8月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2024年07月29日更新

8月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?

LINE UP
8/2(金)公開『コンセント/同意
8/2(金)公開『Chime
8/3(土)公開『ヴァタ~箱あるいは体~
8/9(金)公開『新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!
8/9(金)公開『夏の終わりに願うこと
8/16(金)公開『ニューノーマル
8/23(金)公開『エターナルメモリー
8/23(金)公開『箱男
8/23(金)公開『ポライト・ソサエティ
8/31(土)公開『オキナワより愛を込めて


『コンセント/同意』

小児性愛嗜好を公言する有名作家にもてあそばれた少女

有名作家と14歳で性的関係を持っていたことを告白したヴァネッサ・スプリンゴラの手記を基に、女の生き方などをテーマに映画を撮ってきたフランスのヴァネッサ・フィロ監督が温かくも鋭い目線で映像化した。1980年代半ば、13歳のヴァネッサは編集者をしている母親と同席した食事会で50歳の作家、ガブリエル・マツネフと出会う。小児性愛嗜好を公言するマツネフはヴァネッサを気に入り、性的関係を重ねるようになるが、彼から愛されていると信じるヴァネッサは、周囲の心配の声も耳に入らなかった。同意があれば小児性愛も文学性の一つと認められていた事実が生々しく、文壇もメディアもマツネフを礼賛こそすれ、異常性を訴える声はほとんど聞かれない。40年ほど前のことながら、今も病巣は根深く息づいているとのフィロ監督の思いが、ヴァネッサの心情に寄り添うように不安げに揺れ動く画像から伝わってきた。(藤井克郎)

2024年8月2日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/フランス、ベルギー/118分/R15+)原題:LE CONSENTEMENT 英題:CONSENT 監督・脚本:ヴァネッサ・フィロ 出演:キム・イジュラン、ジャン=ポール・ルーヴ、レティシア・カスタ ほか 配給:クロックワークス ©2023 MOANA FILMS – WINDY PRODUCTION – PANACHE PRODUCTIONS – LA COMPAGNIE CINEMATOGRAPHIQUE – FRANCE 2 CINEMA – LES FILMS DU MONSIEUR


『Chime』

料理講師の身の回りに起きる不気味で不条理な出来事

新世代のメディア配信プラットフォーム、Roadsteadのオリジナル作品第1弾で、すでに4月に世界同時販売を開始している黒沢清監督の話題作が待望の劇場公開となる。料理教室の講師を務める松岡の実習中、生徒の一人、田代が「チャイムのような音が聞こえる」と訴える。「誰かがメッセージを送っている」と口走った田代が取った次の行動は……。鶏をさばくのが気持ち悪いと話す生徒に対する松岡の仕打ち、大量の空き缶をごみ袋からケースに捨てる妻の日課、などなど、黒沢監督らしい不気味で不条理な描写が次から次へと現れる。Roadsteadは、映像作品を一過性のコンテンツではなく、手元に置いておいていつでも繰り返し鑑賞できるものとして開発されたが、確かに見るたびに新たな発見がありそう。一方でクロースアップを多用せず、表情よりもたたずまいや風情で創出する違和感は、映画館の大きなスクリーンでこその醍醐味か。藤井克郎

2024年8月2日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/45分)監督・脚本:黒沢清 出演:吉岡睦雄、田畑智子、渡辺いっけい ほか 配給:Stranger ©Roadstead


『ヴァタ~箱あるいは体~』

姉の遺骨を取りに楽器を手に片道3日かけて歩く旅

旅と音楽をテーマにドキュメンタリーとドラマを融合させるスタイルで『ギターマダガスカル』などの映画を作ってきた亀井岳監督が、初の全編劇映画に挑戦。前作に続いてアフリカ南東沖に浮かぶ島国、マダガスカルを舞台に、この土地ならではの死生観を魅力的なマダガスカル音楽と絡めて見つめた。村の若者、タンテリは、ザカ、スル、そして離れ小屋の親父の4人で、出稼ぎ先で亡くなったタンテリの姉、ニリナの遺骨を取りにいくことになる。遺骨が故郷に帰ることで、ようやく祖先になれるという言い伝えがあるからだ。4人はそれぞれ楽器を手に、片道3日はかかる徒歩の旅に出るが……。「ヴァタ」とはマダガスカルの言葉で「箱」や「体」を意味する。遺骨を入れる箱だけでなく、楽器もまた箱であり、そこにも故人の魂が宿るという考えが興味深い。マルヴァニやルカンガといった素朴な楽器で死者の霊を弔うセッションは聴き応え十分だ。(藤井克郎)

2024年8月3日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/日本、マダガスカル/85分) 監督・脚本・編集:亀井岳 出演:フィ、ラドゥ、アルバン ほか 配給:FLYING IMAGE ©FLYING IMAGE


