『シュトルム・ウント・ドランクッ』山田勇男監督インタビュー(特別ゲスト:淺井カヨさん)

  • 2014年08月17日更新

大正時代に実在したアナキスト集団「ギロチン社」を描いた映画『シュトルム・ウント・ドランクッ』。クランクアップから約1年、待望の劇場公開が、渋谷・ユーロスペースで始まる。この公開直前に山田勇男監督に撮影秘話など、興味深いお話をうかがうことができた。また、最近メディアにも登場している、日本モダンガール協會代表の淺井カヨさんを特別ゲストとしてお迎えし「大正時代を描く映像作品」という視点での、ディープなお話も聞かせていただいた。







山田勇男監督と、淺井カヨさん(日本モダンガール協會代表)。
―山田監督と淺井さんは、かなり以前からのお知り合いなんですね。
山田勇男監督(以下、山田):話せば長くなるんだけれど。
淺井カヨさん(以下、淺井):岐阜県に「日本大正村」という独自の町おこしをしている場所がありまして、そこで「大正モード遊覧會」を開催した際に、監督にチラシの文字を書いて頂きました。
山田:それきり、しばらくお会いしなかった(笑)。
淺井:そうでしたね。最近では、監督の短編作品の上映会へうかがいました。それから、監督と共通の友人がこの『シュトルム・ウント・ドランクッ』でスタッフとして参加しています。


大杉栄と伊藤野枝の没後90年にあたる2013年に『シュトルム・ウント・ドランクッ』が蘇った。
―監督は関わった当初、脚本だけをご担当されていたそうですが。
山田:企画者の高野氏に「ギロチン社という実在した人たちの話を作りたい」と相談されて、史実を元に僕が脚本を書いたのが十年前。でも結局、このときは映画化を実現できなかった。
―再度企画が持ち上がったきっかけは何だったんでしょうか。
山田:2013年が、大杉栄と伊藤野枝の“没後90年”だったことだね。この映画の企画者の高野氏から「知人友人から予算が集まった。撮れるぞ」って連絡が来たのが、2013年の1月。そして今回は、僕が監督も引き受けることになった。撮影は昨年の5月からほぼ一ヶ月間で集中して撮った。桜のシーンだけは3月に都内の六義園で先に撮ったんだけれど。とにかく時間はないし、人は足りないし、予算はないしで、みんな大変な思いをした。一本の映画を作るって大変なことなんです。


ロケ地はほとんどが都内。ギロチン社の根城のロケ地は築300年だった。
―大正の感じを出すため、ロケ地にこだわったとお聞きしています。
山田:今はみんなインターネットで情報を探すんだろうけれど、僕の場合は今までに自分が雑誌なんかで見た場所を訪ねていったりした。それから…あるじゃない、好きなものがわかる同士っていうか。「日本庭園で、どこかいいところある?」って聞くと「あそこがいい」って教えてくれるような関係の。僕はそういうナマの情報を頼って、都内でいろんなところへ行った。ロケを地方で、という話もあったんだけどね。
―ロケ地は地方ではなかったんですか。都内とは思えない風景ばかりでした。
山田:地方だと逆に違うなっていう感じがあるんだよ。それに時間や予算、いろんなものが制約されているから都内で撮る必要があった。ギロチン社のすみかに使ったのは、国立にある築300年で、当時は馬の病院だったところ。昔は馬が人々の足だったから、そういう場所があったんだ。誰だったか、幕末の活動家も、あそこへ泊まったことがあるらしい。そういう場所で撮影ができたのは、とてもよかったんだけど、建物がかなり傷んでいたのにバタバタやるもんだから危なかったかもしれない。「いつ崩れるか」ってヒヤヒヤした(笑)。
淺井:「ここは行ってみたい」と思うような、素敵な、興味深いところもありました。
山田:そう。レストランとかホテルだとかは、西洋建築がきちんと入り込んだところを撮りたかった。だけどそういうところだと予算もかかってしまう。常に予算がないところでどうやって撮るかって、いう葛藤があった。


