ジョシュア・オッペンハイマー監督、主人公アディさん登壇〜『ルック・オブ・サイレンス』パネルディスカッションレポート
- 2015年07月09日更新
インドネシア9.30事件とその後の虐殺から50年、沈黙を強いられてきた遺族を描くドキュメンタリー映画『ルック・オブ・サイレンス』。その日本公開に先駆け、試写&パネルディスカッションイベントが2015年6月、東京・早稲田大学小野記念講堂にて行われた。登壇はジョシュア・オッペンハイマー監督、アディ・ルクンさん(兄を殺害された本作主人公)、慶応大学名誉教授の倉沢愛子教授、学生パネラーの二重作和代さんと野間千晶さん。「『ルック・オブ・サイレンス』をどう受け止め、何を学ぶか」をテーマとし、胸が熱くなる制作秘話なども飛び出した。質疑応答では客席からも数えきれぬ挙手があり、本作への関心の深さがうかがえた。
「加害者側を撮ってください」と言ってくれたのがアディさんだった
- 本作の主人公になったアディさんと監督はどのように出会ったのでしょうか。
ジョシュア・オッペンハイマー監督(以下、ジョシュア):アディの殺されたお兄さんであるラムリさんは、この地域でとても有名でした。何千、何万の被害者の中で唯一殺人を目撃をされていたのがラムリさんだったからです。ご両親にお会いすると「亡くなったラムリ同様に愛している息子のアディに会って欲しい」と、私にアディを引き合わせてくれました。しかし制作を始めて3週間で、アディの家族を含む多くの被害者の人が「映画に関わらないように」と脅迫を受けました。そのとき「ジョシュア監督、諦めないで。僕ら被害者のことが撮れないのであれば、加害者側を撮ってください」と言ってくれたのがアディでした。
罪に問われることなく、自慢げに話す殺戮者たち
ジョシュア:私は最初、加害者を撮るなんて恐ろしいと思ったけれど、会いに行くとだれもがオープンに、自分の犯した恐ろしい罪の内容・殺人について、細かいデテールまで話してくれました。非常に「自慢げに」です。でもそれは誇らしいからでなく、誇らしいふりをしているだけでした。私はこの状況を自分に置き換えて想像しました。「ホロコーストから40年たったドイツに足を踏み入れたら、ナチスが権力の座につき、ナチス親衛隊が自分の罪について自慢げに語っていたとしたら……」。その瞬間「他のすべての仕事を辞め、何年かかってもこの問題を掘り下げなければ」と思ったんです。
– そして2本の映画(『アクト・オブ・キリング』と『ルック・オブ・サイレンス』)を撮ったのですね。
ジョシュア:そうです。この2本の作品は過去や歴史ではなく、現在についての映画です。罪に問われることなく権力の座についている「加害者」。彼らは空想しストーリーを作り上げ、自分に嘘つき「被害者」の家族にそれを押し付ける……それがどういう影響を与えるのか? ということを掘り下げたのが、前作の『アクト・オブ・キリング』(2014年日本公開)です。これは「エスケイズム(逃避すること)」「罪悪感」がテーマの、熱に浮かされた夢のような作品です。そして今回の『ルック・オブ・サイレンス』では、40年50年と長きにわたって「沈黙」や「不安」を抱えて生きるのがどういうことなのか、またそれが、アディのような遺族にどんな影響を与えるのかということを描きました。『ルック・オブ・サイレンス』は詩、ポエムなんです。人生を壊された人を悼む詩……死者とは虐殺の時に殺された人だけではなく、沈黙と恐怖に縛られて生活せざるを得ず、そんな中で亡くなっていった全ての人に捧げる詩、沈黙、風景なのです。
沈黙の風景には、死者の霊が取り憑いている。その存在を感じて欲しい
– 前作『アクト・オブ・キリング』にはユーモアもあったように思いますが『ルック・オブ・サイレンス』はシリアスで息がつまるような感じでしたね。
ジョシュア:2つの作品は交歓し合うような作品です。2本ともみていただくことで、より大きな形で観客に響けばと意図して作りました。ただ『アクト・オブ・キリング』もオリジナル完全版をみていただければわかりますが、全てのシークエンスが、突然カットし、何かが取り憑いたような沈黙になっています。そこに亡くなった人たちの霊を、存在を感じてほしかったんです。『ルック・オブ・サイレンス』ではそういう沈黙の風景をより多く感じられるようにしました。『ルック・オブ・サイレンス』は、観客が「何かがいるような沈黙」の中にありつづけ、沈黙の中で遺族がどのように生きてきたのか実感してもらう、という狙いがあります。愛する者を失っても、人生を再建していかなければならない……それも加害者に囲まれて。滅ぼされた廃墟の地で「滅ぼされた」と口にせず生きていかなければならなかったんです。『ルック・オブ・サイレンス』は人生を壊された人の人生を悼む詩です。死者とは虐殺の時に殺された人だけではありません。これは、沈黙と恐怖に縛られた生活の中で亡くなっていった、全てのかたに捧げる風景なんです。
– 緊迫感のあるやりとりも多く、非常に危険だった撮影ですが、撮り続けられた原動力はな何だったのでしょうか。
ジョシュア:目に見えないもの、沈黙や恐怖を、見えるようにしたいという思いです。実は加害者も「自分の罪悪感に対する恐怖」を感じています。口にできない感情を抱え、隣人同士、お互いを恐れあって生活している。分離され、切り裂かれた状態だったんです。だからこの問題に対峙し、話し合えるようになって欲しかった。よく「この作品はカーテンを開いて悪夢を見せてくれた」という感想を聞きますが、そうではなく「カーテンそのものが悪夢」なんです。
認知症の父は兄の存在すら忘れた。そして残ったのは「恐怖」だけ……。
– アディさんは、加害者に会うのは怖くはありませんでしたか?
