【インタビュー】『じっちゃ!』―名バイプレイヤー・小野武彦が青森県つがる市で見つけた”あずましい”人生の風景

  • 2025年10月24日更新

四季折々の青森県つがる市の⾵景を舞台に、東京からIターン移住した孫娘と、市内でメロン農家を営む祖⽗の絆を描くヒューマンコメディ『じっちゃ!』(千村利光監督・脚本)が2025年10月31日(金)より全国順次公開となる。

つがる市の市制施行20周年を記念して製作された本作で、主人公ゆき(中村静香)の祖父・三上泰助を演じたのが、名バイプレイヤーとして活躍してきたベテラン俳優、⼩野武彦さんだ。観る⼈に“望郷の思い”を呼び起こすハートフルな本作の物語を通して、⼩野さん自身の故郷や人生への想いを語ってもらった。

取材・撮影:富田旻
ヘアメイク:藤原玲子 スタイリスト:中川原寛(CaNN)


温かな交流と美味しい農産物、つがる市で過ごした心豊かな撮影の日々

― 孫のゆき役を演じた中村静香さんの印象をひと言で言い表すと、どのような方ですか? また距離を縮めるために、心掛けたことはありますか。

小野武彦さん(以下、小野):そりゃあ可愛かったですよ。たまたま彼女の所属事務所でマネージャーをしていたのが、僕の小学校からの友達なんです。そんな縁で、僕は知らない事務所の方ではないという意識があったけど、向こうにとっては初共演の人だから、緊張しないように無駄口を叩くようにして(笑)、なるべく会話をするようにしました。

― 本作の撮影には、地元の方々も多数参加されたそうですね。同窓会の飲み会のシーンなども大変和やかな雰囲気だったそうですが、地元の方との交流で思い出深いエピソードはありますか?

小野:この作品を撮ったのが去年の7月なんですけど、つがる市フィルムコミッションの会長と副会長が、まだ前任の方でね。僕より年下ですけど、こちらに(年代が)近いんですよ。いろんなつがる市の話を仕込むのには、最適なお二人だったのと、お酒も好きだったのでね、合間をぬって撮影以外の交流もしました(笑)。青森の人はお酒好きな方が多いですよね。僕も結構好きなんです。やっぱり青森は日本酒ですよね。

― 素敵な交流をもたれたのですね。つがる市は山と海の自然に恵まれ農産物も豊かな土地ですが、召し上がったもので特に美味しかったものはありますか。

小野:メロンとスイカが美味しかったですね。僕の演じた泰助はメロン農家の先生役だったので、自分が作ったメロンのつもりで食べていました(笑)。泰助のメロン畑の隣に、スイカ名人が作っているスイカ畑があって、そちらもいただきました。本当に美味しくて、幸せでしたよ。つがるの農産物にはそれぞれにオーソリティがいて、作物の数と同じだけ大勢の名人がいるんです。

― うらやましいです。私も本作を見て、真っ先に「メロン食べたい!」と思いました。

小野:そうですよね。メロンって一般的に夕張とかのイメージだと思うけど、つがる市は全国でも4位*らしいですよ。地元の方も、もっとつがる市のメロンを全国的に広められるよう頑張りたいとおっしゃっていました。
*市町村別でのメロンの産出額が全国第4位/農林水産省2023年市町村別農業産出額(推計)

― つがる市の四季折々の自然や行事の風景が映し出されているのも本作の観どころですが、印象的だった風景はありますか。

小野:岩木山ですね。大きくて、雄大で、故郷に帰ったら変わらずそこにある不動の風景。地元の人にとっては本当に心の落ち着くものだと思います。弘前から見るのとつがるから見るのでは形も違うそうですよ。人や風土や風習への郷愁と同時に、生まれ育った場所の景色は大きなものだと思うんです。

