大塚新一監督 長編劇場デビュー作『横須賀奇譚』が投げかける「記憶」と「生きる」
- 2020年07月02日更新
蓮實重彦氏らのコメントも到着!
大塚信一 監督 『横須賀綺譚』最新予告編
新鋭・大塚信一が監督・脚本を務めた映画『横須賀奇譚』が、2020年7月11日(土)より 新宿k`sシネマ(レイトショー上映)ほか全国順次公開される。東日本大震災で亡くなったと思われていた元恋人が「生きているかもしれない」との怪情報を聞き、彼女をさがす旅に出た男の姿を描く、一風変わったヒューマンミステリーだ。
ラーメン屋で働きながら5年をかけて完成させた、大塚新一監督の長編劇場デビュー作
本作で長編劇場デビューを飾る大塚監督は、1980年生まれ。20代前半には長谷川和彦監督に師事し、ラーメン屋で働きながら自主映画制作に携わってきたという、異色の経歴を持つ人物だ。カナザワ映画祭2019で期待の監督賞に輝いた本作は、働きながら5年の歳月をかけて完成させた渾身の作。監督補には、『カメラを止めるな!』の上田慎一郎も名を連ねる。
主人公の春樹を演じるのは、2011年に園子温監督の 『恋の罪』で鮮烈な映画デビューを飾り、『こっぱみじん』『走れ、絶望に追いつかれない速さで』 などで注目を集めた小林竜樹。ヒロインの知華子役には今泉力哉監督作品 『終わってる』 や 『ウルフなシッシー』 などのしじみを迎え、共演にはインディーズ映画からメジャー大作まで幅広く活躍する川瀨陽太、友情出演に烏丸せつ子 、長屋和彰と、個性豊かな実力派俳優たちが顔を揃える 。
亡くなったはずの元恋人と、あの日の自分に会いに行く
結婚目前だった春樹と知華子は、東北に住む知華子の父が要介護になったため、別れることとなった。春樹は、知華子との生活と東京での仕事を天秤にかけ、仕事の方を選んだのだ。
それから震災を挟んだ9年後、被災して死んだと思われていた知華子が「生きているかもしれない」との怪情報を得た春樹は、半信半疑のまま、彼女が暮らしているという横須賀へと向かう。
知人の男が経営する介護老人福祉施設で働いていた知華子と、無事に再会を果たした春樹だったが、彼女に震災の記憶はなかった……。
忘れていく私たちへの問題提起
本作には、2011年の東日本大震災が重要なモチーフとして描かれる。いまだ被災地に大きな傷跡を残す未曾有の震災だったにもかかわらず、あれから9年が経ち、コロナショックなどの新たな脅威や日々の生活のなかで、私たちは当時の衝撃や、思いや、祈りを、少しずつ風化させてしまっている。命の重さを、日常のありがたさを、自然の脅威を、あれほど深く痛切に感じたにもかかわらず……。大塚監督は本作を通して、国内の事でさえ心の距離を取り、忘れていく私たちへの問題提起を描きたかったという。
主人公の春樹は、そんな私たちの一人だ。かつて愛した人も、仕事への情熱も、日々に流されるままに、忘れたり、忘れたふりをしたりして、飄々と生きようとする。しかし、亡くなったはずの元恋人が生きているという噂を聞いた春樹は、彼女をさがす旅へと出る。そして、その旅は春樹に「あの日の気持ち」を思い出させる。
考えさせられる、「記憶」とは、「生きる」とは
本作が興味深いのは、2011年の東日本大震災という日本人にとって重要な出来事と、誰もが避けられない老いを通して、「記憶」と「生きる」ことの意味を観る者に投げかける点だ。
人間は、絶え間なく流れ続ける時間のなかで、いろんなものごとを「記憶」として心に刻みながら生きていく。時には記憶を通して事実を湾曲させたり、忘れていったりもする。モノや記録として残ることはあっても、「記憶」自体は実像のないもので、それでも、私たちはその記憶の集合体のことを「自分」と認識して生きているのではないだろうか。
ならば、すべての人の記憶から消えてしまったことは、なかったことになるのだろうか——? 歳を重ねていくなかで脳の記憶装置が衰えていくことは、イコール、自分を失くすことなのだろうか? 自分だけの秘密の出来事は、記憶として取り出すことさえしなければ、無に帰すのだろうか?
