『スケッチ・オブ・ミャーク』初日舞台挨拶 - 大西功一監督と久保田麻琴氏が語る、宮古島体験のススメ。
- 2012年10月03日更新
2012年9月15日(土)、東京都写真美術館ホールにて『スケッチ・オブ・ミャーク』の初日舞台挨拶が行われた。本作は、沖縄県宮古島で古くから受け継がれてきた神事と音楽を追ったドキュメンタリー作品だ。舞台挨拶では、原案・監修を担った音楽家・久保田麻琴氏と大西功一監督が登壇し、握手を交わしたあと、宮古への想いを熱く語った。また久保田氏からは、宮古の若者たちの音楽活動や、ジャマイカで発祥したレゲエなど、「音楽」をキーワードとした話題が繰り広げられた。
(写真 左・大西功一監督 右・久保田麻琴氏)
― 第1回上映が終わったところですが、いまのお気持ちをお聞かせいただければと思います。
「『これから長く観ていただけるように、この作品と付き合っていこう』という想いが湧いてきた」(大西監督)
大西功一監督(以下、大西) これまで宮古で3回上映して、2000人くらいのひとに観ていただいて、すごく感動を共にしてきました。いよいよ、東京、全国、もしくは世界に向けて、この映画がスタートを切ったんだなあ、という感覚を持っています。「これから長く観ていただけるように、この作品と付き合っていこう」という想いが湧いてきました。今日観ていただいた皆さんも含めて、観客のお力添えがあって、この映画は育っていくと思います。どうかこの映画に感動してくださった方は、陰ながら応援していただけたらなと思います。
久保田麻琴氏(以下、久保田) 「ゴー、ミャーク」って感じですかね。宮古で出会った唄のことを、音楽だけではどうしても伝えきれないだろうと思っていました。テレビで宮古の番組が始まる等して、「観光化も進んでいくだろうし、どうなるのかなあ……」と思っていたところ、大西くんが、ぜひドキュメンタリー映画を撮りたいと言ってくれました。こうして発表するまでに数年かかりましたね。宮古島のひとたちや、その島と携わることが、本当に素晴らしかった。音楽だけでは伝えられなかったから、映画が制作されました。でも、この1本ではまだ伝えきれていないと思う。これから宮古と我々の関係はもっと進むはずです。
― 本作の制作から公開までの道のりというのは、どういった時空だったのでしょうか。
「いつ消えてもおかしくない祭祀や唄を放っておいて、消滅させることはできなかった」(大西監督)
大西 どういう時空だったかといえば、神様にピュッと背中をつままれて、宮古に連れていかれて、撮らされて、と言うしかないような不思議なご縁で。宮古にはまだ熱い祭祀があるけれど、それがいつ消えてもおかしくない。また、「何百年と続いた島の歴史のなかから唄が生まれてきた。その歴史を知っている最後の世代である90代のおばあ(『おばあ』とは、沖縄で親しい間柄のお年寄りを指す一般的な愛称)たちと立ち会って、唄と共に、その唄の背景を聞かせていただく機会は最後かもしれない」、そういうふうに、宮古のことを久保田さんから知らされていました。映像の作り手として、それをみすみす放っておいて消滅させることはできないという判断をして、映画の制作に踏み切りました。この撮影は、僕はもう本当に幸せで楽しくて、やめたくなかったんですよね。1年間、撮影期間がありましたけれども、おばあたちと過ごしながら、夢中になって祭祀を撮り続けました。
久保田 宮古のひとたちが、やっぱりすごいんですよね。我々と違うのは、300年の間、人頭税という半奴隷制度のようなことで非常に苦しまれたことです。でも、そこで生き抜いて、歌って、祈った。そういうひとたちなんですよね。ジャマイカに行ったときの体験と非常に似ていますよ。アフリカから新大陸に連れてこられて偉大な音楽を作って、その音楽で我々を福音してくれたひとたちと、神様を感じながら祈っている宮古のひとたちっていうのは、わたしにとってみれば同じです。
ジャマイカには、レゲエという世界的な音楽がある。ジャマイカには録音やコンサートで行きましたけど、たとえば、プロジェクトを行うときに10個リストを作った場合、ジャマイカのひとたちは3つしかやらないんですね。「このひとたち、手を抜いてるな」と思うんですけど、非常に大事な3つのことはちゃんと守るんです。いまなにが必要か、プライオリティーっていうのは大事だと思うんですよ。
― 久保田さんの、宮古の唄の録音は、まだまだ時間がかかるのでしょうか。
