超高音質で聴くミャンマー伝統音楽に酔いしれる夕べ―『Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅-』イベントレポート

  • 2015年06月26日更新


ミャンマー伝統音楽のスタジオ録音風景を撮影したドキュメンタリー映画『Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅-』が、2015年6月27日(土)より東京のポレポレ東中野ほか全国順次上映される。その公開に先立ち、現地録音した楽曲をハイレゾ音源で視聴するイベントが6月5日に東京・八重洲のGibson Brands Showroom Tokyoにて行われた。


このイベントは、日本人エンジニアが現地に40日間滞在して収録した100余曲の中から、テーマごとにコンパイルしたアルバムの第2弾:「BeautyのTradition-ミャンマー伝統音楽の旅で見つけた仏教の歌-」のCD発売とハイレゾ先行配信を記念して行われたもの。映画の特別映像も併せて上映され、CD制作と映画監督を務めたエアプレーンレーベルの川端潤さん、映画中にも登場するエンジニアの井口寛さん、撮影の万琳はるえさんらが、楽曲解説と現地での裏話などを披露した。ゲストとして登場したパーカッショニストのASA- CHANGはミャンマー民族音楽へのリスペクトを終始興奮気味に語り、オリジナル打楽器「タブラボンゴ」の演奏も披露するなど、会場を熱く盛り上げた。
(写真上・左から 川端潤監督、万琳はるえさん、ASA- CHANG、井口寛さん)

さらに当日は東南アジアで広く愛されている「タイガービール」の試飲もあり、リラックスムードの中で聴く超高音質のミャンマー伝統音楽に、観客たちは文字通り酔いしれていたようだ。

興味深いエピソードがたくさん飛び出したゲストトーク。本記事では、その一部をダイジェストでご紹介します! なお、記事中に登場する楽曲はe-onkyo musicサイトにて視聴が可能。未聴の方は曲タイトルに貼ったリンクより該当ページへ飛び、ぜひ音源を視聴しながらお読みください♪


 

【楽曲1】パンッワークインの独奏〜コナタンジーによる演奏
(第一弾アルバム『伝統の美-ミャンマーの伝統音楽、その深淵への旅』より)

「宇宙とアジアとか、大衆と神仏とかが全部一緒になっちゃって、ここにあるみたいな音」(ASA-CHANG)

司会者:体をぐるっと取り囲むように太鼓を配置した楽器 “サインワイン”の独奏曲ですが、この曲は特に早いフレーズがたくさんあって、ゴーストノートのような細かい音も聴こえます。どういう叩き方をしているのでしょうか。

ASA- CHANG:中国やタイなどでは早く演奏する超絶技巧を美としているし、それに共通する美意識があるんだと思う。ゆっくりでリズムがない邦楽は実はアジアの中では珍しいんです。あと、サインワインを叩いた時のポーンという音は日本の鼓っぽくないですか? ゴーストノートというよりも、その一打一音がパァ〜ンとかバイィ〜ンとしゃくることを美しいと思う感性が根本にあって、それをいちいちやる仕組みを手間をかけて作り、なおかつ早く打つというとんでもない事をやっている。さらにすごいのがそんな理屈を越えるくらいの演奏だということ。僕にはこの音が宇宙っぽく聴こえるんですよ。宇宙とアジアとか、大衆と神仏とかが全部一緒になっちゃって、ここにあるみたいな(笑)。

井口寛さん(以下、井口):この曲は、これから演奏会を始めるという時に演奏する曲なんだそうです。

ASA- CHANG:前奏曲という事?じゃあ、決まった曲としてアドリブの要素はなく、ほかのサインワイン奏者でも同じ演奏をするの?

井口:曲としては決まっているけど、奏者が違えば変わってくるんじゃないでしょうか。どこからどこまでが決まっているのか僕自身は把握できていないんですけど。

ASA- CHANG:サインワインの大きさって、どのくらい?

井口:手が届く範囲で、直径で1.5メートルくらいですね。内側に椅子を置いて、視覚に入らない場所の太鼓まで叩くんですよね。ドラム椅子みたいに回転するわけじゃなくて、演奏者が滑るように体を回して演奏するんです。

司会者:これだけの数の太鼓をどう叩いているのかと思うのですが、周囲を粧飾の付いた囲いで覆っていて手元を隠してしまうんですよね。

ASA- CHANG:観客からは見えないよね。隠すという作法があるのかな? 小さな鐘を円形に置いた楽器(チーワイン)もあるんだけど、サークルっていうのがまた宇宙的というか。手の届かないところに配置するってすごい事じゃない?

井口:もう、見ないで叩いていましたね。

 

【楽曲2】ベインバウン~フネーがリードする、サインワイン楽団の演奏
(第一弾アルバム『Beauty伝統の-ミャンマーの伝統音楽、その深淵への旅」より)

「この音楽の独自性と他国との共通性も見つかってすごくおもしろい」(ASA-CHANG)

井口:次はフネーというチャルメラがリードする曲です。普通は歌が入るんですけど。

ASA- CHANG:サインワイン楽団って、サインワインを中心にいろんな楽器がいるの?

