癒されるかたも嫌悪を感じるかたもいる。色々な感情が沸き起こることを狙って作っています―『おだやかな日常』プロデューサー杉野希妃さんインタビュー

  • 2012年12月27日更新

2011年3月11日東日本大震災直後の東京。混乱が続く中、同じマンションに住むユカコとサエコのもとに原発事故のニュースが飛び込む。夫とともに暮らすユカコ、幼稚園児の娘と二人で暮らすサエコ。境遇が違う二人だが、刻々と入る放射能に関する情報に眠れない日々が続く。しかし福島原発から230キロ離れている東京では放射能に対する受け止め方は様々だ。敏感に対応するユカコとサエコは周囲からのズレを少しずつ感じ始め、苛立ちが膨らみ始めていく。東京フィルメックス、グランプリ受賞作『ふゆの獣』で男女の生々しい恋愛を描いた内田伸輝監督が『おだやかな日常』では放射能に反応する人々のぶつかり合いをリアルに描いていく。「脚本を壊して、演技する」というユニークな制作方法をプロデューサー、主演女優という二役の立場から携わった杉野希妃さんに『おだやかな日常』についてたっぷり伺ってきました。




内田監督は謙虚で、腰が低くて、天才?!
― 最初に内田監督にお会いしたときの印象をお聞かせ下さい

杉野希妃(以下杉野):一番初めにお会いしたときは、まだ『ふゆの獣』を観ていませんでした。でもなんとなく内容は聞いていて。(内田監督は)尖った感じでガンガン来る方なのかと思ったら、腰の低いすごく丁重な感じで驚きました。天才と呼ばれている方は、世間体を気にしないとか、自分の言いたい放題を言うタイプが天才と言われがちですが、内田さんは全然違った包容力のある大きなタイプの天才だと思っています。『ふゆの獣』はミニマムな作り方をされていて、大人4人の恋愛劇なので一見世界観が閉ざされているような感じがしますが、最終的に世界へ開かれるように描かれていて謙虚に物事を大きくとらえてらっしゃるのだなと感じました。そういえば、インタビューで(内田監督を)「天才肌」と言ったのは、初めてかもしれません(笑)


悲劇のヒロインになったらこの映画はおしまい
―(杉野さん演じる)一人で子供を育てるサエコというキャラクターがつくられていく経緯についてお聞かせください。
杉野:サエコというキャラクターが追いつめられて、悲劇のヒロインになったらこの映画はおしまいだなと懸念していました。日本映画の中でも、分かりやすい「俺たちはこういうことが言いたいんだ!」みたいなことを前面に押し出している作品がありますが、押しつけがましい演技が好きではないです。余白があってタイトルや、シーン、セリフについて「あれはどういう意味だったんだろう」って後で考えられる作品が好きですね。サエコはキャラクターとして強烈なので気をつけなければいけないと思っていました。さんざん悩んだ末に、最終的にサエコがとる行動も、悲劇に酔っているのではなく、生きるために必死になって、追い詰められているからこそ、ああいう行動を取らざるを得なかったと自分の中で消化して、思いきり役にぶつかりました。


自分にとって一番大切なのは「世界とつながっているかどうか?」という部分。
―「わかりやすさ」より、“考えさせる余白”をということですが、プロデューサーとして制作の中で心がけていることはありますか?

杉野: 自分にとって一番大切なのは「(映画が)世界とつながっているかどうか?」という部分です。アジア映画やヨーロッパ映画を観ていく中で「こういう価値観があるんだ」と感じることがあります。映画は違う価値観と出会うこと。「映画」というツールを通して、新しい世界や、新しい価値観に出会うことが映画なのに(分かりやすく)「これだけが正しい」というような提示の仕方はもったいないと思っています。『歓待』(深田晃司監督、杉野希妃さんプロデュース作品)も『おだやかな日常』も監督の信念やメッセージ性を物語に入れていますが、そこに“考える余白”がある描き方になっていればいいなというのがあります。


― プロデューサーとしての杉野さんの注目すべき点の一つに多くの海外映画祭への参加があります。
杉野:映画祭は日本では映画を作ったあとのご褒美的なものになっているけれど、私にとって映画祭はメインです。映画という媒体を通して、人と出会い、新たな価値観に巡り合い、新しい制作が生まれたりする大切な場ですね。11月に『おだやかな日常』を出品した東京フィルメックスは、毎年、観客として「全作品観るぞ」くらいの気持ちで参加していている映画祭で、「真の映画作家とはなにか」ということを上映や、Q&Aを聞きながら勉強させてもらっています。いつも一番後ろで観ていて、いつか舞台に立てる日が来たらと思っていたので、嬉しさも尋常ではなかったです。