「神は細部に宿る」と思って撮りました。(山田)
―大正という時代背景で、衣装についてはどうでしたか?
山田:これは全体を仕切った衣装スタッフ以外にも、協力してくださったかたがいてね。たとえば軍服なんかは正規に衣装屋さんから借りるとすごく予算がかかる。でも安っぽくはしたくない。そこで憲兵の衣装なんかは、コレクターの人に借りたんです。
淺井:そのコレクターは、私も存じ上げているかたです。
―すごいですね。さすが、蛇の道は蛇というか…。
山田:特殊な人たちなんです(笑)。そういうのが、面白さっていうかふくらみを生み出すんだと思んだよね。
淺井:あと、衣装ではマントがよかったですね。
山田:マント…中浜哲役のだね。
淺井:そうです。
―あのマントに目が行くんですか。意外な気もします。
山田:(大正が)好きな人はそういうところに気づくんです。今回は特にね「神は細部に宿る」と思って、細かいものや、見えないところまで大事にしてます。
―音楽や効果音にも独特な印象を受けました。
山田:音楽の珠水さんが演劇もやっている人だから、効果音もかなりの種類を作ってくれたりしてね。
淺井:効果音は、現代風もあれば、大正風もありましたね。マッチの音が面白かったですね。
山田:マッチの話をすると長いですよ(笑)。僕はマッチのコレクターなんで、外国のお土産で人からもらうこともあってね。今回、自分の持っているマッチをいろいろ擦ってみたんだ。「シュオッ」といい音がするのがあったりしてね。インドネシア製、スウェーデン製、インド製…みんな音が違うんだよ。
淺井:マッチを擦る度に違う音になっていました。いい音だと思いましたね。リアルな大正とは違うような音もありましたけれど。
山田:そうなんだよ。やっぱり気がつくんだね。
淺井:でもこういう作品を観るのに、リアルな大正だけにこだわっていたら楽しめません。これはもう私の見方ですが、リアルな大正になったり、監督オリジナルの大正になったり…それを行ったり来たりしている感じが面白かったです。


ちょっと出てくる人も、存在感がありましたね。(淺井)
淺井:ミドリ役の女優さんには、下着で締め付けてないところに、時代を感じましたね。
―ミドリ役の藤野羽衣子さん。気になる女優さんですね。
淺井:女給役のかたも非常に雰囲気がありました、おかっぱの。
山田:彼女は元、状況劇場の女優で石川真希っていう人。
淺井:ちょっと出てくる人も、存在感がありましたね。演出家の天野天街さんも、ちょっとしか出てこないけれど印象に残ります。
山田:天野さんは遊び心がすごいからね。あっという間にそのシーンが天野ワールドになっちゃう。
―たくさんのミュージシャンのかたも、少しずつ出演されてますね。
淺井:ミュージシャンの方々も、個性的でインパクトのあるかたが多いですね。
―個人的にチェロ奏者の坂本さんがすごく役者っぽくて、予想外でした。
山田:うん、そうなんだよ。ああいう人、いそうでしょ?
淺井:そうですね。面白かったです。
―監督は出演したミュージシャンのみなさんとは、もともと交流をおもちですか。
山田:いろいろだね。もちろんこちらからは知ってるけれど、向こうはこっちを知らないって関係は多いんじゃないかな。原マスミさんは親しいです…あ、僕からは親しくさせてもらってると思ってる(笑)。


呑気になんか生きてなかった人たちだからこそ、呑気にやってほしかった。(山田)

―ギロチン社メンバーには、若手新人の俳優さんもいらっしゃるのですね。
山田:そうだね、これから世に出てくる人たちだね。
―アナキストであるギロチン社のメンバーや、彼らを見守るかのようなエミルには、何となく呑気な印象も感じました。
山田:そうなんだよ。呑気になんか、絶対生きてなかった人たちだからこそ、呑気に演じてほしかった。みんな腹の中と表向きは違うでしょう。無理をしているんです。(ギロチン社のメンバーは)明日をもしれない命を抱え、どうなるのかわからない人たちなんです。
だからあえてああいう感じに過ごしてると。
山田:そう。ずっと張りつめていたら、あんなことはできない。ネギより肉が食いたいとか、わっと騒いで酒でも飲んで。そうでなきゃ、やっていられない。あの時代は、みんな虚無感に襲われていたと思う。みんな何かを求めていたんだよ。本当のこととか、自分がグッとくるようなことを求めていた。第一次世界大戦が終わって西洋のものがやってきて、大正は華やかに見えるけど、その裏で実はみんな心はからっぽだった。だから向こうの文化が入り込んでくる余地があったわけ。人がだまされたりなびいたりするのは、心が空洞のとき。満たされてるときには、そんなことないでしょう。やはり乾いているときなんだと思う。


