『父の秘密』―喪失感と暴力に飲み込まれ、光を失った父娘がたどり着く場所は―
- 2013年11月02日更新
事故により、親ひとり子ひとりになった父娘。悲痛な記憶から立ち直るために移り住んだ新天地で、娘は壮絶ないじめを受け、父は自分の感情と闇に飲み込まれ、それぞれ孤独を募らせていく。そこは一筋の光も届かぬ世界だった……。メキシコの新たな才能、マイケル・フランコ監督が、暴力や哀しみを、澄み切ったまなざしでうつしとったヒューマンドラマ。美しい情景が相まって、傷みがボディブローのように効いてくる。第65回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ受賞作品。11月ユーロスペース他全国順次公開
Después de Lucía © 2012
妻を失った父、母を失った娘。光を失ったふたり。
妻であり母である最愛の家族、ルシアを交通事故で失った父ロベルト(ヘルナン・メンドーサ)と、娘アレハンドラ(テッサ・イア)。喪失感から抜け出せないふたりは、新しい土地でやり直そうと、高級住宅街のプエルト・ヴァラルタからメキシコシティへ引っ越してきた。ロベルトは新しい職場へ、アレハンドラは転校先の学校へと通い始める。しかし、ふたりは一緒に暮らしお互いを思いやりながらも、孤独感を募らせていく。アレハンドラは新しい学校で、早々にドラッグ検査にひっかかったものの、新しい友人もでき、順調な学校生活が始まったように見えた。その友人たちと別荘に泊まった夜、酔ったアレハンドラは、人気のある男子生徒のホセ(ゴンザロ・ヴェガJr)と関係をもつ。ところが翌日、その一部始終を撮影した動画がネットにアップロードされ、学校中の生徒に拡散されてしまう。その日を境にアレハンドラは、男子からは性的嫌がらせを、女子からは嫉妬による激しいいじめを受けるようになる。しかし、喪失感から立ち直れていない父親に、自分の境遇を告げることができず、恐怖の日々をひたすら耐えるのだった。やがて臨海学校の宿舎でも、とことん踏みにじられたアレハンドラは、生徒たちの目の前で夜の海に入り、行方不明になる。そこで父ロベルトは、ようやく娘が窮地に立たされていた事実に気づいた。妻のみならず娘までも失ったロベルトは、狂気をはらんだ怒りに駆り立てられ、己を抑制できなくなっていく……。
静けさの中に、じんわり浮かび上がってくる激情。
父ロベルトは、職場ではささいなことに怒りが漏れ出し、ひとり荷解きをしている最中に発作的にむせび泣く。死者は取り戻せないと頭ではわかっていても、行きどころがない感情。それを押さえ込み、ひたすら耐える日々なのだ。一方、空回りしながらも立ち直ろうと行動していた娘アレハンドラだったが、思春期の少年少女とは残酷なもので、他人の隠し持った弱点を嗅覚で嗅ぎ当ててしまう。昨日まで親しくしていたクラスメイトたちは、アレハンドラの空虚さを見抜いたかのように、突如、集団で牙を剥く。しかしアレハンドラが自分の受けている仕打ちを隠したため、大人からは誤解を受け、壮絶ないじめはどんどんエスカレートしていく(「いじめ」というより、人間の尊厳を奪う「暴力」の数々だ)。そのヒロインやクラスメイトの凄惨な姿を、濃くもせず薄めもせず、まるで定点カメラに写った風景のように観せていくのが、本作の特徴だ。扇情的な表現を排した静けさこそが「恐ろしさ」「激しさ」「残酷さ」をより際立たせる。最悪の状況に耐え抜こうとする娘アレハンドラと父ロベルト。ふたりの抑圧された感情を、少しでもわがもののようにとらえた観客であれば、静かなシーンをみつめながら、自分の中で膨らんでゆく感情を抑えるのに必死になるだろう。
生きることをやめていた父が、息を吹き返したきっかけは。
妻であり母であった女性の名「ルシア」は、スペイン語で「光」を意味する。もはや、一筋の光もない状況で、ロベルトとアレハンドラのふたりは、それぞれ孤独に戦い続けているのだ(原題『After Lucia』は「ルシアの亡き後」「光が不在である世界」という二つの意味をもつ)。脚本も手がけたマイケル・フランコ監督によれば、主人公の父と娘にはそれぞれモデルがいるという。父ロベルトのモデルとなった人物は、最愛の人の死から立ち直れず、まわりのすべての物事を受け入れられなくなってしまったそうだ。本作では生きながら死んでいた父ロベルトは、娘がどんなに恐ろしい窮地に立たされていたのかを知ったときに、ようやく息を吹き返す。娘が姿を消したことで、やるべきことを見つけるとは、なんとも皮肉だ。もともとルシアを失った事故の後、父が自分より弱ってしまったために、娘アレハンドラは自分がいじめられている事実を隠し、耐え抜こうとしたのだ。しかし娘は理不尽な暴力に耐えかねて失踪、それをきっかけに父が息を吹き返す。裏目、裏目の運命をたどっているふたりだ(いじめを隠さなけば、もっと早いうちに、ロベルトはやるべきことを見つけたであろうから!)。あまりに悲しいストーリー展開だが、これは“家族の愛情”に根付いたドラマなのである。「いじめや暴力がない国なんてないでしょう」とマイケル・フランコ監督は言っている。選ぶべき道を誤ったがために、悲劇的な運命をたどっていく父娘だが、このふたりの姿により浄化される想いが、現代に生きる私たちの胸のうちに、あるのではないだろうか。
▼『父の秘密』作品・公開情報
監督・脚本:マイケル・フランコ
出演:テッサ・イア、ヘルナン・メンドーサ、ゴンザロ・ヴェガJr ほか
2012年/フランス・メキシコ映画/スペイン語/103分/ビスタサイズ/デジタル/R15+作品
英題:After Lucia
提供・配給:彩プロ
宣伝:テレザ
第65回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ受賞作品
●『父の秘密』公式サイト
11月ユーロスペース他全国順次公開
Después de Lucía © 2012
文:市川はるひ
- 2013年11月02日更新
トラックバックURL:https://mini-theater.com/2013/11/02/28213/trackback/