『新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!』

学園にはびこる闇を暴こうともがく半人前の新聞部員

『逆光の頃』などの小林啓一監督が櫻坂46の藤吉夏鈴を主役に迎え、学園もの青春コメディーの形を借りた痛快社会派ドラマに挑んだ。文学少女の所結衣は、憧れの作家の緑町このはが在籍すると言われている名門高校に入学する。エリート集団の文芸部に入部する条件として、このはの正体を見つけ出すよう命じられた結衣は、非公認の新聞部に潜入するが……。新聞部の部長に、記者=汽車として一人前ではないトロッコをもじって「トロッ子」と呼ばれながらも、学園にはびこる闇を暴こうと必死にもがく結衣の姿には思わず声援を送りたくなる。巨悪に立ち向かうジャーナリズムの神髄に触れる名せりふが満載で、結衣が全校生徒を前に啖呵を切る「真実のために闘い続ける」との宣言は、現実のマスメディアの不甲斐なさに対する痛烈な皮肉か。原案の宮川彰太郎、脚本の大野大輔が紡ぎ出す二転三転するストーリーの妙味にもうなった。(藤井克郎

2024年8月9日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/98分)監督:小林啓一 出演:藤吉夏鈴、髙石あかり、久間田琳加 ほか 配給:東映ビデオ、SPOTTED PRODUCTIONS ©2024「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」製作委員会


『夏の終わりに願うこと』

療養中の父親の誕生日の1日を見つめる優しい目線

7歳の少女が、大病を患って実家で暮らす父親の誕生日に過ごす1日の出来事を、そっと寄り添うような優しい目線で見つめた人間ドラマ。これが長編2作目となるメキシコの新鋭、リラ・アビレス監督が、丁寧ながらも躍動感あふれる映像で織り上げた。母親が運転する車で祖父の家に向かっていたソルは「パパが死にませんように」と願い事を打ち明ける。だが到着したソルは、今は体を休めているからとなかなか父親に会わせてもらえなかった。アビレス監督は一切の説明的なせりふを排して、父親の誕生パーティーに集まった伯母や従妹ら親族一同の動きをただただ寡黙に写し取る。父親の姉の一人はケーキを焼くのに失敗し、祖父は静かに盆栽を整える。そんな断片的なスケッチから家族の関係性が徐々に浮かび上がり、ソルにとって大切な1日の情景が形づくられていく過程がいとおしい。繊細で温かい感性に打ち震えた。(藤井克郎)

2024年8月9日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/メキシコ、デンマーク、フランス/95分)原題:Tótem 監督・脚本:リラ・アビレス 出演:ナイマ・センティエス、モンセラート・マラニョン、マリソル・ガセ ほか 配給:ビターズ・エンド ©2023- LIMERENCIAFILMS S.A.P.I. DE C.V., LATERNA FILM, PALOMA PRODUCTIONS, ALPHAVIOLET PRODUCTION


『ニューノーマル』

日常に潜む恐怖と狂気に戦慄

映画『ニューノーマル』メイン画像

大ヒット作『コンジアム』のチョン・ボムシク監督による、オムニバス形式のスリラー。ソウルでは、女性ばかりを狙う連続殺人事件が起こり、世間を騒がせていた。ある日一人暮らしのヒョンジョンのもとに、火災報知器の点検だというあやしげな中年男性が訪ねてくる。一方、ヒョンスはデートアプリでマッチングした相手と待ち合わせをしていたが、そこに現れたのは思いも寄らない人物だった……。全6話の主人公は、一人暮らしの女性、中学生、社会人のストーカー、コンビニ店員など、年齢も性別も仕事も様々。各エピソードは独立しているように見えるが、それぞれが絶妙に交差する。目に見えるもの、感じるものがすべて信じられなくなる日常に潜む狂気。“予測不可能”という映画的展開が常態化し、恐怖と隣り合わせになる状況が、現代では決して絵空事ではないことに戦慄を覚えた。(吉永くま)

2024年8月16日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/韓国/113分)原題:뉴 노멀 英題:NEW NORMAL 監督・脚本:チョン・ボムシク 出演:チェ・ジウ、イ・ユミ、チェ・ミンホ、ピョ・ジフン  ほか 配給:AMGエンタテインメント ©2023 UNPA STUDIOS.ALL RIGHTS RESERVED.

◆オススメ記事:『コンジアム』短評:病院廃墟での恐怖体験をリアルに体感!