下手な津軽弁で救われた!?—— 地元の空気に包まれて掴んだ泰助の人物像

― 時代や背負うものは違いますが、本作はゆきと泰助それぞれのIターンの物語ですよね。 “生きる場所を選ぶ”という意味では、小野さんが長年俳優の道を選んで生きてきたことと重なる部分もあるのではないでしょうか。長いキャリアの中で、今この時期に泰助を演じる意味をどう感じられましたか。

小野:年齢が年齢だから、無理なく“じっちゃ”の役ができるようになったというのが一番大きいですね。都会のじいちゃんでも、青森のじいちゃんでもお話をいただければやりますよ(笑)。

― 泰助は若い頃に東京から移住して、ちょっと下手な津軽弁を話す役でしたが、方言のセリフで意識されたことはありますか。

小野:その設定に助けられました(笑)。生粋の津軽弁は、少し方言指導を受けたくらいではなかなかできないんじゃないかな。でも、方言指導の方がとても的確で、タイミングも含め伝え方も上手に教えてくださったので、あまり方言に振り回されることなく演じることができました。

あとは、撮影しているあいだ、ずっと津軽弁が聞こえてきてね。そうすると、なんとなく自分もそういうニュアンスになってくるんですよ。だから撮影の最中、地元の方がそばにいたのは大きかったですね。市をあげて協力してくださって、お祭りのシーンも飲み屋さんのシーンも、地元のエキストラの皆さんがいらして、撮影現場以外でも地元の空気に触れていられたのは、本当にありがたかったです。

『1日2合、友達と酒が飲めればいい』—— “あずましく”生きるための哲学

― 津軽弁の「あずましくしてね」というセリフがとても温かく印象に残っています。“あずましく” は、「居心地よく」とか、「楽にして」という意味だそうですが、小野さんご自身が、日々あずましく感じていることや、あずましく過ごすために心がけていることはありますか。

小野:非あずましい現場には行かないことですね(笑)。居心地がいい場所にいるためには、居心地の悪いところに行かないことが一番。お酒も気に入った人たちと飲むとか、気分のいい時間を増やすことだと思います。だけど、それも、つまらないことがあるから、対照的に楽しいと思えるのかもしれない。ずっと休暇だったら、休みのありがたみがないようにね。

― なるほど。勉強になります。

小野:僕が心がけていることは、大したことではないんです。今考えてみたらだけど、20代の頃に自分が言っていたことにつきるかな。先日、幼馴染の親友に言われてね。昔、「どういう役者になりたいの?」って僕に聞いたら、演技的な話じゃなくて「1日2合くらい好きな友達と酒が飲めるような役者になれればいい」って言ったって。それで、「志の低いやつだと思った」ってしみじみと言うんですよ(笑)。

― しみじみと(笑)。でも、素敵な答えだと思います。

小野:親しい友達と酒を酌み交わせるくらいの幸せが、一番いい。それ以上は望まない。僕自身はあまり覚えていないけど、そんな意味で言ったんじゃないかな。でもね、逆に言うと「あずましくしてね」っていうことは、それだけ青森の人たちの生活が厳しいってことだよね。冬の雪かきだけでも気が遠くなるようなひと仕事を、背負っているわけじゃない。そういう厳しさだけだったら潰れちゃうから、それ以外の時はなるべく「あずましくしてね」って、地元の人たちは本当にそう思うんじゃないかな。

疎開先の風光明媚な風景、そして「日ぐすり」—— 故郷と喪失についての人生の言葉

― 「生まれた土地だけが、故郷ではない」というテーマもまた本作の核だと思います。小野さんご自身は「故郷」というテーマをご自身の人生に置き換えた時に、どんな原風景を思い浮かべられますか。

小野:60年くらい住んでいた自分の育った場所が故郷という思いはありますけど、子どもの頃に疎開して従兄弟たちと共同生活をしていた父の故郷の風景を思い出しますね。山梨県の韮崎だけど、すごい良い所なんですね。八ヶ岳とか茅ヶ岳が見えて、南には富士山があって、裏には駒ヶ岳が見えて。釜無川が下に流れているっていう。風光明媚でもあるんですけど、その風景を思い出します。

