『Ryuichi Sakamoto: CODA』〜坂本龍一の活動全般を追った、深遠なドキュメンタリー〜

  • 2017年11月04日更新

音楽家・坂本龍一に5年間の密着取材を行ったドキュメンタリー作品。撮影期間は、東日本大震災後、坂本氏が思わぬ病を得て闘病、復帰するまでだが、80年代などの貴重なアーカイブ映像も収録。長きにわたり、社会・環境問題に意識を向けてきた坂本氏が、それをどう音楽に反映させてきたのか。時代と音楽の深い関係性も映している。監督は『ロスト・イン・トランスレーション』のプロデューサーとして知られるティーブン・ノムラ・シブル。「これは最終章のはじまりなのか」とうたう通り、坂本龍一の肖像画的な作品だ。
11月4日(土) 角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開 ©2017 SKMTDOC, LLC


なぜ坂本龍一は「自然の音」を求めるようになったのか?
【あらすじ】2012年、宮城県で津波にをかぶったピアノに向き合った音楽家・坂本龍一は「ピアノの死体のような感じ」と語った。しかし、のちにその印象は大きく変わることになる。東日本大震災以降、被災地を訪ね歩き、帰還困難区域にも防護服で足を踏み入れ、原発再稼働反対デモに参加。多方面で精力的に活動していた坂本だが、2014年に中喉頭ガンであることを発表。1年近くの闘病を経て、2015年には『レヴェナント:蘇りし者』『母と暮らせば』の映画音楽で復帰を果たす。そして新たな構想でアルバムの制作にも取り掛かる。それは自然や外界の音を取り込んだ、サウンドドラックのような音楽だった。風や水の流れの音、足音やノイズなどと渾然一体となった音響を、坂本氏は本人が「聴きたくなった」という。そして、インタビューに応える坂本は、これまでを振り返る。デビューした70年代の日本。YMOの一員としてポップアイコンとなり、映画に出演しながら音楽を手がけるようになった80年代。社会問題・環境問題にも意識を向け始めた90年代。不穏な世の中で”平和あっての音楽やアートである”と強く感じたこと。そして、アフリカや北極圏を旅しながら、様々な自然の音を集めた坂本は、新たな音楽を紡ぎだしていく。


震災、中喉頭ガン。困難に向き合う坂本氏は、カメラの前ですべてをさらけ出す
スティーブン・ノムラ・シブル監督と坂本龍一が出会ったのは、ニューヨークの教会。そこでは原子炉実験所教授の講演会が行われていた。客席の坂本氏の真剣なたたずまいに、監督は強い印象を受けたという。そして彼の活動全般を追うドキュメント作品を作ることを思いついたそうだ。この出会いを象徴するように、作品は、坂本氏が震災で水津波をかぶったピアノに触れるシーンから始まっている。ところが撮影を始めて3日後には、坂本氏の体調不良で撮影中断。このタイミングで坂本氏の中喉頭ガンが発覚した。当時、声を失う可能性も危ぶまれたが、1年後には映画音楽で坂本氏は見事に復帰を果たす。撮影も再開され、優しい響きをもつその声も維持された。本作のインタビューシーンは、背景やカメラワークに繊細な配慮があるためか、他者やカメラを介さず坂本氏と直に話している感覚すら感じる。そのため、坂本氏の人柄に触れ、親密な距離感を体感することになる。


時代に寄り添い、柔軟に進化し続ける音楽家・坂本龍一の肖像
アーカイブ映像も充実した本作には、若き日の坂本氏が「音楽にコンピュータを取り入れるのは、人の演奏技術を超え、早く弾けるから」と答える場面も。当時、坂本氏はテクノロジーの波に乗っていた。一方、近年の坂本氏は、自然の音や調律の乱れたピアノ音すら穏やかな表情で愛おしんでしる。真逆ともいえるが、どちらの時代の坂本氏にも、音楽への深い理解と真摯さが伝わってくる。社会情勢を受けて柔軟に変化することと、音楽に取り組む一貫した姿勢を、坂本氏は共存させることができるのだ。監督はこのドキュメント映画を、20年後30年後の世代にも観てもらえる作品にすることを目指したという。それだけに「しなやかに、時代と生きる音楽家の姿」が見事に切り取られた作品となった。


映画音楽の美しさを味わえる、映画館で観るべき作品
坂本氏が外界の音をサウンドに取り入れようと考えたのには映画『惑星ソラリス』(1977年)の影響があると話している。足音、水の音、風の音、全ての音が渾然一体となるあの作品だ。本作の坂本氏が自然の中で素材となる音を集めるシーンそのものが、すでにあの映画のように美しい音と映像になっている。観ごたえだけでなく聴きごたえがある。また、過去の映画音楽エピソードを語る際に、当時のレコーディング風景なども流れている。これらは、映画館という空間で聴くほどに醍醐味を感じるかもしれない。一度は映画館の音響と空間で観るべき作品といえるだろう。


▼『Ryuichi Sakamoto: CODA』作品・公開情報
(2017年/アメリカ・日本/カラー/DCP/American Vista/5.1ch/102分)
監督:スティーブン・ノムラ・シブル
出演:坂本龍一
配給:KADOKAWA
●『Ryuichi Sakamoto: CODA』公式サイト

11月4日(土) 角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
©2017 SKMTDOC, LLC

文:市川はるひ

  • 2017年11月04日更新
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