『エターナルメモリー』

記憶を失いつつあるジャーナリストが愛妻に残した決意

『83歳のやさしいスパイ』で老いらくの恋のさや当てをあぶり出したチリのドキュメンタリスト、マイテ・アルベルディ監督の次なる素材は、歴戦のジャーナリストとその妻の愛の物語だった。アウグスト・ゴンゴラはピノチェト軍事独裁政権下にもひるまずテレビで真実を伝え続けた硬骨漢で、国民的女優で文化大臣も務めた妻のパウリナ・ウルティアと25年にわたって連れ添ってきた。だが晩年、アウグストはアルツハイマーを患い、少しずつ記憶を失っていく。映画は、不安と戸惑いにさいなまれる夫と、あくまでも穏やかに彼を支える妻の現在の2人の姿に過去の記録映像を交えつつ、記憶と愛情の重みを静かに問いかける。アウグストはかつて渾身の力で独裁政権時代に関する本を書き上げ、出会ったばかりの頃にパウリナに贈っている。その扉には今もアウグストが記した「記憶」にまつわる固い決意が残されていて、思わず涙がこぼれた。(藤井克郎

2024年8月23日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/チリ/85分)原題:LA MEMORIA INFINITA 英題:THE ETERNAL MEMORY 監督:マイテ・アルベルディ 出演:パウリナ・ウルティア、アウグスト・ゴンゴラ 配給:シンカ ©2023 Viacom International Inc. All Rights Reserved.


『箱男』

段ボールののぞき穴から社会を見つめる男の試練

今年が生誕100周年の作家、安部公房の代表作を『パンク侍、斬られて候』などの石井岳龍監督が映画化。石井監督にとってこの作品は1997年にクランクイン前日になって撮影が頓挫した苦い過去があり、27年越しの大願成就になる。段ボールを頭からすっぽりとかぶり、のぞき穴から社会を見つめる「箱男」になった「わたし」だったが、本物の「箱男」になる道は険しかった。「わたし」をつけ狙う偽医者や、完全犯罪に「箱男」を利用しようと企む軍医、「わたし」を誘惑しようとする女など、さまざまな試練が待ち受ける。段ボールののぞき穴のような横長ワイドの画面サイズにモノクロから始まるくすんだ色味など、原作の持つ前衛性を何とか映像に昇華させようという工夫が見て取れる。永瀬正敏と浅野忠信の「箱男」同士が繰り広げる役者魂全開の肉弾戦など、作り手の総意でこの無謀とも言える企画に挑んだことがうかがわれ、胸が熱くなった。(藤井克郎

2024年8月23日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/120分/PG12)英題:The Box Man 監督・脚本:石井岳龍 出演:永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈 ほか 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2024 The Box Man Film Partners


『ポライト・ソサエティ』

笑いもアクションも突き抜けたパワフルな青春ムービー

映画『ポライト・ソサエティ』メイン画像

あのバラク・オバマ元米大統領がお気に入りの映画に選んだという、痛快でエネルギッシュな青春アクションコメディ。ロンドンのムスリム家庭で暮らす高校生リアの夢はスタントウーマンになること。ある日、彼女の良き理解者で芸術家を目指す姉リーナが、富豪の息子と恋に落ち結婚することになる。だが、不審な点に感づいたリアが彼を調べると、裏には恐るべき陰謀が隠されていた。夢への情熱も姉に向ける愛情も、精神的・肉体的タフさもあり余るリア。そして彼女に負けず劣らず個性が強い登場人物たちが、スクリーンの中で大暴れする。笑いとともに描かれる姉妹愛、イケてない学園生活と友情、カンフーアクションや美しい衣装のボリウッド風ダンスなど、見せ場のオンパレードといっても過言ではない。そのパワフルな突き抜けた方に目も心も奪われ、明るい気分に満たされる。(吉永くま)

2024年8月23日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/イギリス/104分)原題:Polite Society 監督・脚本:ニダ・マンズール 出演:プリヤ・カンサラ、リトゥ・アリヤ ほか 配給:トランスフォーマー ©2022 Focus Features LLC. All rights reserved.


『オキナワより愛を込めて』

黒人兵と女性たちを撮り続けてきた写真家の人生と作品

1972年の日本復帰後の沖縄で米軍の黒人兵とバーで働く女性たちを撮り続けてきた写真家、石川真生にフォーカスを当てたドキュメンタリー。米ニューヨークを拠点にパフォーマンスや写真、彫刻などで活動する砂入博史監督が、石川の生活とその作品に肉薄した。米軍占領下の沖縄で生まれた石川は、日本復帰を控えて沖縄の人間同士が衝突する現場を目撃し、写真家になることを決意。自ら黒人向けのバーで働きながら、沖縄に生きる人々をカメラに収めてきた。かつてバーがあった場所を訪ね、地元の人と懐かしそうに話をする石川は、さんざん人にカメラを向けてきたから、撮られることを拒否することはできないと、ステージ4のがんを克服した痕跡など壮絶な人生の全てをスクリーンにさらけ出す。「人間は素晴らしくもあり、恐ろしくもある」といった含蓄のある言葉の数々がずしりと重い。(藤井克郎)

2024年8月31日(土)より全国順次公開。24日(土)より那覇・桜坂劇場で先行上映 公式サイト 予告編動画
(2023年/日本、アメリカ/101分)英題:FROM OKINAWA WITH LOVE 監督・カメラ・サウンド・編集:砂入博史 出演:石川真生 配給:ムーリンプロダクション early elephant film + 3E Ider © 2023

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