― プロデューサーとして「この人とお仕事したいな」と思うポイントみたいなものとかは、あったりしますか?
杉野:ポイントは、今まで撮られてきた作品を観て「世界に行けるか」という判断しかないですね。(内田監督は)演出力が、飛びぬけていました。監督が指揮をとっているんだけど、役者をすごく信頼していることが感じられて面白いと思いました。

演じる中で自由だけれど、制限がある。つらい役だけど、癒される不思議な体験をしました。
-『おだやかな日常』は制作した脚本を一度壊して演技をするというユニークな制作方法を取られたそうですが。
杉野:(脚本の)流れを頭に入れつつ、現場では(脚本を)忘れて演じたのですが、不安はなく、すごくやりやすかったです。スッと入れる感じで。頭の中にインプットしておけば、あとは勝手に出てくる感じでした。例えば撮影直前に、脚本の中からに使われている絶対言わなければいけない“差別”という言葉を頭の中に入れて「じゃあ、(撮影)いこう」って。あるものをいかに崩して、自然にやるかということは、やったことはなかったのですが、やってみたら、自分の中でしっくりきました。制限を感じながら演じるけど、自由で、つらい役を演じるけれど、癒されるといった、常にアンビバレント(二つのものが相反している)な不思議な体験でした。震災後、悶々として人に言えなかったものを役を通して言わせてもらって、映画に自分が救われているなと初めて感じました。観客としては癒されることはありますが演技をすることで癒されることはこれまでなくて。今回の『おだやかな日常』に関しては、自分が今までたまっていたものを浄化させてもらえた感覚がありました。

この映画は「選択」の映画。癒されるかたもいれば、嫌悪を感じるかたもいる。語り合っていただければと思っています。
― 演技の中に、苦しさと、癒しの両方があったというお話がありました。「震災後の悶々」とは具体的にはどのようなものでしたか?
杉野:震災後、自分と違う選択をする人や、自分とは違う価値観を持っている方に対する排除みたいなものが浮き彫りになってきて悶々としていました。例えば、国外退去される外国人の方々に対するバッシングを目にしたり、人目を気にしてマスクをしている時に「アレルギーなんです」という言葉でごまかしたりしたことですね。誰からも言われてないのに「言っちゃいけないのかもしれない」みたいな、外からの圧迫感みたいなものを感じる経験をしたのです。見えない放射能に対して恐怖心を抱きながら、一方では、気にし過ぎると気が狂うから気にしたくないという二つの気持ちが自分の中に存在することもありました。私の中に『おだやかな日常』に出てくるキャラクターが入り混じる状況がずっと続いていたんですね。でも多分、それでいいのだと思います。人は揺れながら生活しています。そういう揺れている人間や自分とは違う人たちを(排除するのではなく)受け入れなくてはいけないのではないでしょうか。お互いに尊重しあって、共存していかなければならないと個人的には思っています。

―この作品にもあるように、震災を通して、きれいごとではすまされない、様々な考え方、立場が入り乱れるということを体験しました。

杉野:色々な気持ちになりますよね、どちらの側というわけでなく。この映画は「選択」の映画だと思います。ラストシーンも人によっては「希望だ」って言う方もいれば「いや、あれは希望じゃない、逃げだ」と言う方もいる。癒される方もいれば、嫌悪を感じる方もいらっしゃるでしょう。色々な感情が沸き起こることを狙って作っています。「なぜ、そういう感情に自分がなるのか?」理由を考えることによって、自分自身の人としての在り方や、人とのコミュニケーションや、日本社会が見えるのではないかと。観ていただいた後に、議論していただき語り合っていただければと思っています。



恒例の靴チェック
ツイードのブーティをかわいらしく。フェミニンな印象のブーツは韓国で購入されたとのこと。









▼『おだやかな日常』作品・上映情報
日本、アメリカ / 2012 / 102分
監督:内田伸輝
出演:杉野希妃、篠原友希子、山本剛史、渡辺杏実、小柳友、渡辺真起子、山田真歩、寺島進
『おだやかな日常』公式サイト
配給:和エンタテインメント
©odayaka film partners
※12月22日(土)ユーロスペースほかにて公開


文、撮影、編集:白玉  編集協力:市川はるひ

  • 2012年12月27日更新

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