いきもののきろく
3/14(金)公開『ドマーニ! 愛のことづて
3/14(金)公開『Flow
3/15(土)公開『そして、アイヌ
3/21(金)公開『BAUS 映画から船出した映画館
3/22(土)公開『ミゼリコルディア
3/28(金)公開『レイブンズ


『Underground アンダーグラウンド』

地下に眠る精霊の魂が叫ぶ音響の振り幅

『鉱 ARAGANE』『セノーテ』と海外の地下世界を題材に作品を発表してきた小田香監督が、今度は日本を舞台に地下に眠る精霊の魂に耳を傾けた。タイトルが示す地下の映像は下水道や地下鉄、沖縄のガマなど一部に過ぎず、大半は映画作家でダンサーの吉開菜央がヨガのポーズを取ったり、カーテンを開けたり、玉ねぎを切ったりする日常が流れる。だが何の脈絡もなく思える真っ暗闇のガマに響く平和ガイドの松永光雄さんの声を含め、すべてが祖先から脈々と受け継がれてきた地続きのものであり、この国の地下深くでつながっていることが見て取れる。わずかな光量の違いで表現する映像の変化に輪をかけて、シートが震えるほどの大音量と全くの無音を対比させる音響の振り幅がまた衝撃的で、これぞ映画館でなければ体感できない芸術だなと実感した(藤井克郎)

2025年3月1日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/83分) 監督:小田香 出演:吉開菜央、松永光雄、松尾英雅 ほか
配給:ユーロスペース、スリーピン ©2024 trixta


『いきもののきろく』

運河に流れ着いたガラクタでいかだを作る男と女

名古屋のミニシアター、シネマスコーレの依頼を受けた永瀬正敏が、『戦争と一人の女』で組んだ井上淳一監督と作り上げた中編。同劇場だけで上映された幻の名作が、ついに全国で公開される。運河のよどみに流れ着いてくる廃材やガラクタを集めている男がいた。廃工場でこれらを使っていかだを組み立てようとしている男に、一人の女が声をかける。「私のいかだも作ってよ」。全編ほぼモノクロの画面に、せりふも字幕というスタイルで、終末感あふれる2人だけのドラマが静かに進行する。2014年製作ということから東日本大震災や福島の原発事故を受けているのは明らかだが、原爆の恐怖を描いた黒澤明監督の『生きものの記録』へのオマージュも込められており、コロナ禍での同調圧力やウクライナやガザでの悲劇を見聞きしてきた今こそ見るべき作品かもしれない。ラストのかぎかっこだけのせりふに脳天をぶち抜かれた。藤井克郎

2025年3月7日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2014年/日本/47分) 脚本・監督:井上淳一 出演:永瀬正敏、ミズモトカナコ ほか 配給:ドッグシュガー ©シネマスコーレ・ドッグシュガー


『ドマーニ! 愛のことづて』

夫の暴力と義父のわがままに耐える女性の希望

イタリアで国民的な人気を誇るコメディエンヌ、パオラ・コルテッレージが自らの主演で初監督に挑んだ社会派コメディー。戦後のイタリアを舞台に、映像的な創意工夫がめいっぱい詰まった奇跡の物語を織り上げた。1946年のローマ。貧しい家の主婦、デリアは、夫の日常的な暴力に耐え、寝たきりのわがままな義父を介護しながら、家事をこなし、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支えていた。そんな母親のようにはなりたくないと思っている娘のマルチェッラが裕福な家の息子にプロポーズされ、彼の家族を招いて食事会を開くことになるが……。時代色を感じさせるモノクロの画面で、ブラックな笑いの中に女性の自立と希望というテーマが巧妙に組み込まれる。中でも夫の暴力の激しさを映像では見せず、激しい平手打ちの音とデリアが夢想するダンスシーンで表現するという演出が見事。ラストの感動は、同じイタリア映画の名作『ニュー・シネマ・パラダイス』の余韻に匹敵するほどだ。(藤井克郎)

2025年3月14日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/イタリア/118分)原題:C’è ancora domani 監督・脚本:パオラ・コルテッレージ 出演:パオラ・コルテッレージ、ヴァレリオ・マスタンドレア、ジョルジョ・コランジェリ ほか 配給:スモモ ©2023 WILDSIDE S.r.l – VISION DISTRIBUTION S.p.A


『Flow』

大洪水の地球を旅する一匹の猫の冒険物語

北欧ラトビア出身のギンツ・ジルバロディス監督による長編アニメーション第2作。大洪水に襲われた世界を旅する1匹の猫の冒険が一切のせりふを伴わずに描かれ、2024年のアヌシー国際アニメーション映画祭で審査員賞など4冠に輝いたほか、アカデミー賞では長編アニメーション賞と国際長編映画賞の2部門でノミネートされている。大洪水の中、流れてきたボートに何とか乗り込んだ猫は、やがてキツネザルやカピバラ、犬といった仲間とともに生き延びるための知恵を働かせる。地球環境の危機というテーマ性もさることながら、ジャングルに大量の水が押し寄せる冒頭の情景から、リアリズムを追究した表現力にびっくりさせられる。中でも緩急自在に空間を飛び跳ねるカメラワークが秀逸で、あたかもアニメーションの世界に入り込んだような錯覚にとらわれた。助け合いの精神を強調したメッセージ性が胸に熱い。(藤井克郎

2025年3月14日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/ラトビア、フランス、ベルギー/85分)原題:Flow 監督・脚本・音楽:ギンツ・ジルバロディス 配給:ファインフィルムズ ©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.


