『それでも夜は明ける』スペシャルトークイベント 町山智浩×デーブ・スペクター
- 2014年03月08日更新
第86回アカデミー賞では作品賞、脚色賞、そして助演女優賞と主要三部門を受賞。スティーヴ・マックィーン監督は黒人監督史上初の作品賞受賞で、アカデミー賞の歴史を塗り替える快挙を遂げました。本作の日本公開に先駆けて、映画評論家の町山智浩さんと放送プロデューサーのデーブ・スペクターさんによるスペシャルトークイベントが開催されました。両氏独自の視点から作品を分析、さらに映画で描かれなかった後日談や本作にまつわるエピソードを、当時のアメリカの時代背景とともに語っていただいています。
アメリカが特にやらなければならないと言われていた奴隷制度、奴隷農場について史上3回めに映画化されたもの。(町山)
デーブ・スペクターさん(以下、デーブ):この映画は、やっぱり観なければならない作品だと思います。
町山智浩さん(以下、町山):『シンドラーのリスト』が公開されたとき、ずっと作るべきだった「ホロコーストをちゃんと描いた映画」が、初めて作られたと言われました。そして、アメリカが特にやらなければならないと言われていた奴隷制度、奴隷農場については、史上3回めに映画化されたものです。アメリカのハリウッド映画の歴史は百年もあるのに、実は三本しか奴隷農場が描かれた映画がないんです。
デーブ:それくらい少ない。テレビでは『ルーツ』とか、あとはドキュメントはあるけれど、映画は少ないです。
町山:忘れたい歴史というか、どの国にも撮られたくない歴史というのがあって、そのうちのひとつだと思います。三本っていうのは『マンディンゴ』と『ジャンゴ 繫がれざる者』。ほとんどこれだけです。
デーブ:『ジャンゴ…』は、かなり遊びのあった映画なので、一緒にしていいかわからないけど。
この映画は最初、ブラッド・ピットがパラマウント映画にもちかけたら「出せない」って断られたそうなんです。でもブラピは一生懸命「映画化しなきゃいけない」と(町山)
司会者:本作品は、アメリカでかなり評価が高いということです。実際にアメリカに住まれている町山さんに「なぜなのか」ということをうかがいたいのですが。
デーブ:アメリカに住んでるんですか?
町山:バークレーに住んでます。
デーブ:バークレー!? また、上から目線で……(笑)
町山:この原作が書かれたのは 1853年頃でしたっけ。それから10年後に南北戦争で奴隷が解放されてだいたい150年後にあたります。それからマーティン・ルーサー・キング牧師が公民権法という形で1964年に南部における黒人と白人の平等をなし遂げてからちょうど50年目です。いろいろ節目になると。
デーブ:アメリカの映画といいながら、この作品は監督も役者もほとんどイギリス人ですよね。
町山:そう。『マンディンゴ』も、実はお金はイタリアなんです。アメリカで奴隷制度を描くとなるとお金を出さない人が多いんです。
デーブ:この作品も、企画がはじめは止められたとか。
町山:そう、この映画は最初、ブラッド・ピットがパラマウント映画にもちかけたら「出せない」って断られたそうです。それでもブラピは一生懸命「映画化しなきゃいけない」と。ブラピはミズーリの人なんです。
デーブ:ミズーリですよね。水入らずのね。
町山:(笑)。ミズーリは州の中で奴隷制度OK派と反対派に分かれていて。
デーブ:中途半端な州でもあるんですよね。
町山:ブラピは、お母さんがキリスト教原理主義のファンダメンタリストで。まさにミズーリ的な家族です。
デーブ:彼は「奴隷制度はピットもない!!」って……。
町山:なんだかわからないですよ(笑)。 ブラピはね、オバマ大統領をとても支持してるんです。
大注目はルピタ・ニョンゴ。向こうのトーク番組などに引っ張りだこです。まだ「徹子の部屋」には出てないんですけれども(笑)(デーブ)
デーブ:この作品のスティーヴ・マックィーン監督もそうだけど、主演のキウェテル・イジョフォーさんもイギリス人だから、ちょっと一歩引いて、客観的にみることができたかもしれないね。農場の悪い人を演じたマイケル・ファスベンダーさんもドイツ生まれで、ロンドンにいるから。
