8月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2025年07月31日更新

8月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?

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8/1(金)公開『美しい夏
8/1(金)公開『入国審査
8/8(金)公開『アイム・スティル・ヒア
8/22(金)公開『蔵のある街
8/22(金)公開『マルティネス
8/22(金)公開『六つの顔
8/23(土)公開『わたしは異邦人
8/29 (金)公開『海辺へ行く道


『美しい夏』

恋と性に心揺れながら成長する少女

映画『美しい夏』メイン画像

イタリア文学界の巨匠チェーザレ・パヴェーゼが1940年に執筆した小説を映画化。主人公が憧れるモデルを演じたモニカ・ベルッチとヴァンサン・カッセルの娘ディーヴァ・カッセルが、輝くような美しさを放っている。1938年、田舎から兄とともにトリノに出てお針子として働く16歳の少女ジーニアは、年上の女性アメーリアと出会う。画家のモデルで生計を立てるアメーリアによって、芸術家たちが集う新たな世界へ足を踏み入れ、大人の階段を上り始めるジーニア。やがて2人は惹かれ合っていく。街には第二次世界大戦前の不穏な空気が漂い、芸術家たちや兄、そしてアメーリア自身にもどこか破滅的な暗さがつきまとう。だが、2人の女性の関係だけは純粋で自由だ。大人びた雰囲気を持ちながらもふと少女の顔を覗かせるジーニアは、恋や性を知り、心揺れながらも成長していく。その姿が瑞々しく、郷愁を誘う抑えた色彩の映像美とともに心に刻まれる。(吉永くま)

2025年8月1日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/イタリア/111 分)原題:La Bella Estate 英題:The Beautiful Summer 監督・脚本:ラウラ・ルケッティ 出演:イーレ・ヴィアネッロ、ディーヴァ・カッセル、ニコラ・マウパ ほか 配給:ミモザフィルムズ ©2023 Kino Produzioni, 9.99 Films


『入国審査』

夢見た国の入口で待っていたもの

映画『入国審査』メイン画像

低予算かつデビュー作ながら数々の映画祭で賞を獲得した、ベネズエラ出身のアレハンドロ・ロハスとフアン・セバスチャン・バスケスの共同監督による心理サスペンス。移民ビザに当選したエレナは新天地での生活を夢見て、パートナーのディエゴとともにバルセロナからNYの空港に降り立つ。だが、2人は入国審査時に別室へと連れて行かれ、密室で審査官による長い尋問を受けることになる。やがて、ある質問をきっかけにエレナはディエゴに疑念を抱き始め……。ロハス監督の経験にヒントを得たというシチュエーションはリアリティに溢れ、移民という社会的問題の複雑さと人間関係の不確実性を浮き彫りにする。狭く息苦しい室内に背景が固定されるなか、エレナとディエゴの心には驚きや不安による動揺が広がっていく。その場面の「静」と2人の心の「動」の対照的な描写が絶妙だ。人生はどう転ぶか分からないという誰もが漠然と抱える恐ろしさが、じわりと伝わってきた。(吉永くま)

2025年8月1日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/スペイン/77分)原題:UPON ENTRY 監督・脚本:アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス 出演:アルベルト・アンマン、エレナ:ブルーナ・クッシ、ベン・テンプル ほか 配給:松竹 © 2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE


アイム・スティル・ヒア

5人の子どもを支えつつ夫の消息を求め続ける妻

『セントラル・ステーション』のブラジル出身、ウォルター・サレス監督による実話を基にした家族の物語で、2024年のベネチア国際映画祭で最優秀脚本賞を受賞したほか、アカデミー賞では国際長編映画賞に輝いた。軍事独裁政権が支配する1970年のブラジル。妻と5人の子どもとともに穏やかな生活を送っていた元国会議員のルーベンスは、ある日突然、軍に連行される。自身も拘束され、執拗な取り調べを受けた妻のエウニセは、子どもたちを守りながら来る日も来る日も夫の消息を求め続けた。社会的、政治的な色合いは濃いものの、サレス監督はむしろエウニセという妻であり母でもある一人の女性の信念と家族の結びつきに焦点を当てる。5人の子どもたち一人一人の年齢と性格にきちんと向き合いつつ、巨大な権力に立ち向かうエウニセを、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされたフェルナンダ・トーレスが多彩な表情で表現。家族を思う決死の覚悟がぐっと胸に迫った。(藤井克郎)

