『きみへの距離、1万キロ』― 小さなロボットが導く“運命の恋”と“この素晴らしき世界”
- 2018年04月06日更新
地球の反対側に住む男女を、遠隔操作のロボットが繋ぐ異色の純愛ストーリー。監督は『魔女と呼ばれた少女』(2012)で第85回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたカナダの気鋭キム・グエン。デジタル化の進んだ現代社会に生きるアメリカの青年が、封建的な社会に生きる北アフリカの女性をロボットの監視カメラ越しに見付けたことから、二人の運命は急速に加速していく。デジタルネイティブと呼ばれるミレニアル世代を意識して生み出された本作は、さまざまな二極化した世界の姿を通して普遍的な人の思いや触れ合いの温かさを描いていく。第74回ヴェネツィア国際映画祭のヴェネツィア・デイズ部門フェデオラ賞受賞作。
遠隔操作のロボットに託されたプラトニックな恋心
アメリカのデトロイトに暮らすゴードン(ジョー・コール)の仕事は、北アフリカの砂漠地帯にある石油パイプラインを監視することだ。石油泥棒を取り締まるため、オペレーターとしてカメラを搭載した小さなクモ型ロボットを1万キロ離れたオフィスから遠隔操作している。恋人のジャニーン(アレクシア・ファスト)と別れたばかりのゴードンは、上司のピーター(ブレント・スカグフォード)から勧められた出会い系アプリを試してみるも、アクセスしてくる女性たちにはときめきを感じられない。
そんなある日、監視ロボットのカメラがアユーシャ(リナ・エル=アラビ)という美しい女性の姿を捉える。彼女は、恋人のカリム(フェイサル・ジグラット)と監視地区内で密かに逢瀬を重ねていた。まるでロミオとジュリエットのような姿に胸を打たれたゴードンは、二人の恋を応援するため“Juliet3000”と名付けたロボットでアユーシャたちを見守り始める。しかし、彼女は親から望まぬ結婚を強要されていた。事情を知ったゴードンは、アユーシャを哀しい運命から救うために大胆な行動に出るが……。
次世代を担うイギリス人男優と、フランス映画界のニューヒロインの共演
主人公ゴードンを演じるジョー・コールは、次世代を担うイギリス人男優との呼び声も高い注目株。ジュリア・ロバーツ主演『シークレット・アイズ』(2015)で不気味な容疑者を演じて話題となり、現在は主演作『A Prayer Before Dawn』が日本公開を控えている。
アユーシャを演じるのは、現在23歳のフランス人女優リナ・エル=アラビ。今年1月に開催された「第8回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」でも上映された、ステファン・ストレケール監督の『婚礼』(2016)に主演し、その演技が高く評価されたフランス映画界のニューヒロインだ。さらに、最近は女優活動だけでなく、フランスの歌手ジュリー・ゼナッティのアルバムに参加して歌声も披露している。
二極化するものと曖昧さを通して描く“この素晴らしき世界”
インターネットやSNSの発達は世の中を急速にグローバル化させ、コミュニケーションの在り方を大きく変えた。そうした環境のなかで生まれ育った世代を指す “デジタルネイティブ”という言葉も、今やすっかり使い古された感がある。一方で、未だに古いしきたりに囚われ自由に生きることが許されない人々もいる。本作は、そんな対極の世界に生きる男女が小さなロボットに導かれ、1万キロという途方も無い距離を超えて出会い成長していく物語だ。そこには、二極化したさまざまなモチーフが平行して描かれる。地球の裏側に住む男女、デジタルの進化と古い慣習、インスタントな恋愛と運命の恋、フィジカルとメンタル……。そして、そのどちらにも完全に属せない曖昧さや不完全さが、ストーリーを大きく膨らませていく。
例えば、一見テクノロジーの象徴のような六足歩行のロボットは監視カメラとマイクを搭載しており、遠隔コミュニケーションと軽い威嚇攻撃くらいはできるが、それ以外に特化したところはなく、すぐに壊れるというポンコツさを併せ持っている。そして、デジタルの恩恵を享受して生活するゴードンも、出会い系アプリに転がっている数多の出会いより運命の恋を信じるロマンティストであり、困った人を助けずにはいられないというアナログなメンタリティの持ち主だ。
そんなゴードンが、ある日、監視地区内に迷い込んだ盲目の老人をロボットで公道までナビゲートするシーンがある。老人は瞬時に英語からアラビア語に自動翻訳されるゴードンの音声に従って歩を進めるなか、自分を先導しているのがロボットとはつゆ知らず「テクノロジーは人を貧しくする」という主旨の話をする。そんな老人にゴードンは“運命の女性を見分ける方法”を尋ねる。ネット検索すれば無数に回答が表示されるような質問だが、ゴードンは人生の重みに裏付けされた老人の言葉を深く心に刻む。
本作は、若い男女が国境や文化や言葉の壁を越えて強い絆で結ばれる運命的なラブストーリーである。そして、その根底には世界中の人々が互いに理解し合いながら、真摯に触れ合っていくことの必要性が描かれている。資料によれば、グエン監督は本作についてこうコメントしている――この映画は空想的な夢想であり、ルイ・アームストロングの歌に登場するような空想とも似ているし、もっと言えば『この素晴らしき世界』のようなものだ。われわれをさまざまな方法で隔てる技術なり正統なものの壁を壊すことについて空想している(後略)――。本作を観る際には、ぜひ、名曲『この素晴らしき世界(What a Wonderful World)』に歌われる美しく心豊かな世界を思い浮かべてほしい(※劇中歌ではない)。そうすれば、さらにこの作品が味わい深くなるはずだ。曲や歌詞をご存じない方のために訳詞を記載したいところだが、著作権の問題があるので割愛する。でも、もし知りたいと思えば、調べるのは簡単だ。それこそネットを開けばいともたやすく欲しい情報は手に入る。しかし、その歌詞をどう咀嚼し、どう本作とともに味わうのかは、あなたの心だけが決めることだ。
>>>『きみへの距離、1万キロ』本編冒頭5分映像<<<
▼『きみへの距離、1万キロ』作品・公開情報
(2017年/カナダ/91分/英語・アラビア語/DCP)
原題:Eye on Juliet
監督・脚本:キム・グエン
出演:ジョー・コール、リナ・エル=アラビ、フェイサル・ジグラット、ムハンマド・サヒー
日本語字幕:中沢志乃
配給:彩プロ
© Productions Item 7-II Inc. 2017
※2018年4月7日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
文:min
- 2018年04月06日更新
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