『コズモポリス』― 鬼才クローネンバーグが終末感ただよう映像でスリリングに描く、資本主義社会の“膿”
- 2013年04月13日更新
クリック一つで世界を動かす、若く美しい投資家の栄光と絶望
デイヴィッド・クローネンバーグ監督の最新作『コズモポリス』は、若くして非凡な成功を手中にした投資家が破滅へと向かう1日を描いた、緊迫感溢れるサスペンススリラーだ。
物語の舞台はマンハッタン。28歳にして巨万の富を築いた投資家エリック・パッカー(ロバート・パティンソン)は散髪するために巨大なリムジンで2マイル(約3.2km)先の床屋を目指す。しかし、その日は大統領のニューヨーク来訪と重なり、デモに繰り出した人々の波と大渋滞に巻き込まれてしまう。のろのろと大通りを進むリムジン。だが、エリックは構わない。なぜなら、オフィス代わりのこのリムジンには仕事をするためのネット環境はもちろん、排泄、食事、睡眠などに必要な設備が揃っている。手を伸ばせば何でもすぐに手に入るその空間は、 彼にとって世界の象徴のようだ。ネットというヴァーチャルな世界で神然として君臨するエリックは、世間から隔離されたこの空間から国際情勢を見渡し、クリック一つで莫大なカネを思うままに動かす。しかし、完璧だった彼の世界にもほころびが生じる。そして、追い打ちをかけるように暗殺者の影が彼に忍び寄る――。
すべてを手に入れてもなお満たされない心の渇きが呼び起こす、破滅という甘美な誘惑
肥大化したマネー至上主義と、そこから生まれる格差。バーチャルな世界で成功を収めるほどに、身体性と現実感を失っていく主人公。二極化された世界で生まれる矛盾を浮き彫りにしながら、本作ではストーリーのほとんどがリムジンの中で展開される。渋滞を進むなか、 部下、 友人、年の離れた愛人、医師など、彼を取り巻く人々が次々とリムジンを訪れ、それぞれと仕事の話やとりとめのない会話をし、時にはカーセックスに耽り、健康維持のため身体検査を受ける。クルマのボディ一枚を隔て暴徒化した市民たちのデモは激化しているが、ボディーガードと鋼鉄の壁に守られた安全空間からの眺めは、まるでパソコンのモニターを通して垣間みる世界のように現実味に欠ける。すべてを手に入れながらも、エリックの心の中で膿となった虚無感は拭いさることができない。そして、それはしだいに熱を持ち化膿しはじめる……。
やがて、完璧だった世界は狂いはじめる。人民元の投資に失敗したエリックは今まさに全財産を失おうとしており、自分の未熟さと無力さを否が応でも思い知る。しかし、破滅に向かうエリックは同時に自由という感覚を手に入れるのだ――あぁ、なんという皮肉だろうか。
しかし、やがて迎えるクライマックスは、さらなる大きな皮肉と衝撃に満ちている……!
クローネンバーグのの映像感覚にパティンソンの青白い顔が奇跡的にマッチ!
原作であるドン・デリーロの同名小説『コズモポリス』は、独自の世界観から映像化は不可能とされていた作品だが、「せりふの美しさに惹かれて」たった6日間で脚本にしてしまったというクローネンバーグ監督の、70歳にして枯渇しらずのイマジネーション、そしてスタイリッシュな映像センスにはあらためて感嘆せざるを得ない。
また、本作で強く印象に残ったのはエリックを演じるロバート・パティンソンのなんとも不健康そうな顔色である。『トワイライト』シリーズで世界中のティーンを熱狂させたアイドル俳優とクローネンバーグ監督いう組み合わせに、意外性を感じる人も多いかもしれないが、まさにヴァンパイア並みのパティンソンの青白い肌が、どこか生きている実感を伴わない本作の主人公、エリック・パッカーというキャラクターにどんはまりしている。また、エリックと絡み合うキャストの豪華な顔ぶれも本作の見どころだ。『トスカーナの贋作』のジュリエット・ビノシュ、『危険なメソッド』のサラ・ガドン、『007/慰めの報酬』のマチュ-・アマルリック、『マイノリティ・リポート』のサマンサ・モートン、『サイドウェイ』のポール・ジアマッティら世界各国の個性的な俳優陣が次々に登場し、予測不可能な展開に華を添える。
富裕と貧困、バーチャルと身体性、栄光と虚無、人形のような妻と人間臭い愛人たち、破滅と自由……、相対する物事の間をいったりきたりしつつ絶妙なバランスを保つ本作。そこから生まれる類いまれなる緊迫感とバランスが崩壊する瞬間の絶望的な開放感を、是非映画館で体感してほしい。
▼『コズモポリス』作品・公開情報
2012年/フランス・カナダ/110分/R-15
監督・脚色:デイヴィッド・クローネンバーグ
原題: COSMOPOLIS
原作:ドン・デリーロ『コズモポリス』(新潮文庫刊)
音楽:ハワード・ショア
出演:ロバート・パティンソン、ジュリエット・ビノシュ、サラ・ガドン、ポール・ジアマッティ、サマンサ・モートン、マチュー・アマルリック
日本語字幕:松浦美奈
配給:ショウゲート
協力:松竹
コピーライト:(c)2012–COSMOPOLIS PRODUCTIONS INC. / ALFAMA FILMS PRODUCTION / FRANCE 2 CINEMA
※2013年4月13日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
文:min
- 2013年04月13日更新
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