2025年8月8日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/ブラジル、フランス/137分/PG12)原題:AINDA ESTOU AQUI 英題:I’M STILL HERE 監督:ウォルター・サレス 出演:フェルナンダ・トーレス、セルトン・メロ、フェルナンダ・モンテネグロ 配給:クロックワークス ©2024 VideoFilmes/RT Features/Globoplay/Conspiração/MACT Productions/ARTE France Cinéma


蔵のある街

打ち上げ花火を約束した高校生たちの地域振興

山田洋次監督の下で長く助監督、共同脚本を務めてきた『あの日のオルガン』の平松恵美子監督が、自身の故郷、岡山県倉敷市を舞台に爽やかな青春譚を織り上げた。高校生の紅子は酒浸りの父と自閉スペクトラム症の兄、きょんくんを支えつつ、大好きな絵に打ち込んでいた。そんなある日、神社の高い木に登ってしまったきょんくんを下ろそうと、紅子の幼なじみの蒼と祈一が「今度、打ち上げ花火を見せちゃるから」と約束してしまう。「きょんくんは約束をずっと忘れん」と涙目で訴える紅子に蒼は……。全国的に画一的な街づくりが進む中、本当の地域振興とは何なのかを、絵と花火を題材に丁寧に積み上げる。確かに戦災を免れ、古い街並みが今も残る倉敷は絵の神様が宿っているかもしれないが、どこの地域にもきっと何らかの神様はいるはずだ。元気をもたらす代表格でもある花火のように、若い力を借りてどんどん挑戦するべきだ、との作り手の思いが胸に響いた。(藤井克郎)

2025年8月22日(金)より全国順次公開。7月25日(金)から倉敷で先行公開 公式サイト 予告編動画
(2025年/日本/103分) 監督・脚本:平松恵美子 出演:山時聡真、中島瑠菜、高橋大輔 ほか 配給:マジックアワー ©2025 つなぐ映画「蔵のある街」実行委員会


マルティネス

孤独死した隣人の思いをたどる60歳の孤独な男

メキシコに一人で暮らすチリ人のマルティネスは、日常の決まり事を決して崩さない堅物だが、60歳を迎えて勤務先から退職をほのめかされる。後任として陽気なパブロがやってくるなど気が気ではないが、そんなある日、アパートの隣室に住む同年代の女性、アマリアが半年も前に孤独死していたことが判明。生前はほとんど付き合いがなかった彼女の私物の中にマルティネス宛ての贈り物があったことから、その人生に興味を抱くようになる。これが初の長編となるメキシコ出身のロレーナ・パディージャ監督は、老いと孤独をテーマに諧謔味を盛り込んで軽妙につづる。マルティネスは、遺品の手帳に記されていたアマリアがやりたかったことを、自分が架空の恋人になってたどっていく。彼女の思いを受け継ぐことで、やがてマルティネス自身の孤独の心にも変化が訪れるが……。職場も人生も順繰りという奥深い定理がすとんと伝わってきて、パディージャ監督の洒脱なセンスにうなった。(藤井克郎)

2025年8月22日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/メキシコ/96分)原題:Martínez 監督・脚本:ロレーナ・パディージャ 出演:フランシスコ・レジェス、ウンベルト・ブスト、マルタ・クラウディア・モレノ ほか 配給:カルチュアルライフ © 2023 Lorena Padilla Bañuelos


