『戦場でワルツを』

  • 2009年12月09日更新

今年の第10回東京フィルメックスを楽しんだあとは、この映画祭の第9回開催でコンペティションの最優秀作品賞に輝いた映画を、ミニシアターへ観に行きましょう。その作品『戦場でワルツを』が、2009年11月28日(土)より、シネスイッチ銀座で公開されます。

戦場でワルツを

「今年のオスカーのときに、この映画の名前を初めて知った」という人も多いのではないかしら。第81回アカデミー賞の外国語映画賞に『おくりびと』がノミネートされて、日本全国オスカー祭りみたいになっていたあのとき、『おくりびと』の対抗馬として目されていたのが、この『戦場でワルツを』です。残念ながら(と言うのも、なんですが)、オスカーくんは『おくりびと』の手に渡りましたけれど。

『戦場でワルツを』は、1982年にレバノンで起こった「サブラ・シャティーラの大虐殺」を、ほぼフル・アニメーションで描いたドキュメンタリー映画。「戦争のドキュメンタリー? 残酷で、重いんじゃないの?」と、思われるでしょう。ええ、まさに、その通り。体調がよろしいときにご覧になったほうがよいですよ。

ですが、無理やり体調を整えてでも、気合いを入れて、観に行くべき。

まず、映画ファンとしての経験値がアップします。アニメーションを用いることで、実写のドキュメンタリーでは不可能な効果と器用さを味わうことができるから。

そして、「戦争と世界。戦争と自分」について、個人として改めて考えるきっかけにもなります。もしも徴兵制のある国に生まれていたら、もしも自分の国が戦争に巻きこまれたら ― 一般人の意思ではどうにもならない現状が、『戦場でワルツを』にはさらされています。

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第9回東京フィルメックスで上映されたときのタイトルは、『バシールとワルツを』でした。「バシール」とは、かつてレバノンのキリスト教民兵勢力ファランジスト(ファランヘ党)を指導したバシール・ジュマイエルのこと。

1982年、バシールは暗殺されます。犯人は明らかになっていませんが、ファランジストはパレスティナ・ゲリラによる犯行だと断定しました。レバノンの首都・ベイルート近郊にあったパレスティナ人の難民キャンプ、サブラ・シャティーラにゲリラが逃げこんでいると判断したファランジストは、この難民キャンプを掃討します。これが「サブラ・シャティーラの大虐殺」。主な犠牲者は、老人、子供、女性で、その数は1000名を超えたと言われています。

当時、ベイルートに侵攻していたイスラエル軍が、ファランジストの凶行をなぜ阻止しなかったのか ― その解釈には諸説があって、また、当時のイスラエル軍の対応に関する疑問が、『戦場でワルツを』の重要なファクターのひとつにもなっています。レバノン戦争やパレスティナ・ゲリラ、ファランジストに関する知識がベースにあると、この映画への興味と理解は、より深まりますが、当時の情勢をよく知らなくても、視覚的、感覚的に、この映画は充分な破壊力を備えています。なぜなら、フォルマン監督が、「上官の指示に従う以外に選択のなかった、ひとりのイスラエル兵士」という視点で、この作品を描いているから。

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20年以上も前に、遠いレバノンで起こった悲劇的な事件。でも、それは、今後いつ、自分や大切な人の身近で起こっても不思議ではありません。毎日のニュースを見ていれば、想像するのは、いともたやすいことでしょう。

難しい背景がぴんとこなくても、戦争が一兵士と民間人にもたらす等身大の「現実」は、苦しいほど胸の芯を衝いてきます。そのときに感じる、避けようのない痛みと恐怖 ― その痛みと恐怖を忘れないこと、忘れないように心のどこかに留め続けて生きていくことが、『戦場でワルツを』を体感して得る、かけがえのない収穫なのです。

ところで、近頃、「アニメーション+ドキュメンタリー=アニメンタリー」という手法が、映画界でちょっとした流行になっている模様。

2006年のロン・マン監督作品で、アメリカのカスタム・カルチャーのカリスマ、エド・ロスの伝記映画も、アニメショーンを駆使したドキュメンタリーでした。こちらはむしろ、体調の悪いときに観たら、元気を注入してもらえます。底抜けに明るいの。

この作品と『戦場でワルツを』を観ると、アニメーションがドキュメンタリーにどれだけ多彩な色付けをなしうるかを、じっくり、ばっちり、まのあたりにできますよ。

☆『戦場でワルツを』は、東京・シネスイッチ銀座にて2009年11月28日(土)から上映予定。

▼作品情報
イスラエル/2008/87分
監督:アリ・フォルマン(Ari FOLMAN)
原題:Waltz with Bashir
公式サイト

文:香ん乃
改行

  • 2009年12月09日更新

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