― 子どもの頃に心に焼きついた風景は、時間が経っても不思議と鮮やかに思い出されますよね。最後に少し重い質問になりますが……本作は、愛する方や身近な方がいる日常が、ある日突然失われてしまう喪失感も描かれています。そういった喪失感との向き合い方を、人生の先輩としてお話ししていただけないでしょうか。

小野:人と関わっていると、必ず別れに出会いますが、乗り越え方は千差万別なんだと思います。けど、僕はやっぱり一番は「日ぐすり」なんだと思う。人間は、どんなに悲しい別れがあっても、次に向かって生きていかなきゃならないようにできている気がするんです。悲しみを忘れてしまうということではなく、次に向かって生きるようにならざるを得ないのが人間なんだと。
でも、無理に乗り越えようとせずに、徹底的に悲しむのもいいと思うんですよ。人によっては時間がかかるでしょうし、時間をかけずに乗り越えられる人もいるかもしれない。けど、それぞれの顔が違うように、それぞれの向き合い方があっていいんだと思います。

― 映画に描かれたメッセージと共に、とても心に響くお言葉です。本日は貴重なお話を本当にありがとうございました。

【プロフィール】
⼩野武彦(おの・たけひこ)
1942年8⽉1⽇⽣まれ。東京都出⾝。俳優座養成所、⽂学座を経て、70年代から映画、TVドラマで活動。特に「踊る⼤捜査線」シリーズでは、北村総⼀朗、⻫藤暁とともに「スリーアミーゴス」として⼈気を博す。近年の主な出演映画に、『⼀度も撃ってません』(20/阪本順治監督)、『仮⾯病棟』(20/⽊村ひさし監督)、『科捜研の⼥-劇場版-』(21/兼崎涼介監督)、俳優⽣活57年⽬にして初主演作『シェアの法則』(23/久万真路監督)、舞台「天使にラブ・ソングを〜シスター・アクト〜」(19)、「にんげん⽇記」(21)、「海の⽊⾺」(23)などがある。

 

予告編・作品概要

【STORY】祖⽗の泰助が住む街という無難な理由で、地域おこし協⼒隊制度を利⽤し、東京からつがる市にI ターン移住した三上ゆき。就職先の市役所で観光・ブランド戦略課に配属された彼⼥は、市の魅⼒を全国に発信するため、慣れない業務に苦戦しながらも、祖⽗との⽇々のやりとりに癒されながら乗り越えていく。やがて怒涛の1年が過ぎ、淡い恋⼼を抱いていた同僚から東京でのビジネスを持ちかけられ、⼼が揺れるゆき。そんなある
⽇、ゆきは、これまで多くを語ろうとしてこなかった泰助が40 年間秘めてきた事実を聞く。そこには⻘森に住み続けた泰助の知られざる絆の物語があった――。

▼『じっちゃ!』
(2025年/日本/93分)
出演:中村静⾹、⼩野武彦
⼩笠原海(超特急) 、なだぎ武、しゅはまはるみ、篠⽥諒、⽊﨑ゆりあ、望⽉雅友
北野瑠華、鈴原ゆりあ、内⼭千早、ピンクレディ(りんご娘)、張間陽⼦、津⽥寛治

脚本・監督:千村利光
主題歌: Hammer Head Shark「春末」 ⾳楽: ⼾⽥有⾥⼦
製作:つがる市フィルムコミッション
制作プロダクション:UNITED PRODUCTIONS
配給: S・D・P
協賛: つがる市 特別協賛: つがる市建設業協会 つがるロータリークラブ
つがる市市制施⾏20 周年記念作品 ˝つがる市フィルムコミッション

『じっちゃ!』公式サイト

※2025年10月31日(金)より池袋シネマ・ロサほか全国順次公開

  • 2025年10月24日更新

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