外に出て、恋をしよう!—『52Hzのラヴソング』ウェイ・ダーション監督インタビュー
- 2017年12月16日更新
『海角七号 君想う、国境の南』『セデック・バレ』のウェイ・ダーション監督が6年ぶりにメガホンを執った最新作『52Hzのラヴソング』のプロモーションで来日し、ミニシアのインタビューに登場してくれました。17曲の完全オリジナルのラヴソングで綴られる本作は、バレンタインデーの台北を舞台に、さまざまな人々の愛のカタチと出会いを描く、とびきりハッピーなミュージカル・エンタテインメント。製作現場の舞台裏やウェイ監督が作品に込めた思いなどをたっぷりと伺いました!
プロの役者でも難しい演技をやりきったキャストに感謝
― 本作を観て、とても幸せな気持ちになりました。恋ってステキですね(笑)。
ウェイ・ダーション監督(以下、ウェイ監督):ありがとうございます。映画を気に入っていただけたようで光栄です(笑)。
― 劇中で歌われる17曲すべてが名曲でした。本作は、脚本をウェイ監督が手がけられ、全曲の作詞をイエン・ユンノンさんが手がけられています。ミュージカル作品では、歌詞がセリフの役割を担う部分もありますが、脚本を執筆される際にはどのように分業をされたのでしょうか。
ウェイ監督:私が脚本を書く段階では、歌の部分は空けておいて、ユンノンさんには、前後の脚本の流れと、どんな場面でどのようなことを言いたいのかを伝えて、歌詞を書いてもらっていました。
― ユンノンさんは『海角七号 君想う、国境の南』の主題歌である「国境の南」の作詞や、小説家として『セデック・バレ』のノベライズの執筆なども手がけられていますよね。
ウェイ監督:はい。彼とは昔からよく一緒に仕事をしていて、今作の作詞を依頼することは最初から決めていました。
― 音楽総監のリー・ジェンファンさんとは今回が初めてのタッグということですが、どういった経緯でオファーをされたのでしょうか。
ウェイ監督:ジェンファンさんは、ユンノンさんが推薦してくれたんです。というのも、私自身は台湾の音楽業界に詳しくなかったので、ユンノンさんに何人か候補を挙げてもらいました。そのなかで、ジェンファンさんが適任だと思ったんです。なぜなら、彼はもうほかの音楽家とはあまり仕事をしたくないと思っていたらしく、半分引退したような状態で山の上に住み始めていたんです。そういった環境ならば、きっとこの作品だけに集中してくれると思いました。実際に話をしてみると、ジェンファンさんも以前からミュージカル作品を手がけたいと思っていたということで、さっそく脚本と歌詞を持っていくと、「やっと僕が待ち望んでいたミュージカルがやれる!」と涙を流して喜んでくれたんです。
― メインキャストの4人も台湾で活躍するミュージシャンですね。シャオアン役のシャオユー(リン・ジョンユー)さんやレイレイ役のミッフィーさんは本格的な演技が初めてだったそうですが、撮影自体はスムーズに進みましたか?
ウェイ監督:僕は全く辛くなかったですけど(笑)、彼らは大変だったでしょうね。普通の芝居ならセリフを覚えてきちんと演技をすれば良いけど、本作では歌いながら演技をしなくてはいけないし。しかも、耳にはイヤホンが入っていて、そこから聞こえる音楽に合わせて歌ったり、カメラの位置を気にしたり、エキストラ人たちと踊りや動きを合わせたりするのだから。プロの役者でも難しいのに、やりきってくれて心から感謝しています。正直、僕には絶対にできません(笑)。
― しかも監督は、撮影前にダーハー役のスミンさんにダイエットするようリクエストしたとか。
ウェイ監督:だって、当時の彼はすごく太っていて、あごがなかったんですよ!台湾では太って貫禄がある人に「村長」というあだ名を付けるんですが、彼も周りから「村長」って呼ばれていました(笑)。
― 村長とはうまいこと言いますね(笑)。って、これ記事に書いていいんでしょうか(笑)。
ウェイ監督:彼も自分で言っていますから、大丈夫です(笑)。売れないミュージシャン役なのに貫禄が付き過ぎていると思って、ダイエットをお願いしたんですが、そこからはすごく努力してくれて、みるみるスリムになっていきました。3ヶ月で15キロくらいは痩せたと思いますよ。撮影が終わってリバウンドしつつあるようですが(笑)。
― スミンさん、がんばりましたね。監督、よほど厳しい言葉をかけられたんじゃないですか(笑)?
