映画の達人― 篠崎誠監督がおすすめする「絶対はずせないホラー映画」
- 2010年09月27日更新
「映画の達人」は映画界で活躍する皆さんに、愛してやまない映画について熱く語っていただくコーナーです。第5回目は『東京島』、『怪談新耳袋 怪奇』と公開作品が目白押しの篠崎誠監督に「絶対はずせないホラー映画」について熱く語っていただきました!
篠崎監督は黒沢清監督とともに「恐怖の映画史」を執筆された、ホラー映画の大家。その篠崎監督がセレクトした3本は「怖い映画はどうも苦手で」という方にこそお勧め。ホラー映画のバリエーションの豊かさとCGを超えた奥深い表現の世界を教えてくれるラインナップです。ホラー映画の概念が変わる、篠崎監督の熱いお話をお楽しみください。
「落ち込んだ時はホラー映画を見よう!」ホラー映画ソムリエが語るホラーの世界
「ホラー映画とつい乱暴な言い方をしてしまうんですけれど、恐怖って色んなものがあるんですね。大学で、特定のジャンルだけを見せる講義があって、ホラー映画を集中的に観せたことがあったんですが、あらためてバリエーションの広さを実感しました。残忍な殺人鬼だけじゃなくて、子どもからお年寄りまで大暴れする映画もたくさんがありますし、殺人熊からライオンといった肉食獣だけでなく、蛇にトカゲ、犬に猫、生きとし生けるものみんな怖い(笑)。知らないうちに自宅に侵入者がいたり、旅先で怖い目に会う映画も多い。つまりどこにいても怖い(笑)。第三者に襲われる映画もあれば、精神的に追い込まれて、自分で抱えている人間関係がどんどんダメになっていくというのもある。恐怖の表現って豊かでおまけにあらゆるジャンルに併接しているんです。だから観ていて飽きない。そのなかから自分の気分に合わせてセレクトして観ています。
僕は落ち込んでいる時にハッピーな人ばかり出てくる映画を見るとかえって腹が立ってくることがあって(笑)。落ち込んだ時こそホラー映画を見ると逆の効果があっていいですよ。主人公たちが遭遇する悲惨な状況をみると “あっこれよりも、マシだな” とか “生きてるだけで大儲けだな” って思えますから。気分の晴れないときこそホラー映画が効きます(笑)」
『悪魔のいけにえ』©1974 VORTEX,INC
ホラー映画ソムリエが3本しか選べないといわれて、泣きの涙で選んだ
『これだけははずせないホラー映画』
1. 想像力を掻き立てるホラー -『たたり』
2. 『風とともに去りぬ』に並ぶアメリカの至宝ホラー― 『悪魔のいけにえ』
3. サスペンスホラーに潜む愛の形-『赤い影』
1. 想像力をかきたてるホラー ―『たたり』
「この作品は人間が抱えている心の闇にスーッと怪奇現象が入ってくるっていうストーリー。具体的な怪奇現象、例えば血が出たり、幽霊そのものが出たりというものはないんです。ただ、誰もいないのにドアが開いているとか、なんとなく風が吹くとか、目に見えないものの気配を感じさせているだけ。映画は本来観せるもので、特に今はCGも発達していますから、なんでもかんでも観せようとしますよね。この映画のリメイク版の『ホーティング』では、カーテンだとか、カーペットだとかが人の顔になるところをCGで派手に見せているんですが、かえって全く怖くなってしまいました。
ホラーを楽しむには、想像する力がないとだめだと思うのです。想像力のない人は怖がらない。この扉を開けたらまずいんじゃないのとか、あの先の灯りの消えている闇の中に誰かが待ち構えていたらどうしようとか。そういう想像をしない人はただ歩いて行くわけですから。映画のよさは想像すること。表現の一つ一つにこの先に潜む恐怖を想像しながら映画を見て欲しいですね」
『たたり』(1963)
監督: ロバート・ワイズ
ニューイングランドの寂しい地区にある誰も住みつかない邸宅。呪われているとうわさされるその館を心霊研究の場と考えた教授ジョン・マークウェイ。博士は調査のため、不思議な経験を持つエレナーと、超感覚的な感受力を持つセオドーラを助手として迎え入れ共同生活を始めるが、住人達に超自然的現象が起き始める。
たたり [DVD]
2.『風とともに去りぬ』にならぶアメリカの至宝ホラー― 『悪魔のいけにえ』
「実はヒッチコックの『サイコ』の原作と同じく、エド・ゲインという実在する殺人鬼の実話をもとに、作られた映画です。とはいっても元の事件と同じなところは遺体の一部で家具を作っているところぐらいで、全くの別物です。誤解されることが多いですが、いわゆるスプラッター描写、人体が破損して血が噴き出すような直接描写はほとんどないんです。とにかく、殺人鬼一家のキャラクターが強烈です。なかでもレザーフェイスという人肉マスクをかぶった殺人者は、見た目こそ異常そのものなんですが、とっても人間くさくて、人を殺すこと以外は普通の人と変わらないリアクションをするんです。朝起きて、ハムエッグ作って、珈琲沸かして、人を殺して……そういうシーンが出てくるわけじゃないですが(笑)、日常生活の延長上に殺人が描かれている感じなんです。自分が追い掛けている女の人の悲鳴にびっくりしたり、次から次へと人を殺傷した後に、あんまりにもたくさんの人が家にやってくるので、不安になって、窓の外をきょろきょろしてみたり。普通の人と同じ仕草を見せるんです。異常な殺人鬼なのに、普通の人と同じ。そこがものすごく怖く見えるんですね。幽霊とか怪奇現象とは違って、人間って怖いよねっていうものの究極作品ですね。
