『BOX 袴田事件 命とは』
- 2010年05月29日更新
裁判員制度が導入された現在の日本で、「人を裁く」ということは、対岸の火事でも、他人ごとでもなくなった。
1966年に静岡県で実際に起こった「袴田事件」 ― 強盗・放火・殺人の容疑で死刑判決を受けた袴田巌死刑囚と、その支援者は、冤罪を訴えて、現在も再審を請求している。この事件を題材に、高橋伴明監督は、『BOX 袴田事件 命とは』で、現在の日本に問題提起を叩きこんできた。
昭和41年6月30日の未明 ― 静岡県にある味噌工場で、一家4人が犠牲になる強盗殺人放火事件が起こった。逮捕されたのは、工場の従業員で、元プロ・ボクサーの袴田巌。当初、袴田は犯行を否認していたが、拘留期限の3日前に一転、自白し、起訴となる。この事件の主任判事である熊本典道は、供述調書を熟読した結果、袴田の自白に信憑性がないという結論に至った。しかし、裁判長と陪席判事は熊本の意見を一蹴し、また、事件から1年も経過して突然、袴田の犯行を裏づける決定的な証拠が現場から発見されたのだった。葛藤に苛まれながらも、袴田の死刑判決文を執筆した熊本。だが、警察の取り調べと唐突に現れた証拠には、不審と疑惑がつきまとう。袴田に死刑判決を言い渡してから7ヶ月後、熊本は辞職した。袴田の無罪を確信している彼は、独自に調査を始め……。
主人公の熊本典道元主任判事を演じたのは、萩原聖人。袴田巌死刑囚を演じたのは、新井浩文。司法、そして、己と戦い続ける熊本の姿と、非人道的な扱いと証拠の捏造で「容疑者から被告へ」と仕立てあげられた結果、精神を病んでいく袴田の姿 ― 彼らを見ていると、この事件について予備知識がなかったとしても、まるで自分も事件の渦中にいるかのように、苦悩し、恐怖をいだき、なにより、「人を裁くこと」の重さについて、戦慄せずにはいられなくなる。
無論、実際の袴田事件が起こった時代には、日本に裁判員制度は導入されていなかった。「もしも、当時、裁判員制度があったなら、袴田と熊本の運命は変わっていたのではないか」、そんな仮定を脳裏に描きながら、今なお、現実の世界で、袴田の無罪を勝ちとろうと熊本が心身を賭(と)している事実を考えると、この映画が提示している問題から目を背けることもまた、ひとつの罪となりえるかもしれない。
自分自身や、自分の大切な者たちが、「裁く側」や「裁かれる側」になる可能性は、決して、ありえないことではなく、むしろ、身近である。逮捕された人間が、もしも無罪だったら、その判決の結果が、もしも冤罪であったなら ― 「『人は間違う』ということは普遍的である」と、高橋監督は語る。過ちが避けられないのなら、では、過ちを正すために、人はなにをすべきなのだろうか。なにができるのだろうか。
この映画を観た人間が、袴田事件の裁決をくだせるわけではない。しかし、本作をきっかけに、この事件と、司法行政の問題点、なにより、「人を裁くことの重大性」について、考えることはできる。いや、必ずや、「考えなければならない」のだ。
▼『BOX 袴田事件 命とは』
作品・公開情報
日本/2010年/117分/35mm/DTSステレオ
監督:高橋伴明
出演:萩原聖人 新井浩文
石橋 凌 葉月里緒奈
村野武範 保阪尚希
ダンカン 須賀貴匡
中村優子 雛形あきこ
大杉 漣 國村 隼 志村東吾 吉村実子 岸部一徳 塩見三省 他
制作プロダクション:ブリックス
製作:BOX製作プロジェクト
配給:スローラーナー
企画:忠叡
脚本:夏井辰徳 高橋伴明
撮影:林淳一郎(J.S.C)
音楽:林祐介
クレジット:(C)BOX製作プロジェクト2010
●『BOX 袴田事件 命とは』公式サイト
※2010年5月29日(土)より、渋谷・ユーロスペース(東京)、銀座シネパトス(東京)にてロードショー。シネ・リーブル梅田(大阪)、京都シネマ(京都)他、全国順次公開。
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●『BOX 袴田事件 命とは』 新井浩文さん インタビュー
文:香ん乃
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袴田事件を、もっとよく知るために。 | |
『裁かれるのは我なり―袴田事件主任裁判官三十九年目の真実』 | |
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高橋伴明監督作品 | |||
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