ウェイ監督:いえいえ、そんなことはないです(笑)。今回メインキャスト4人のなかで、スミンさんだけが以前からの知り合いで、最初から出演者としても考えていたんです。でも、先ほど言ったように役のイメージと少し違っていたので、とりあえずダーハーが劇中で歌う曲の制作を依頼しました。すると、台本を読んだ彼が電話をしてきて、ダーハー役を自分に演じさせてほしいと直訴してきたんです。なので「本当は君に頼みたかったし、ぜひお願いしたいけど、その代わり痩せてもらわないと困る」と話しました。
― なるほど。直訴されただけあって、スミンさんはダーハー役にとてもハマっていらっしゃいましたね。キャストといえば、『セデック・バレ』で主役のモーナ・ルダオを演じたリン・チンタイさんがパン職人役で出演されていたのは嬉しい驚きでした。ラブストーリーでしかもミュージカルへの出演オファーにリンさんはどんな反応をされていましたか。
ウェイ監督:開口一番は「無理だ」と言われましたが、結局のところ彼は断れないことがわかりました。というのも、彼に「あなたに頼まれたら断れない。お願いだから私に頼まないで」と言われたんです(笑)。彼の本業は牧師ですから、仕事に支障が出ないように撮影することを約束して引き受けてもらいました。
まずは外に出て、恋をしよう!
― ウェイ監督は、これまでの作品でも俳優以外の方をキャスティングされることが多々ありましたが、キャストを決める際には何を最も重要視しているのでしょうか。
ウェイ監督:重要視しているのは、映画のなかで登場人物がリアルに存在しているかどうかです。観客の皆さんが映画を観るときに、「スクリーンのなかで役者が演技をしている」という風には観てほしくないんです。なので、私の映画では大スターを起用することはほとんどないし、起用しようとも思っていません。だからといって、演技経験の少ないキャストで固めようとしているわけでもありませんよ。外見やキャラクターが役にどこかで一致していなければ、起用はしないですね。
― なるほど。これまでの作品でも、そのキャスティングが見事に功を奏していますね。『海角七号 君想う、国境の南』や『セデック・バレ』などは台湾で社会現象と呼べるほどの大ヒットを記録しましたが、映画を作る際にはヒットさせなければという思いやプレッシャーはありますか?
ウェイ監督:プレッシャーはないですね。ヒットするかどうかもさほど気にしていませんが、投資した資金がちゃんと回収できることはとても大切です。なぜなら、そこが回収できないと次回作が撮れませんよね。もちろん、映画がヒットするのは素直に嬉しいです。次のプロジェクトが立てられますし、投資してくれる方も現れますからね。
― リアルという部分に話は戻りますが、ウェイ監督が男性として、シャオアンまたはダーハーに共感する部分はありますか?
ウェイ監督:この男性2人は、実は僕が今まで歩んできた人生の、ある時点での自分そのものなんです。レイレイは僕の妻をモデルにしていて、当時の彼女ならこういう場合はどう反応しただろうかと想像して描きました。
― 実は、そうじゃないかと思っていたんです(笑)。私自身は、30歳を迎えて結婚を真剣に考えて「今の彼でいいのかな?」と悩むレイレイの気持ちも、傷つくことにちょっぴり臆病になっているシャオシンの気持ちも、同性としてとても共感しました。脚本を執筆される際に、奥様以外でモデルにされた女性や取材をされた女性などはいらっしゃいますか?
ウェイ監督:僕の会社のスタッフは僕以外全員女性ですが、未婚で恋人もいないという人がとても多いんです。なぜだろうと思って観察していると、どうも行動範囲が狭いようなんですね。会社が終わっても遊びに行っている様子もないし、たまにどこかへ行くのも女性同士のようだし。皆一人に慣れてしまっていて、新しい場所に飛び出して行くことに臆病になっているようにも見えます。そういった部分も脚本には反映しました。
― 恋人がいないと嘆いている人は、自分がいる場所から、まず一歩踏み出してみよう!ということですね。
ウェイ監督:その通りです!なので、会社の女性たちに言ったんです。「まずはこの映画を観て、外に出なさい!そして恋愛しなさい!幸せは思い描いているだけではやって来ないよ!」って(笑)。
― それなら、もう大丈夫ですね。この映画を観たら、きっと誰もが外に出て恋をしたくなりますから(笑)!