久保田 いまも作ってます。『ラジオ・ミャーク』って言っていますけど、まだどうなるかわからない。いま、ブラックワックスっていう、若いミュージシャンたちの、すごくいいバンドが出てきている。これは、やまとんちゅ(沖縄県外の本土出の人間を指す言葉)と宮古のひとたちのミックスバンドでして、伝統音楽は関係ないんですけど、スピリットがミャークだと。ブラックミュージックが基本になっているわけですけれども、自分たちの言葉でそれを語っている音楽です。
― この作品をご覧になるかたへ、メッセージをお願い致します。
「インターネットの検索ではわからないことを、現地で感じてみるといい」(久保田氏)
大西 繰り返しになりますけれども、ここから始まる映画です。普通のドキュメンタリーだと、ナレーションで最後の結論にもっていって、ひとつの答えを皆さんで共有するようなところがあります。けれどもこの映画は、ふろしきを開けたまま置いておいて、みんなで見つめているような状態だと思います。ちょっと曖昧な言い方ですけれども、「我々のなかで失われて見えなくなってきているものを取りかえす」ということが大事だと思っていまして。宮古の唄や祭祀のことも含めて、もっと日本人監督が、一緒にものを考えて生きていけたらなあ、という想いでいます。いつか街中で出会ったら、そんなことを一緒にお話ししましょう。
久保田 まず皆さんが宮古に行ってもらったらいいと思いますね。インターネット上で地図を見れば、世界のどこにでも行けるような錯覚をしますけど。宮古で現地のひとといろいろお話をして、景色を見て、空気を感じる。例えば、宮古列島の南西端に位置する多良間島に行けば、ユネークっていう音楽のジャンルがあります。本作のなかで歌い手として登場している浜川春子さんしか継いでいない唄なんですよ。サーガ(叙事詩)というか、島の歴史を、女性たちが仕事をしながら歌う。「ユネーク」という言葉を、インターネットで検索しても出てこないので、これはもう皆さんが行ってみないとわからないですよね。
― 実際に宮古に行けば、この映画に登場した歌い手に会って、唄を聴くことはできるんですか。
久保田 (唄を聴くために現地に行って、地元のひとびとに)あまり強要はしないでほしいですね。歩いていて、必要だったら、(現地のひとからおのずと)聴かされますから。我々は、縁があって映画を制作しましたけど、基本的には祭祀なので要注意です。祭祀を行うようなところに入っていくときは、お祈りを見ていいのかいけないのか、地元のひとたちの意見もちゃんと聞いてください。入ってはいけない場所もいっぱいありますのでね。とにかくゴリ押しっていうのはやめましょう。聖地ブームのせいで、いろんな聖地でそれが行われていますけれども。集落に行って、おばあちゃんと会って話すと、2分くらいの短い時間で全てのことをシュッと話してくれますよ。こういうところも、さっき話したジャマイカの、「10個のうちの3つ」っていうのと似てるんですよね。
― この映画を上映したことによって、祭祀を廃れさせないために繋げていこうっていう気運は、地元のひとのなかにあるんでしょうか。
久保田 気運はあります。でも、祭祀を受け継ぐということは、家庭の主婦がいきなりプロの神主さんになるっていうことですよね(宮古では、神事の担い手は女性である)。いまの世の中では、それは非常に難しいので、実際はかなり難しいと思います。でも、気運はたしかにありますし、それがあるということは、非常に重要なことだと思いますね。この映画のおかげかどうかはわかりませんが、恐らく、無関係ではないと思います。
《ミニシア恒例、靴チェック!》 左:大西功一監督 右:久保田麻琴さん |
▼『スケッチ・オブ・ミャーク』作品・公開情報
監督:大西功一
原案・監修・整音:久保田麻琴
出演者:久保田麻琴/長崎トヨ/高良マツ/村山キヨ/盛島宏/友利サダ/本村キミ/ハーニーズ佐良浜/浜川春子/譜久島雄太/宮国ヒデ/狩俣ヒデ/嵩原清 ほか
協力:東京[無形文化]祭
後援:沖縄県/宮古島市/宮古島市教育委員会/エフエム沖縄/沖縄タイムス社/沖縄テレビ放送/宮古新報/宮古テレビ/宮古毎日新聞社/ラジオ沖縄/琉球朝日放送/琉球新報社/琉球放送 (順不同)
特別協賛:特定非営利活動法人 美ぎ島宮古島/日本トランスオーシャン航空株式会社/有限会社 宮古ビル管理(順不同)
2011年/日本/カラー/HD/ステレオ/104分
配給:太秦
コピーライト:(c) Koichi Onishi 2011
●『スケッチ・オブ・ミャーク』公式サイト
●『スケッチ・オブ・ミャーク』公式facebookページ
●『スケッチ・オブ・ミャーク』公式twiiter
※9月15日(土)より東京都写真美術館ホールにてロードショー 他全国順次公開
取材・編集・文・スチール撮影(舞台挨拶):南天
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