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『四月の永い夢』― 若き才能が描き出す喪失と再生、そして溢れ出す“映画の力”
- 2018年05月11日更新
恋人の自死によって深い喪失感を抱えた女性の再生を優しいまなざしで描き、「第39回モスクワ国際映画祭」で国際映画批評家連盟賞とロシア映画批評家連盟特別表彰の2冠に輝いた映画『四月の永い夢』が、2018年5月12日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開を迎える。監督・脚本を手掛けたのは現在28歳の新鋭・中川龍太郎。主人公の初海を透明感溢れるたたずまいで演じるのは、故・高畑勲監督作『かぐや姫の物語』でヒロインの声を演じた朝倉あき。若き才能によって生み出された秀作が、日本映画にまた一つ名を刻む。
おだやかな日常に届いた、亡くなった恋人からの手紙
3年前に恋人を亡くした27歳の滝本初海(朝倉あき)。かつては中学の音楽教師をしていたが、今は自宅アパートからほど近い蕎麦屋でアルバイトをしながら穏やかな日々を送っている。そんなある日、亡くなった恋人の母親・沓子(高橋恵子)から息子のパソコンに残されていたという初海宛ての手紙が届けられる。しかし、初海はその封を切ることができない。
そんななか、初海の日常には小さな変化が訪れはじめる。蕎麦屋の娘・忍(高橋由美子)からは店じまいを告げられ、元教え子の楓(川崎ゆり子)と偶然に再会し、染物工場で働く青年・志熊(三浦貴大)からは思いがけない告白を受ける……。やがて、心の奥に小さな秘密を抱えた初海は、元恋人の実家へと向かう。自身の思いに再び向き合ったとき、初海のなかで止まっていた時計の針が静かに動き出す……。
注目せずにいられない! 中川龍太郎監督の才能と圧倒的な冒頭シーン
17歳の時に出版した『詩集 雪に至る都』(2007)で詩人としてデビューし、大学時代に独学で映画を学んだという中川監督。いくつかの作品を経た後、『愛の小さな歴史』(2015)、『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2016)と2年連続で東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門に出品。フランスの映画批評誌「カイエ・ドゥ・シネマ」からも高い評価を受けた。
そんな中川監督だが、本作ではさらに大きな注目を集めるに違いない。その才能は、映画の冒頭で早くも明らかになる。スクリーンいっぱいに咲き誇る桜と菜の花の優しくも鮮やかな色彩、まぶしい春の日射しの中に喪服姿でたたずむ主人公のコントラスト。鳥たちのさえずりと美しいピアノの旋律にのせた詩的なモノローグ――。圧倒的な情緒を湛えるシーンに一気に引き込まれ、観客たちは自己の日常から離脱し、スクリーンに広がるもう一つの日常へと没入するだろう。
朝倉あきの美声と透明感に、古き良き昭和を思う
古びたアパート、ラジオから流れる音、扇風機、手ぬぐいの染工場、名画座……。平成2生まれの中川監督が描く“昭和の香り”も優しく温かい。そして、初海を演じる朝倉あきの美声と清楚な透明感も、“折り目正しい昭和の女優”といったたたずまいを感じさせ、観ているこちらも少し背筋が伸びる。控えめで儚げだが意思の強さやどこか頑固さも感じる初美役は、当て書きされたというだけあって朝倉にぴったり。そして、楓役の川崎ゆり子のチャーミングな魅力にも目を奪われた。
何気ない日々を生きることの喜びに胸が震える
身近な人間の死と、その喪失感からの緩やかな解放という主題のなかに、日常の小さなきらめきを映し出す本作。聞こえてくる音、こぼれる光と色彩、季節の移ろい、人々の温もり……その丁寧な描写が3D映画のにようにスクリーンから降り注いできて、何気ない日々を生きることの喜びを思わずにいられない。この世界は、こんなにも美しいディテールに彩られているのだ、と。
映画の試写室を出ても、しばらくは胸が震えていた。忘れてかけていた温かくみずみずしい感情がとめどなく溢れてくるのを止められなかった。小さく静かな映画だが、この作品には観た人の心を動かすような “映画の力”が確実に宿っている。それは、作品を細部まで誠実に作り上げた制作陣の思いの深さによるものなのだろう。いずれは日本映画界を背負っていくであろう中川龍太郎監督の才能を、今後も見詰めていきたい。
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▼『四月の永い夢』作品・公開情報
(2017年/日本/93 分/HD 16:9/5.1ch デジタル)
監督・脚本:中川龍太郎
出演:朝倉あき、三浦貴大、川崎ゆり子、高橋由美子、青柳文子、森次晃嗣/志賀廣太郎、高橋惠子
挿入歌:赤い靴「書を持ち僕は旅に出る」
製作:WIT STUDIO
制作:Tokyo New Cinema
配給:ギャガ・プラス
©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema
※2018年5月12日(土) 新宿武蔵野館ほか全国順次公開
文:min
- 2018年05月11日更新
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