アディ・ルクンさん(以下、アディ):それは実際、非常に怖かったです。
– それなのに、なぜ加害者に会おうと思ったのでしょうか?
アディ:あの殺戮について口を閉ざし、沈黙することを終わりにしたかったんです。彼らに会いに行った目的は、殺害・殺戮について話し合うことであって、決して「恨みを晴らす」とか、無理難題をつき付けつけるためではありません。実際村には殺戮した人と犠牲者になった人の家族が一緒に住んでいるんです。その中で嫌悪感や恨みがなくなればいいと思いました。子供たちが、親が経験したような恐ろしい思いを繰り返さないよう、終わりにしたかった……。だから彼らが謝るのであれば、私は許したいと思いました。
ジョシュア:私もアディが加害者に会いに行くことは危険だと止めました。しかし、ある映像をみせられ説得されました。『ルック・オブ・サイレンス』の途中で登場する、お父さんが何も思い出せず這いずっているシーン、あれはアディが撮っています。認知症になったお父さんが、初めて家族のことがわからなくなった日の様子です。それは日本でいうお正月のような日のこと。家族全員が揃っていたにもかかわらず、家族の誰のこともわからなくなり、どんなに声をかけても落ち着かず這い回るお父さんを見て、アディはハッと気づいたそうです。「これが、もう遅すぎる日なんだ」と。自分の息子が殺され、その死を語ることも悼むこともできずに、ずっと恐怖の檻にとらわれたままで、お父さんはラムリさんの存在すら忘れた。そして残ったのは恐怖だけ……ドアも鍵もないその部屋に閉じ込められたままお父さんは亡くなっていく。「だから次の世代にこれを受け継がせたくない、だから加害者に会いに行きたい」と説得されたんです。
「あれは殺戮だった」本作が社会に与えた大きな影響
– アディさんの周囲に変化はありましたか。現在、身の回りに危険はありませんか。
アディ:以前はこの事件について話すことは、メディアにおいても村落社会においても無理なでした。それが、今では話すことが可能になりました。私自身はこの映画ができた後、家族の安全を守るため引越しをしました。だから今のところ危険はありません。
– 2本の映画は真実を明らかにしましたが、インドネシア文化にどんな変化をもたらせましたか?
ジョシュア:『アクト・オブ・キリング』が公開され、ヒロイックな行為とされていた あの虐殺を、まず触媒としてメディアが「犯罪行為であった」と言えるようになりました。当初秘密裏に上映された『アクト・オブ・キリング』も、結果的に何千回と上映会が行われ、無料でダウンロードもできるようにもなり、非常に多くの方にみてもらえたんです。『ルック・オブ・サイレンス』については上映スペースが作られました。インドネシアでいかに社会が引き裂かれているのか、和解が今すぐ必要なのだということを感じてもらえたと思います。
アディ:プレミア上映したときは3千人の人が来て、ほとんどの観客が若者だったことに感動しました。
ジョシュア:この作品は「遠い異国で起きている窓」ではなく「自分自身を映す鏡」だと思ってみていただければと思います。過去から今をみることはできません。過去の失敗を言い訳をせず受け入れることが重要なんです。
アディ:今日は若い人がたくさん来てくれて嬉しいです。みなさんには歴史を、特に自分の国の過去の歴史を学んで欲しいです。
▼『ルック・オブ・サイレンス』作品・公開情報
2014年/デンマーク・インドネシア・ノルウェー・フィンランド・イギリス合作/インドネシア語/103分/ビスタ/カラー/DCP/5.1ch/日本語字幕:岩辺いずみ/字幕監修:倉沢愛子
原題:THE LOOK OF SILENCE
製作・監督:ジョシュア・オッペンハイマー
共同監督: 匿名 撮影:ラース・スクリー 製作総指揮:エロール・モリス『フォッグ・オブ・ウォー』 / ヴェルナー・ヘルツォーク『フィツカラルド』 / アンドレ・シンガー
●第71回ヴェネツィア国際映画祭5部門(審査員大賞・国際映画批評家連盟賞・ゴールデンマウス賞・ヨーロッパ映画批評家協会最優秀ヨーロッパ地中海映画賞・人権映画ネットワーク賞)受賞
●『ルック・オブ・サイレンス』公式HP
配給:トランスフォーマー 宣伝協力:ムヴィオラ
7月4日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
© Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014
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文・編集・撮影:市川はるひ
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