『運命のボタン』
- 2010年05月15日更新
そのボタンを押せば1億円が手にはいる。だが、それと引き換えに、見知らぬ誰かが死ぬ ― 自分だったら、いったい、どうするか?
1976年の、アメリカはヴァージニア州。12月のある朝、ノーマとアーサーのルイス夫妻宅の玄関先に、真四角の箱が置かれていた。中にはいっていたのは、赤いボタンがついた奇妙な装置。その日の午後5時、スチュワードと名乗る男がルイス家を訪れた。礼儀正しい紳士のスチュワードだが、顔の左半分が焼けただれている。彼が言うには、朝に届いた装置の赤いボタンを押すだけで、100万ドル(約1億円)の現金が手にはいるということだ。しかし、それと引き換えに、見知らぬ誰かが命を落とす。決断するまでの猶予は、24時間。ルイス夫妻は果たして、ボタンを押すのか、否か……。
この映画について誰かと話すたびに、「あなただったら、ボタンを押す? 押さない?」という質問を当然のようにしあうだろうから、もう、この問いを耳にするのも目にするのも飽きた、という人も多いかもしれない。
とはいえ、本作を観る前も、観ている最中も、観たあとも、何度も自問するのは、この問いだ。「私だったら、ボタンを押すか、押さないか」。
小学生の息子・ウォルターと暮らすルイス夫妻。NASAに勤めるアーサーは薄給。高校で文学の教師をしているノーマは、過去のある出来事が原因で、足に障害を抱えている。一家の生活は決して楽でなく、お世辞にも余裕があるとはいえない。
1970年代のアメリカが舞台の本作だが、ルイス一家の暮らしぶりには、現代の日本に生きる多くの人々の生活にも通じる苦しみが厳然とつきまとっている。
だからこそ、まるで自分自身が、赤いボタンのついた箱を前にしているかのような気持ちになってくるのだ。タイム・リミットに迫られて。大金への欲望に理性をそそのかされて。罪悪感と闘って。
監督は、『ドニー・ダーコ』や『サウスランド・テイルズ』のリチャード・ケリー。この映画の核は「道徳的ジレンマ」だ、と彼は語る。リチャード・マシスンの原作小説に感銘を受けたケリーは、原作と同じ1970年代を舞台にして本作を映画化した。
大作でおなじみのキャメロン・ディアスがノーマを、『ヘアスプレー』や『魔法にかけられて』で笑顔をきらめかせていたジェームズ・マースデンがアーサーを、それぞれ演じている。『運命のボタン』は、誰の心にも潜む闇をじわりじわりとこじあけてくる、身近な恐怖を描いたサスペンスだ。「ごく普通の夫婦であり、家族」を演じるのに、ディアスやマースデンは存在感が華やかすぎるのではないか、とつい疑問に感じてしまうが、嬉しい杞憂で終わることだろう。ふたりが演じたルイス夫妻はまさに、「隣の家に住んでいても不思議ではない、自分たちと同じように、生活と収入に苦悩している夫婦」そのものである。
▼『運命のボタン』作品・公開情報
アメリカ/2009年/115分
原題:”THE BOX”
監督:リチャード・ケリー
原作:リチャード・マシスン
出演:キャメロン・ディアス ジェームズ・マースデン フランク・ランジェラ 他
配給:ショウゲート
コピーライト:(C)2009 MRC II DISTRIBUTION COMPANY, LP. ALL RIGHTS RESERVED
●『運命のボタン』公式サイト
※2010年5月8日(土)より、TOHOシネマズみゆき座(東京)、新宿武蔵野館(東京)他にて、全国ロードショー。
文:香ん乃
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