ある意味、それは正解でもあり、忘れることで生きていけることや、忘れるべきこともあるに違いない。しかし、事実として、起きたことは、やはりなかったことにはできない。過去の記憶を失っても、その人であることには変わりはない。
「記憶」を持って生きることの意義とは、命を、未来を、繋いでいくなかで、決して忘れてはいけない思いを誰かに伝えて残していくことや、さまざま思いを自身の道標としていくことなのかもしれない。それは、震災や戦争といった悲劇だけでなく、うんと輝かしいことだったりもするだろう。
だから、忘れないことと同じくらい、「伝える」こともきっと大切だ。心の中に隠しておいた思いを、いつか後悔しないように。表現したり、人に伝えたり、そうして感情や記憶は生き続けるのではないだろうか。
「奇譚」と名付けられたこの映画には、ちょっと不思議な結末が待っている。この結びに、あなたは何を思うだろう。あなたが春樹なら、どんな続きを描くだろうか。そして、春樹は、どんな物語を紡いでいくのだろうか。
コ メ ン ト
この新人監督の第一作は大変な意欲作だが、ショットの連鎖ではなく台詞によって語られている点で、秀作とはいいがたい。ただ、すべてを九十分に仕上げているところは、高い評価に値する。
———蓮實重彦氏(映画評論家)
その問題提起や壮といえる映画であることは間違いない。
———切通理作氏(評論家)
いやな映画だ。なんでも都合よく忘れて、できるだけ楽に生きようとする私たち自身の惰性を直視させられる。
———森義隆氏(映画監督)
日常が破壊される容赦ない現実は幻想のようであり、同時に失われた日常もまた幻想だったと思えてくる。そんなあてにならぬ世界で、たしかなものをつかみたいという願いを感じる作品。
———小野寺系氏(評論家)
多くの示唆的な設定やセリフには、このコロナの状況にこそ公開される意義や必然性を勝手ながら感じました。
———折田侑駿氏(文筆業)
異様な肌触りの面白さだった。真正面から題材と向き合いつつジャンルを越えエンターテイメントとして昇華させるには相当な勇気とセンスが求められるが、監督の大塚信一はそれを見事にクリアしていた。次はどう来るのかとても楽しみだ。
———佐藤佐吉氏(映画監督・脚本家・俳優)
『横須賀綺譚』を拝見して興味深かったのは、「記憶」というものに関する独自の考察が、おそらくこの監督にしか成しえないやり方で、物語の中に深く織り込まれていたことだった。今後、自分が何かを忘れたり、忘れたいと願ったり、忘れたくないと誓う時に、この映画のことを思い出しそうな気がする。
———牛津厚信氏(映画ライター)
馬鹿野郎!「●●●」かよ!?……と怒りながら、誰もがもう一度観たくなる。 面白過ぎる『大塚映画』の誕生に、乾杯!!
———長谷川和彦氏(映画監督)
監督メッセージ&プロフィール
「今の世の中がクソだと思う人に見て欲しい。どうしてこんなクソみたいな ことになったんだ、と疑問に思う人に見て欲しい。僕にとって映画作りは 『映画人』になるための就職活動ではありません。ラーメン屋で働き、家族を養うことに誇りを持っています。
無理だ、百戦百敗は承知の上、世の中を変えるために映画を撮りたい。いや、やっぱそれは無理か(笑)。ならば、せめて今の世の中は『クソだ』ぐらいは言いたい。じゃあ何で映画なんだ? Twitterで呟けば良いじゃん。理由は簡単です。映画が死ぬほど好きだからだ!」
【大塚信一(おおつか・しんいち)/監督・脚本 】
1980年生まれ。長崎県出身。日本大学文理学部哲学科卒。
20代前半に長谷川和彦に師事。飲食店で働きながら『連合赤軍』のシナリオ作りの手伝いをする。『いつか読書する 日』(2005/緒方明監督)などの現場に制作として散発的に参加するが、映画の現場からは離れる。基本的にラーメン屋での勤務で生計を立てながら、自主映画を制作するが、完成まで至らず。今作『横須賀綺譚』ではじめて映画を完成させる。
作 品・公 開 情 報
▼『横須賀綺譚』
(2019年/日本/86分/カラー/ビスタ/ステレオ/DCP )
監督・脚本:大塚信一
出演:小林竜樹、しじみ、川瀬陽太、湯舟すぴか、長屋和彰、烏丸せつこ
撮影・照明:飯岡聖英 メイク:大貫茉央
録音・整音:小林徹哉 美術応援:広瀬寛己
監督補 :上田慎一郎
宣伝美術:西垂水敦 助監督:小関裕次郎、植田浩行
制作:吉田幸之助
※2020年7月11日(土)より 新宿k`sシネマにてレイトショー
文・編集:min
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