六つの顔

90年の芸歴が刻まれた人間国宝の芸と人に迫る

2025年に94歳を迎えた人間国宝の現役狂言師、野村万作の芸と人生に迫るドキュメンタリー。『のぼうの城』などの犬童一心監督が、『頭山』のアニメーション作家、山村浩二によるアニメーションを駆使するなどして多角的に見つめた。山村が手がけたのは、万作が過去を振り返る中で心に浮かぶ「六つの顔」で、初舞台を踏んだ『靭猿』の子猿や祖父の初世野村萬斎といった顔が登場する。それらの顔をたどりながら、息子の二世野村萬斎、孫の野村裕基らが万作の生き方について語る。中でも圧巻は、2023年に文化勲章を受章したときの記念公演で『川上』を演じた舞台だ。盲目の夫とその妻の夫婦愛を題材にした『川上』は、万作がライフワークとして取り組んできた演目で、息子の萬斎と共演した舞台を全編、さまざまな角度からノーカットで収めている。90年の芸歴が刻まれた表情と所作には、狂言という日本が誇る伝統芸の神髄が詰まっている。(藤井克郎)

2025年8月22日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2025年/日本/82分) 監督・脚本:犬童一心 出演:野村万作、野村萬斎、野村裕基 ほか ナレーション:オダギリジョー 配給:カルチュア・パブリッシャーズ © 2025 万作の会


わたしは異邦人

地中海沿いの古代遺跡で出会う死者たちの相談事

イスタンブールで孤児として育ったダフネは、自分を生み捨てた母親を探しに、地中海に面した古代遺跡が残る都市、シデを訪れる。いつも居合わせる若い男性のフセインや娼婦のナジフェ、古代巫女のレアら、ちょっと不思議な人たちの相談に乗りつつ、見知らぬ遺跡で撮られた若いころの母親の写真を見せるダフネ。風光明媚なアンタルヤでようやく探し当てた母親は、ダフネが予想もしていなかった状態だった。トルコ出身のエミネ・ユルドゥルム監督の長編第1作で、アナトリア文明の遺跡が残る美しい海辺を背景に、死者たちと生者がさまざまな時代を超えて交錯する。ギリシャ神話の御代から近年の軍事クーデターまで、トルコの激動の歴史を女性の視点からファンタジー色たっぷりに見つめていて、娯楽性の中に鋭い社会性が見え隠れする。黄泉の国に渡る海岸線の夕日など、幽玄の世界を彩る映像の美しさも見逃せない。2024年の東京国際映画祭「アジアの未来」部門の作品賞受賞作。(藤井克郎)

2025年8月23日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/トルコ/112分)原題:Gündüz Apollon Gece Athena 英題:Apollon by Day Athena by Night 監督・脚本:エミネ・ユルドゥルム 出演:エズキ・チェリキ、バルシュ・ギョネネン、セレン・ウチェル ほか 配給:パンドラ


海辺へ行く道

欲まみれの大人たちと絡み合う思春期のアート魂

『ジャーマン+雨』『いとみち』の横浜聡子監督が、三好銀の連作コミックを映画化。瀬戸内ののんびりとした風景の中、アートをテーマに思春期の子どもたちをめぐるちょっとシュールでどこか懐かしい映像世界が展開する。2025年のベルリン国際映画祭ジェネレーションKplus部門に出品され、特別表彰を受けた。母親と二人で暮らす美術部員の奏介は、独特のフィギュアづくりに没頭する中学生。自分の作品が展示された美術展で怪しげな男に声をかけられ、人魚の模型制作を依頼される。先輩で高校を中退したテルオ、後輩の立花らの協力で人魚づくりに取りかかるが……。全体を貫くストーリーはあってないようなもので、子どもたちのアートにかける純粋な思いに、欲まみれの風変わりな大人たちが次々と現れて絡み合う。奏介たちの造形物など数々の美術の作り込みが、美しい海辺の景色とざらざらした質感のスタンダードサイズの画像と相まって、心の奥深くに染み入ってきた。(藤井克郎)

2025年8月29日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2025年/日本/140分) 監督・脚本:横浜聡子 出演:原田琥之佑、麻生久美子、蒼井旬、中須翔真 ほか 配給:東京テアトル、ヨアケ ©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会

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