井口:サインワインは楽器の名前であると同時に、アンサンブルを示す名前でもあるんです。

ASA- CHANG:フネーはチャルメラというか言い方を変えればオーボエのダブルリードのよう。ストローをぎゅっと噛んでハサミで切ったみたいなリードで奏でる音と打楽器の音が、合っているのかいないのか分からないけけど、ある瞬間からビートを刻み出したり、離れていったりを繰り返す超絶アンサンブル。われわれが知っている音符で起こせないこともないと思うけど、もっと機能する伝達手段*があって演奏しているんでしょうね。何か合図的なものが決まっていて合わせているんでしょうか。

*ミャンマー伝統音楽では譜面が存在せず、基本的に耳で覚えて受け継がれていく

井口:サインワイン・アンサンブルの場合はリングインっていうシンバルが拍子を出す役目をしていて、みんなこれを合図に合わせているみたいです。

川端潤監督(以下、川端):この曲は人形劇で争いの場面や風雨が強い場面で演奏する曲だそうですね。

ASA- CHANG:このシンバルの音が中国の京劇っぽくもあるよ。世界地図の中のミャンマーというポイントからほかの国を見ると、この音楽の独自性と他国との共通性も見つかってすごくおもしろいと思うんだよね。ミャンマーの音楽が特化した部分もあるけど、やっぱり中国の影響や、タイ、インドネシアのガムランとも共通したものを感じるね。

 

【楽曲3】テーマーボーナスウンマイ〜輪廻と涅槃への道を説く古典形式の近代歌謡
(第二弾アルバム「Tradition-の美ミャンマー伝統音楽の旅で見つけた仏教の歌- 」より)

「ミャンマー民族音楽の音階は7音階。それに合わせてピアノをチューニングしている」(川端監督)

井口:この曲は歌とピアノがメインですが、西洋の楽器に耳が慣れている人に聴かせると「このピアノはふざけているんですか?」って言われてしまうんです(笑)。ユニゾンのポイントがすごく多いし、勝手に外れて自由にやっているように聴こえるけど、マジメにやっているんですよ。この楽器と歌との関係性がすごくおもしろい。伴奏という概念が無いみたいですね。

川端:ミャンマー民族音楽の音階は7音階で、それに合わせてピアノをチューニングしているそうです。

井口:西洋音楽の調律とは違うので、ミャンマーの調律師に合わせて変えていると言っていました。

ASA- CHANG :実は日本のメーカーのエレキピアノだそうですね。いちいちピアノのプリセットを変えているってこと?

井口:そうですね。何がどう変わったのか説明はできないですけど、専門家によるとミの音とシの音が約1/4音階差があるらしいです。ドとレの間とか、ある程度の感覚で合わせているみたいですね。ミャンマーは植民地だったこともあって、バイオリンやマンドリンなどの西洋の楽器も独特の形で取り込まれているみたいです。

ASA- CHANG :どの辺りが仏教なの?

井口:詞の内容ですね。ミャンマー伝統音楽の一つの特徴としておもしろいのが、メロディーや旋律を使い回すんです。節は同じだけど内容が全然違う曲とかもあって。

川端:古い曲のメロディーを一部分取って、新しい曲にもっていくとかもありなんです。

ASA- CHANG :著作権とかもないから、古典ってそういうものばかりですよね。商業音楽に慣れてしまうと、使い回しは悪みたいになるけど。

 

【楽曲4】ヤダンスナー·トウンバー·チェーズーゴウン〜仏·法·僧を称える古典詩形式の近代歌謡
(第二弾アルバム「Tradition-の美ミャンマー伝統音楽の旅で見つけた仏教の歌- 」より)

「地元のミュージシャンに、とにかく声を大きくしてくれって言われて……」(井口さん)

ASA- CHANG :なんだこれ!? 勘弁してくださいって感じの美しい違和感が……(笑)。

川端:井口くんがミックスしたのを聴いた時に「ボーカル大きいんじゃないの?」って言ったんですけど(笑)。

井口:うまい歌手イコール声が大きいということみたいで、現地のミュージシャンみんなに「とにかく声を大きくしてくれ」って言われて。決してミックスの失敗ではないですよ(笑)。

ASA- CHANG :でも、ピンク・レディーも山口百恵も昔の歌謡曲はみんなこのバランスでしたよ。80年代後半になってグルーヴとかビートの事が言われはじめて、スタジオミュージシャンカルチャーみたいなのが出てきてからじゃないかな、演奏がよく聴こえるようになったのは。最近の音楽の傾向って、額縁の中に人を置こうとするじゃない。そうじゃなくて、額縁からはみ出すくらい顔があるって感じだよね(笑)!