ウェイ監督:はははは(笑)。そうだといいです。
― では、最後にダーション監督ご自身のバレンタインデーの思い出をお聞かせいただけないでしょうか。
ウェイ監督:ええーっ!困ったなぁ。僕自身は男子校だったし、卒業してすぐ兵役に行ったのでバレンタインデーの甘い思い出はないんです(笑)。でも、台北に出てきたばかりで、まだ女性に声をかける勇気さえなかったころ、バレンタインデーに仕事が終わって歩いていると、道端で花を売っているすごく美しい女性がいて。彼女が「恋人にお花はどうですか?」と声をかけてきたので、勇気を振り絞って「買いますけど、その花をあなたにあげます!」って言ったんです。
― わぁ!それは勇気を出しましたね!
ウェイ監督:そうなんです。それで、お金を払ってその女性に花を差し出すと、彼女は驚きながらもすごく喜んでくれました。僕も幸せな気持ちになって家に帰ったのですが、部屋に着いてから「うわー!なんで、連絡先を聞かなかったんだろう!」って猛烈に後悔して(笑)。まだまだ恋愛に関しては経験値不足だったんですね(笑)。
― きゃー、甘酸っぱ〜い! やっぱり恋ってステキですね(笑)。本日は貴重なお話をありがとうございました!
<ミニシア恒例の靴チェック!>
履き慣れているというニューバランスの黒いスニーカーにジーンズ。カジュアルなファッションが、気さくで自然体なウェイ監督の雰囲気にぴったりとマッチしていました。おだやかな口調と優しい笑顔がとてもステキなウェイ監督。初めてお会いしたのに、なぜか懐かしさを感じるような、不思議な魅力の持ち主でした。
<PROFILE/ウェイ・ダーション(魏徳聖) >
1968年生まれ。台湾の巨匠、故・エドワード・ヤン監督に師事し、『カップルズ』(1996)の助監督を務める。短編『七月天(原題)』(1999)で台湾映画界に衝撃を与え、エドワード・ヤン監督の後継者と称される。2002年にはチェン・グォフー監督作『ダブル・ビジョン』の企画を担当。2008年の監督デビュー作『海角七号 君想う、国境の南』が台湾映画史上記録的なヒットとなり、「第45回台湾金馬奨」では6冠を達成。2011年に監督・脚本を務めた霧社事件を題材にした映画『セデック・バレ』では「第48回金馬獎」で作品賞ほか5冠に輝く。原案・脚本の『KANO~1931海の向こうの甲子園』(2014)ではプロデューサーとして、自ら指名した新人監督マー・ジーシアンをサポート。歴代興行成績6位となり、「第51回金馬獎」でアウト・オブ・コンペの観客賞と国際批評家連盟賞を受賞。本作は、「映画を見た人が笑顔で心躍らせ幸せな気分で映画館を出て行ってほしいと願って作った作品」ということで、映画祭のコンペティションへはエントリーはしない旨を発表している。
▼『52Hzのラヴソング』作品・公開情報
原題:52Hz, I Love You
監督・脚本:ウェイ・ダーション
音楽:リー・ジェンファン、ジェニファー・ジョン・リー
作詞:イエン・ユンノン
出演:リン・ジョンユー、ジョン・ジェンイン、スミン、チェン・ミッフィー、リン・チンタイ、シンディ・チャオ
特別出演/リー・チエンナ、チャン・ロンロン、ファン・イーチェン、田中千絵 ほか
提供:ポリゴンマジック
配給:太秦
© 2017 52Hz Production All Rights Reserved.
【ストーリー】街ゆく人々が愛に輝いて見える、バレンタインデーの台北。花屋を営むシャオシンの商売はかき入れ時だが、一緒に過ごす彼氏がいない。パン屋の職人シャオアンは、片想いのレイレイが同棲中の恋人ダーハーにプレゼントする特別なチョコレートを作っている。切なさを胸に、車とバイクで花とチョコレートをそれぞれ配達する2人は接触事故を起こし、仕方なくバイクで一緒に両方の配達をする事になった。一方、10 年間同棲しているレイレイとダーハーは、別れとプロポーズという全く違う思惑でバレンタインデーの朝を迎えていた……。
※2017年12月16日(土)よりユーロスペースほかにて全国順次公開
取材・編集・文:min スチール撮影:鈴木友里
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- 2017年12月16日更新
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