『ルート・アイリッシュ』—社会派の巨匠ケン・ローチ監督が描く、軍事ビジネスの恐るべき真実
- 2012年03月27日更新
イギリスの名匠ケン・ローチ監督が2010年に製作した映画『ルート・アイリッシュ』が、日本公開を迎える。タイトルの “ルート・アイリッシュ” とは、バグダッド空港と市内の米軍管轄区域グリーンゾーンを結ぶ12キロにおよぶ道路を指し、テロ攻撃の頻発する「世界で最も危険な道」といわれる場所である。本作はコントラクター(民間兵)としてイラク戦争に赴いた主人公が、ルート・アイリッシュで親友を失い、その不審な死の真相に迫る姿を描く社会派作品だ。そして、そこに浮かび上がるのは、戦争を背景にした軍事ビジネスの恐るべき真実である。
世界で最も危険な道“ルート・アイリッシュ”で命を落とした親友
その死の真相とは……?
2007年、イギリス・リヴァプールの教会でひとりの兵士の葬儀が行われた。その葬儀に参列したファーガス(マーク・ウォーマック)は、幼いころから兄弟同然に育った親友、フランキー(ジョン・ビショップ)の棺を前にして、やりきれない思いを抱える。なぜなら、高額な報酬を目当てにコントラクターとしてフランキーをバグダットに誘ったのはファーガスだったからだ。
当局から聞くフランキーの死因に不信感を抱くファーガスは、真相を暴くため独自に調査をはじめる。しかし、その行動はやがてフランキーの美しい妻、レイチェル(アンドレア・ロウ)たちを巻き込みながら、恐ろしい展開をみせていく……。
日常的に繰り返される非人道的な行為——
人の心の闇が、さらなる戦争の悲劇を呼び寄せる
本作に登場するコントラクターとは、民間軍事会社(Private military company。略称:PMC)より戦地に派遣される兵士のことだ。PMCそのものが日本ではまだ耳馴染みの薄い言葉だが、冷戦終結後に各国で軍縮が叫ばれるなか、内戦やテロが頻発しだした1980年代末に誕生し、2000年代の対テロ戦争で急成長を遂げた民間の軍事サービス企業のことである。その業務内容は直接戦闘をすることから、要人警備、軍事教育、兵站や戦地での食事手配など、さまざまな形での軍の後方支援になる。しかし、コントラクターたちは軍人、民間人、傭兵のどれにも当てはまらない存在であり、「PMCはイラクの法律に従う必要がない」というCPA(米英占領当局)指令第17号により、彼らのイラクでの行動は一切裁かれず、たとえ殺人などを起こしても刑事処分を免れる。
そんな社会的背景が本作でも物語のベースとなり、日常的に繰り返されるイラク市民への非人道的な暴力や、凄惨な拷問の様子が映し出される。しかし、高給と引き換えに最も危険な地域や立場での任務を依頼される彼らもまた、自らの命を守るために必死なのだ。「人を見たら敵だと思え」そんな懐疑心が彼らの精神を蝕み、やがて理性さえも奪う。主人公ファーガスはフランキーの死の真相を追いながら、そんな戦争の後遺症ともいえる自身の闇と対峙することとなる……。
戦争という巨大なマーケットの実情をスリリングな展開で描く、ケン・ローチの新境地!
労働者階級や第三世界からの移民たちの日常をリアルに描いた作品で世界中から高い評価を受けているケン・ローチ監督だが、本作では珍しくサスペンスやアクションの要素を盛り込み、新境地ともいえるスリリングな謎解きドラマを展開させている。ローチ監督の創作上のパートナーである脚本のポール・ラヴァーティは、イラク戦争に参加した多くの兵士にインタビューを重ね、ファーガスという一見タフだが複雑で繊細な内面を持つキャラクターを作り上げた。
報酬のために戦場に行くコントラクターたち。軍事機能の民営化で富を得るPMC。そこにあるのは「正義」や「大義」ではなく巨大なマーケットだ。戦争が一部の人間に対して大きな営利を生み出す限り、世界から争いを無くすことは難しい。いま多くの人が知るべき問題として、ローチ監督が発する骨太で誠実なメッセージをこの作品から受け取ってほしい。
▼『ルート・アイリッシュ』作品・公開情報
原題:ROUTE IRISH
(2010年/イギリス・フランス・ベルギー・イタリア・スペイン合作/109分)
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァーティ
製作:レベッカ・オブライエン
出演:マーク・ウォーマック、アンドレア・ロウ、ジョン・ビショップ ほか
配給:ロングライド
© Sixteen Films Ltd, Why Not Productions S.A., Wild Bunch S.A.,France 2 Cinéma, Urania Pictures, Les Films du Fleuve,Tornasol Films S.A, Alta Producción S.L.U.MMX
※2012年3月31日より銀座テアトルシネマほか全国公開
文:min
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