『ダイ・ビューティフル』― 自身の人生を誇り高くまっとうしたトランスジェンダーの生き様に何をみるか
- 2017年07月22日更新
第29回東京国際映画祭コンペティション部門で最優秀男優賞と観客賞をW受賞した本作は、ミスコン出場を生業とするトランスジェンダーの数奇な人生を、涙と笑いいっぱいに描く人間讃歌だ。メガホンを執ったのは、フィリピンでも売れっ子映画監督のひとりであるジュン・ロブレス・ラナ。製作のきっかけとなったのは、2014年にフィリピンでトランスジェンダーが殺害された「ジェニファー・ロード事件」だという。この事件後、ソーシャルメディアでつぶやかれた「トランスジェンダーだから死んであたりまえだ」などの反応に驚きと悲しみを覚えたラナ監督は、こうした人々の理解を深め、さまざまな偏見をなくすために本作を撮り上げた。
主人公のトリシャ・エチェバリア役を務めたのは、フィリピンのショービズ界で司会者やメイクアップ・アーティストとして人気を博すパオロ・バレステロス。ビヨンセやレディ・ガガなど、セレブのものまねメイクを自身のInstagram(インスタグラム)で披露し、日本でも“フィリピン版ざわちん”などとメディアで紹介された人物である。どんな苦境のなかでも、常に愛とユーモアをもち続け、気高く人生をまっとうしたトリシャを体現するその演技に、瞳と心を奪われる。
死してなお美しく。誇り高く人生を駆け抜けたトリシャの遺言とは……?
ミスコン出場を生業とするトランスジェンダーのトリシャ・エチェバリア。幼い頃から自身の性に違和感を覚え、思春期には学校のイケメンに恋をするも冷遇され、厳格なキリスト教徒の父親からは勘当されてしまう。しかし、家を出たトリシャは、メイクと衣装で自分を磨き上げ、自身の人生を謳歌すると同時に揺るぎない自尊心を手に入れていく。やがて、身寄りのない娘を引き取り、心から愛する恋人を手に入れた彼女は、女性として母として恋人としての充足感を知る。そして、ついにミスコン女王の称号を手にした瞬間、彼女に訪れたのは突然の死だった……。
友人たちは「死後も美しくいたい。日替わりでセレブメイクをしてほしい」という彼女の遺言を叶えるため、葬儀までの7日間、ビヨンセ、ケイティ・ペリー、アンジェリーナ・ジョリー、ジュリア・ロバーツ、レディ・ガガといった海外セレブを模した死化粧をトリシャに施す。しかし、その様子がSNSで注目を集めてしまい、怒ったトリシャ家族の反発や、押し寄せる野次馬で葬儀は大混乱となってしまう……。
生きよう。トリシャのように、懸命に。
本作は、トリシャの葬儀のシーンから始まり、遺された人々が故人を偲ぶ時のように、時系列を行ったり来たりしながら、それまでの彼女の人生を断片的に映し出す。家族からの反発や、差別と偏見に立ち向かい、誇り高く生き抜いたトリシャ。愛を求めては裏切られ続けた彼女の心には、無数の深い傷が刻まれていただろう。しかし、彼女は自分自身であることをあきらめずに絶えず戦った。深い悲しみを愛と笑いに変え、メイクとドレスという鎧を纏って颯爽と人生に立ち向かい、死してなお美しくあり続けた。彼女は不屈の勇者だ。
ミスコン女王のスピーチで彼女は言った。「もしも生まれ変われるなら、もう一度自分になりたい。この世で私の務めを果たせるのは私だけ。私の形をした空間を満たせるのは私だけ。この世に私の声を届けられるのは私だけ。私が消えたら私を捜す人がいる。だからもし生まれ変われたら、私が選ぶのは他の誰でもなく私自身」。人生を戦い抜く人にとって、この言葉は深く胸に刺さるものだろう。
幸せな人生とは何だろう。美しい人生とはどんなものだろう――。もちろん、答えは人それぞれ違う。だた、1つだけこの映画を観て強く思うことがある。自分自身を生きられない人生は悲劇だ。そして、その権利を行使しないで生きることは傲慢であり怠慢だ。生きよう。トリシャのように、懸命に。どんなに悩んでも、心に痛みを覚えても。自分として生きられる、ただ一度きりの人生を。
▼『ダイ・ビューティフル』作品・公開情報
(2016年/フィリピン/120分)
監督・プロデューサー・原案:ジュン・ロブレス・ラナ
出演:パオロ・バレステロス、ジョエル・トーレ、グラディス・レイエス、アルビー・カシノ、ルイス・アランディ、クリスチャン・バブレス、イナ・デ・ベレン、I・C・メンドーサ、セデリック・ジュアン、ルー・ヴェローゾ、イザ・カルザド、ユージン・ドミンゴ
配給:ココロヲ・動かす・映画社〇
©The IdeaFirst Company Octobertrain Films
2017年7月 22日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
文:min
- 2017年07月22日更新
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