数年前に、大学で見せた時には、終わった瞬間に、“先生、これはドキュメンタリーじゃないですよね” と言ってきた学生がいて(笑)。心の中で “YES!”とガッツポーズしちゃいました(笑)。まあ、それくらい生々しいものを感じたのでしょうね。もともとは自主製作映画だったし、俳優も知らない人ばかりで、それもまた生々しさに一役買ったんでしょう。
驚かれるかもしれませんが、この作品はNYの近代美術館に『ゾンビ』などで知られるジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』と共に所蔵されているんです。アメリカの色々な名画……『風と共に去りぬ』『市民ケーン』とかに混ざって殿堂入り(笑)。いろいろな作り手に影響を与えている映画です。三池崇史さんもこの映画を見て、衝撃を受けたそうです」
©1974 VORTEX,INC
『悪魔のいけにえ』(1974)
監督:トビー・フーパー
大学の仲良し5人組は、夏休みに中西部にドライブ旅行に出かけ、休息のため古びた一軒家に立ち寄ることに。 しかし、そこは恐ろしい運命が待ちかまえていた……。
ホラー映画の金字塔として、時代を経てもカルト的人気を誇る作品。
悪魔のいけにえ スペシャル・エディション コンプリートBOX(3枚組) [DVD]
3. サスペンスホラーに潜む愛の形-『赤い影』
「最初に観た時にはラストに出てくる、ある人物の正体があまりに衝撃的で……。映画館でもざわめきが起こったほどです。その後、何回か観直すうちに、夫婦のラブストーリーの部分に気持ちが向かうようになりました。最愛の娘を死なせてしまって、その痛手からなんとか立ち直ろうと、夫婦がほころびかけた関係を取り戻そうとして、またお互いを求めるようになるんですが、その先にさらなる悲劇が待ちかまえている。そういう切ないところが好きですね。ラブストーリーとホラーが寄り添うように同居している、そういう映画です。
原題は『Don’t look now』。今見てはいけない、という意味ですが、その意味が最後に効いてきます。ぜひ、ホラーは苦手だという方に観ていただきたい。大人向けの1本です。今回のセレクションで泣く泣く落したんですが、もう1本、シミジミ泣ける大人向けのホラーとしてクロネンバーグが監督した『デッドゾーン』(TV版ではないのでご注意)をおすすめしておきます。これも怖いだけじゃなくて心に沁みる不器用な大人の恋愛ものです。この『赤い影』は、赤を生かすために、なるべく他の原色を使わないようにしています。その上で赤い色も、ここぞという時だけ効果的に使っています。舞台となっている水の都のヴェニスの情景もそうですが、とても美しいショットが出てきて、飽きないですね。新作の『怪談新耳袋 怪奇』作品は、2本の作品がオムニバスになっているのですが、後半の『ノゾミ』のエピソードは、“オイオイッ!” っていうくらいに『赤い影』の影響が露骨に出ています(笑)。ぜひ劇場で確認してみてください」
赤い影(1973)
監督:ニコラス・ローグ
考古学者のジョンと妻のローラは不慮の事故で幼い娘を亡くし、悲しみの中、ジョンの仕事のために夫婦でヴェニスを訪れる。ヴェニスでは、亡くなった娘が見えるという盲目の女性に出会い、ローラは衝撃を受ける。
赤い影 [Blu-ray]
【篠崎誠 プロフィール】
1963年生まれ。立教大学卒業後、ミニシアターの先駆け的な存在の一つ、シネセゾン渋谷に務める。その後、映画ライターとして活動。
96年公開の『おかえり』で商業映画監督デビュー。ベルリン映画祭最優秀新人監督賞はじめ、海外で11の映画賞を受賞。主な監督作として北野武監督を追ったドキュメンタリー「ジャムセッション『菊次郎の夏』公式海賊版」、『忘れられぬ人々』、『犬と歩けば~チロリとタムラ~』『殺しのはらわた』『0093女王陛下の草刈正雄』『天国のスープ』『東京島』『怪談新耳袋 怪奇』など。著作「黒沢清の恐怖の映画史」(青土社2004年黒沢清との共著)がある。
『怪談新耳袋』はシアターN渋谷ほかで上映中。2010年10月2日より、大阪、名古屋でも上映がスタートします。
取材・文・スチール撮影:白玉 取材:香ん乃、吉永くま
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