『アリラン』-4人のキム・ギドクが語る映画人キム・ギドク、人間キム・ギドク

  • 2012年03月11日更新

韓国随一の異端で鬼才キム・ギドク監督。自殺シーンの撮影中に起こった女優の事故をきっかけに映画製作から身を引き、隠遁生活を送っていたキム監督が3年ぶりに発表したのは制作・監督・脚本・撮影・編集・音響・美術・出演を一人でこなしたセルフムービー。映画監督、キム・ギドクを語るこの作品はなんと4人のキム・ギドクが登場し、ドキュメンタリーでありながら、ドラマで、ファンタジー要素をはらんだエンターテイメントに仕上がっている。2011年 カンヌ国際映画祭ある視点部門グランプリ受賞作品。シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開中。c 2011 KIM Ki-duk Film production.



世界が認めた映画監督、キム・ギドク。映画を撮れなくなった監督が撮り始めたのは監督自身。
2009年発表の『悲夢』。自殺シーンの撮影中に一人の女優が過って首を吊るされたままになる事故があった。幸いにも彼女は一命を取り留めるが、この事件をきっかけに、キム・ギドク監督は隠遁生活に入る。たった一人、人里から離れた粗末な小屋にテントを張り、顔を洗い、歯を磨き、食事を作る。映画製作から離れた生活の中で誰と話すこともなく淡々と過ぎていく日々。そんなある日、キム監督の小屋のドアを叩く音がした。外には誰もいない。しかし繰り返されるノック。やがてキム監督はカメラに向かい、今の心情を語り始める。



ドキュメンタリー?ファンタジー?語るのは4人のキム・ギドク
何ともユニークなのは出演者がキム・ギドク一人でありながら、違った人格のキム・ギドクが次々と出演すること。第一のキム・ギドクが語れば、他のキム・ギドクが問いかける。対話を続けていく中で掘り起こされていくキム監督の複雑な映画への思い。この数年に起こった、国内外での評価や、自分のもとを去った映画仲間への裏切りは、狂おしいまでの映画への愛で突き進んできたキム監督を立ち止まらせ、考えさせる。質問しているキム・ギドクも答えるキム・ギドクもそれぞれがそれぞれの方向で悲しくつらい状況に向き合う。ドキュメンタリーでありながら、どこまでが真実で、どこまでが演出なのかがあいまいなこの作品。ドラマを見るかのようにわくわくしながら見てしまう観客は、「ドキュメンタリーでありながらファンタジー」とキム監督が語る究極のエンターテイメントはまってしまっているのかもしれない。



人生の上り坂、下り坂。民謡「アリラン」が意味するもの。
映画の中でタイトルにもなっている「アリラン」は最も良く知られた朝鮮民謡。歌詞の中にある「アリラン 上り坂 下り坂」は上っては下る人生そのものを象徴する。作品中に登場するキム・ギドク監督作品「春夏秋冬、そして春」に監督自身が重ねたように、人生の中には燃え盛るような熱情を秘めた上り調子もあれば寒さに打ちのめされるような絶望のような時もある。カンヌ、ベルリン、ヴェネチアと名だたる国際映画祭で高い評価を受けた巨匠キム・ギドクがなぜ、突然映画製作から姿を消さなければならなかったのか?そしてその絶望からどうやって復活を試みるのか?監督が見出した結末に注目していただきたい。

 

▼ 『アリラン』作品・上映情報
2011年/韓国/91分
原題:Arirang
脚本・監督・製作・撮影・録音・編集・音響・美術:キム・ギドク
配給:クレストインターナショナル

※ シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開中
『アリラン』公式サイト
c 2011 KIM Ki-duk Film production.

文:白玉


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