出会いが皆さんの中に、ひとつでも生まれたらといいなあと思います。(山田)
―現代のカフェに、大正の人々が集うシーンがありました。あそこにはどのような思いを込められたのでしょうか。
山田:僕はね、ないものが「ある」と思うのが好きなんです。たとえば大事な人が死んだとする。その人は、いなくなっちゃったけど…でも「いる」じゃない? 確かに実際にいて手を握ったりキスしたりできれば、それはそれでいいんだけど。でも心の奥に「いる」とか「ある」とか。人間のすごさって、そういう感覚だと思うんだよね。「あっ、何か今、彼の匂いがする」っていう実感みたいなもの。その感じこそがロマンチックというのか、センチメンタルというのかわからないんだけど。僕はそういうものが、人にとって大事だと思ってるんです。
淺井:そうですね。そういう感じはわかります。
―最後に、監督から作品を見るかたにメッセージをお願いします。
山田:この作品を作るにあたって手弁当で参加してくれた人もいてね…僕が望むのは、この映画の中で彼らが生き生きし、この出会いをよかったと思ってくれることだった。そんな風にね、作品を観たかたにも同様に出会いを見つけてほしい。それは、エミルかもしれないし…人物だけじゃなくてね。風景かもしれない、モノかもしれない。シガレットなんかの小物に惹かれたりとか。この作品には、そういうものがちりばめられている。この映画がきっかけになって「ギロチン社って何?」「大杉栄ってどういう人?」なんていう興味のとっかかかりに出会ってもらえたら。そういう出会いが皆さんの中にひとつでもあったら、生まれたらといいなあと思います。



恒例の靴チェック
Clarksの革靴でキリリとした足元の山田監督。

 

 

 

 
淺井さんはイギリス製のコンビ靴。この日のモダンガールスタイルにぴったりでした。




(取材協力:世田谷邪宗門)

★プロフィール★

山田勇男監督
1974年、演劇実験室「天井桟敷」に入団。寺山修司監督映画の美術・衣装デザインを担当。「銀河画報社映画倶楽部」を結成し『スバルの夜』が、オフシアター・フィルムフェスティバル(後のぴあフィルムフェスティバル)に入選。以後、現在まで8mmフィルム作品を中心に100本を越える作品を制作。漫画家、装丁家としての顔も持つ。雑誌『映画秘宝』のタイトルにも使用された独特の手書き書体は「山田文字」と呼ばれ、今作のタイトル文字にも使用。92年『アンモナイトのささやきを聞いた』カンヌ国際映画祭招待。2003年つげ義春原作『蒸発旅日記』公開。

淺井カヨ
日本モダンガール協會代表。大正末期から昭和初期の日本のモダンガールの研究と実践を行い、各地で展示、催事等の企画、出演をしている。
日本モダンガール協會公式サイト






▼『シュトルム・ウント・ドランクッ』作品・公開情報
監督: 山田勇男
脚本:山田勇男、高野慎三
出演:中村榮美子、寺十吾、廣川毅、吉岡睦雄、銀座吟八、小林夢二、上原剛史、海上学彦、礒部泰宏、松浦祐也、山本亜手子、藤野羽衣子、宮内健太、井村昂、山本浩司、川瀬陽太、佐野史郎、あがた森魚、流山児祥、天野天街、宍戸幸司、白崎映美、つげ忠男、原マスミ、知久寿焼、夕沈、ジンタらムータ、黒色すみれ、谷口マルタ正明、石丸だいこ、黒田オサム、シバ、坂本弘道 ほか
撮影・照明:四宮秀俊/美術:水谷雄司/音楽:珠水/企画:高野慎三/プロデューサー:古屋淳二
2013年/138分/カラー/16:9/HD/3.0chステレオ
配給:ワイズ出版
●『シュトルム・ウント・ドランクッ』公式サイト
2014年8月16日(土)より2 週間、ユーロスペースにて公開 ほか全国順次公開
©シュトルム・ウント・ドランクッ製作委員会. all rights reserved.WordPress Theme by Minimal WP

文・編集:市川はるひ スチール撮影:小澤

 

  • 2014年08月17日更新

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