『そして、アイヌ』

民族や血を超越した文化の神髄を未来へつなぐ

介護福祉の現状に迫った『ただいま それぞれの居場所』など多様なコミュニティーを見つめてきた大宮浩一監督が、アイヌをモチーフに日本の今を捉えたドキュメンタリー。アイヌだけでなく現代社会を生きるすべての人に、アイデンティティーとは、民族とは、国とは、を問いかける。東京・大久保のアイヌ料理店「ハルコㇿ」を営む宇佐照代さんは、店を訪れる多種多様な人々に母親から受け継いだ料理と音楽を振る舞う。それはアイヌの血を絶やさないという使命感ではなく、ただこの日本で育まれた文化を未来へつないでいくという思いだった。ほかにも在日コリアンの音楽グループを率いる黄秀彦さんら、宇佐さんとの交流で豊かな文化の絆が築かれている実態が描かれる。アイヌの人々を撮りに全国を旅する写真家の宇井眞紀子さんが紹介するアイヌの血が流れていない長老のエピソードなど、決して民族が文化のよりどころではないという示唆が奥深い。(藤井克郎)

2025年3月15日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/96分) 企画・監督:大宮浩一 出演:宇佐照代、宇井眞紀子、黄秀彦、太田昌国 ほか 配給:東風 ©大宮映像製作所


『BAUS 映画から船出した映画館』

明日を夢見る家族の90年にわたる映画愛

2014年に惜しまれつつ閉館した東京・吉祥寺の映画館、バウスシアターをモチーフにした90年の家族の物語で、Bialystocksのバンド活動でも知られる甫木元空監督が、故・青山真治監督と共同で書いた脚本を基に映画化した。1927年、明日を夢見て青森から上京したハジメとサネオの兄弟は、吉祥寺初の映画館、井の頭会館で働き始める。おちゃらけ者のハジメが活弁士として活躍する一方、堅実なサネオは社長に就任。2人で力を合わせて劇場を盛り立てていこうとしたが……。井の頭公園とその傍らにたたずむ劇場から一歩も出ずに、戦争に向かって文化が蹂躙されていく過程から、戦後の悲しみの中で地域を盛り立てていく様子など、90年にわたる映画愛に満ちた情景が鮮やかに描かれる。サネオ役の染谷将太をはじめ、時代の空気感をまとった役者陣の風情に、「後悔しない人生なんてつまらない」といった名せりふの数々が、映画館好きにはぐっと骨身に染みた。(藤井克郎)

2025年3月21日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/116分) 監督・脚本:甫木元空 出演:染谷将太、峯田和伸、夏帆 ほか 配給:コピアポア・フィルム、boid ©本田プロモーションBAUS/boid


『ミゼリコルディア』

元師匠の未亡人が暮らす家に居残り続ける男

かつて師事していたパン職人の葬儀で帰郷したジェレミーは、未亡人になった妻のマルティーヌが暮らす家に数日間、滞在することになる。マルティーヌの息子のヴァンサンは久しぶりの旧友との再会に喜ぶが、いつまでも母親の家に居残り続けるジェレミーにやがて不信感を抱くようになり……。ここからの展開が、ミステリーの要素をはらみつつ、どこか抜けた主人公に意外な行動に走る神父、勝手に住居侵入する警察官、と風変わりな人物が次々と現れて、悲劇なのか喜劇なのか戸惑うばかり。ふざけた描写がちりばめられながら、閉鎖的な村のぬめっとした空気感や真正面からLGBTQに向き合う姿勢など、娯楽性と芸術性と社会性が奇妙なバランスで同居していて、新鮮な映画体験に陶然とした。フランスの中堅、アラン・ギロディ監督作はこれが日本での劇場初公開で、2022年の『ノーバディーズ・ヒーロー』、2013年の『湖の見知らぬ男』と同時上映。(藤井克郎

2025年3月22日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/フランス/103分)原題:Misericordia 監督・脚本:アラン・ギロディ 出演:フェリックス・キシル、カトリーヌ・フロ、ジャン=バティスト・デュラン ほか 配給:サニーフィルム © 2024 CG Cinéma / Scala Films / Arte France Cinéma / Andergraun Films / Rosa Filmes


『レイブンズ』

天才写真家の優しさと狂気を併せ持った生き方に迫る

カラスにフォーカスした作品集《鴉》(RAVENS)で写真史にその名を残す深瀬昌久の破滅的な生き方に迫る人間ドラマで、イギリス出身のマーク・ギル監督が国際混成スタッフ、キャストで日本を舞台に撮影した。父が営む写真館を継ぐことを拒み、北海道から上京した深瀬は、洋子という女性と出会って結婚。妻を主題に革新的な作品を生み出していく。だが奔放な洋子にいら立ちを覚える深瀬は、次第に酒に溺れるようになり……。今や世界が注目する国際派俳優の浅野忠信が、優しさと狂気を併せ持った主人公を鬼気迫る演技で表現。洋子役の瀧内公美、父親役の古舘寛治ら共演者との呼吸も絶妙で、時に甘え、時に暴力的に振る舞う深瀬の苦悩を浮かび上がらせる。何より1960年代からの日本の空気感を外国人のギル監督が完璧に再現していて、徹底した調査、研究はもちろん、芸術の本質に迫ろうとする深瀬並みの創作欲に脱帽した。(藤井克郎

2025年3月28日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/フランス、日本、ベルギー、スペイン/116分/PG12)原題:RAVENS 監督・脚本:マーク・ギル 出演:浅野忠信、瀧内公美、ホセ・ルイス・フェラー ほか 配給:アークエンタテインメント © Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films

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