川端:歌を中心にみんなが演奏していくわけで、歌がバーンとあって良いみたいですね。

 

映画『Tradition-の美ミャンマー民族音楽への旅-特別映像上映

「監督からカメラを渡されて、まずは使い方から調べました(笑)」(万琳さん)

川端:この映画は、万琳はるえさんに録音風景を撮ってきてもらい、時系列に並べてストーリーを作っていったものです。ちょうどミャンマーの旧正月の水かけ祭りの時期で、中心都市ヤンゴンの街の様子も撮影しています。マウンマウンさんという現地のプロデューサーのスタジオで録音したんですが、あまり良い機材がないのでこちらからマイクロフォンやPro Toolsなどを持って行って。録音現場では子どもが走り回っていたり、踊っていたり歌っていたりとなかなかシュールでした(笑)。

井口:録音を確認している間に、知らない人がいきなり来て弁当を食べていたり。悪気も全然なくて「なんでいけないの?」って(笑)。

ASA- CHANG :彼らの音楽というのは、ざわざわしていて良いんだろうね。でも、そういう映像の中のノイズが良いんです。シズル感というか。要らないものが映っているのがすごく興味をひかれる。

川端:映像の編集の時も、できるだけ街のノイズや変な音をいっぱい入れたりしました。全部が音楽に感じて。

ASA- CHANG :それにしても、なんという目線なんでしょう……!

万琳はるえさん(以下、万琳):わたしは普段はミュージシャンで、単純に録音を見学しに行く予定だったんですけど、監督が「せっかくだから、ゴミでもなんでもいいから撮ってきて」ってカメラを渡されて。まず、カメラの使い方から調べて(笑)。

ASA- CHANG :ほんとに!? だからこそしか撮れないシーンがたくさんあるんだろうね。

万琳:映画の中では録音風景と街の様子をいろいろな視点で撮っています。普段はあまり外国人が立ち入れないヤンゴンの芸術大学にも撮影に行きましたし、古楽器を作る職人にも会いに行きました。竪琴を作る職人に会うシーンでは、奏者はいても楽器を作る職人はすごく少ないという現状が映し出されています。

ASA- CHANG :街頭で流れている音楽を聴くと若い子はやっぱりヒップホップなんかが好きなんだなって。一般市民の方々は伝統音楽をどう捉えているの?

万琳:やはり若い人たちはあまり聴かないですね。ただ、わたしは今回初めてサインワインの音に出会って衝撃を受け、一番新鮮に感じた音楽だったんですね。伝統音楽だから古いとか新しいということではないと思いました。

井口:日本と違うのは、テレビにサインワインの楽団が出てきたりするので、楽団の認知度は日本の伝統芸能に比べれば大きいと思います。

ASA- CHANG : テレビで演奏している楽団の映像をyoutubeで観たけど、コメディの場面とかで突然演奏が始まるからびっくりするよね(笑)。今日はサインワインの太鼓の一つを川端さんが持ってきていますけど。これを21個並べるんですね。

万琳:最初は太鼓の数が13個で半月だったらしいです。それが時と共に増えて満月を表すようになって。サインは太鼓、ワインは掛けるという意味があるんです。

ASA- CHANG :小麦粉と炭を練った粘土ようなものを皮の表面に塗って、一個一個の太鼓を叩く前に時間をかけて調律しているんだよね。 そこまでして音にこだわるというのが僕にとっては驚愕ですよ。日本でも、鼓を叩く前に火鉢の熱で時間をかけて乾燥させることを「焙じる」と呼ぶけど、時間感覚も含めて、求める音を追求する美しさは、われわれが失っていた部分だと思うんですよ。

川端・井口・万琳たしかに、そうですね。

ASA- CHANG :今日は興奮して、自分ばかりしゃべっちゃった(笑)。いろんな国の事を知ろうとすると、茶化したような発言をしてしまうけど、それには意味があって。知らないことを分かった体にするのは失礼に当たる気がして、リスペクトを込めて茶化すというか。ミャンマーの音楽だって川の流れのようにずっと続いてきたもので、われわれはその川の水をちょっとすくい取ったくらいの感覚なのに、知った気になるのがとても怖いんです。その流れを、ただただ見ているようなスタンスでいかないと。それは、日本の文化や音楽でさえきちんと捉えられていない自分に対しての戒めでもあるんですよね。

 

▼『Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅-』作品・公開情報
(2015年/日本/105分)
監督・音楽・プロデューサー:川端 潤
撮影:万琳はるえ
字幕翻訳:井上さゆり
出演:ウー・セインウィンチョウ、ウー・ウィンチョウ、ウー・ポーラピェ、ウー・ミョーミンタン、ドー・シュンレアウンほか
製作:プロジェクトラム/エアプレーンレーベル
配給協力・宣伝:太秦
© 株式会社プロジェクトラム

Tradition-の美ミャンマー民族音楽への旅 – 』公式サイト

※2015年6月27日より夏の夜、ポレポレ東中野にて3週間限定公開! (7/14のみ休映)
チケット購入者には映画内で制作したミャンマー伝統音楽CDプレゼント!

◆関連記事:『Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅-』― 世界でも稀少な音源CD制作の収録風景を撮影したドキュメンタリー

 

取材・編集・文:min  スチール(イベント撮影):鈴木友里

  • 2015年06月26日更新

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