町山:ヨーロッパの人だからね。
デーブ:基本的にやりやすい面もあったかもしれない。
町山:だと思います。本当のアメリカの白人と黒人だったら、あまりにも内容がきつすぎて「やりたくない」という人も多かったと思う。だからブラピは勇気あると思いましたよ。これを「なんとか映画化する」というのは。
デーブ:それから、今、大注目はこの人、ルピタ・ニョンゴ。向こうのトーク番組などに引っ張りだこです。まあ、まだ「徹子の部屋」には出てないですけれど(笑)。大変な演技をしましたので、誰よりも注目されていますね。しかもこの映画で(長編映画)デビューですから。
町山:そうですね。イェール大学の演劇科にいたというすごい経歴です。演劇科があるんですね、イェールに。
デーブ:それ「言えーる」のがすごいですよね(笑)。エリートのお嬢さんですよね。
町山:ケニアのね。お父さんがすごいお金持ちのお嬢さんですけど。
デーブ:この映画、インディペンデンス・スピリット・アワードでも、アカデミー賞の前もたくさんのアワードをとっています。ほとんどこの映画がとっているんですよね。
アメリカの公立高校で必修に「観なければならない映画」になったんです。 それがものすごく嬉しい。(デーブ)
町山:この作品をアメリカ南部の映画館では上演したがらなかった。観たくないと言う人が多いから。
デーブ:一つだけ希望があるのは、映画館に足を運ばなくても、アメリカの公立高校で必修に「観なければならない映画」になったんですよ。 それがものすごく嬉しい。南部も含めて、嫌でもすべての公立の学校で観ることになります。
町山:南部では観せないんじゃないでしょうか。南部は進化論も否定して……いや、やらないと思いますよ。
デーブ:「機械が壊れた!」「プロジェクターがちょっと調子が悪い!」とか言ってね(笑)!
町山:うん(笑)。まあ、そういうところだから。やらないと思います。
デーブ:でも建前は、一応ね。
町山:建前はね。
オバマ大統領が演説で言った言葉で「妻は、白人の奴隷所有者と黒人の奴隷の間に生まれた子供の子孫である」とハッキリ言っています。(町山)
デーブ:主演の俳優(キウェテル・イジョフォー)は最後まで躊躇してこんな重要な大事な最大の役はプレッシャーだから「出たくない」と言っていたみたいです。「あんまりにもこれは大変な作品になる」と。撮影中に失神したそうです。マイケル・ファスべンダーも非常に調子悪くなった。あまりに生々しいんで現場も大変だった。
町山:ムチ打ちのシーンなんか、俳優が失神寸前の状態だったって。
デーブ:打ち上げも、やりにくいよね。
町山:「イェ〜!!」って感じじゃないよね(笑)。
町山:しかも首つりのシーンは本当の現場だって。本当に首つりにつかった木だって。足元によく見ると小さいお墓がいっぱい。
デーブ:でもあれは見て見ぬ振りをしなきゃいけない。通常の生活をそのまま続けなくちゃいけない。ある意味では一番恐ろしいシーンかもしれない。感じてはいけないというか、恐ろしかったですね。
町山:恐ろしかったのは、マイケル・ファスべンダーさんの役が、ルピタさんの役をいじめて、子供を生ませていますね。子供を売るんですよ。当時、奴隷はとても高い値段がつけられていました。家や自動車買うのと同じで財産になる。白人の奴隷主は黒人の奴隷に子供を産ませて、売っていました。 オバマ大統領が演説で言った言葉で「妻は、白人の奴隷所有者と黒人の奴隷の間に生まれた子供の子孫である」とハッキリ言っています。アメリカの黒人の30%はそうやって白人の奴隷主に生まされた子供だって、DNA検査でわかっている。そういうのが怖いです。
デーブ:価値観とか古い宗教とか、悪用したりしてね。 本当にひどいものだった。一方、アフリカで送り出す側のブローカーのような悪い人もいたんですよ、実際に。間に入ってる白人のエージェントも最悪だけれども、協力者が黒人側にもいたんですよね。
この原作のソロモンさんは、その後が謎なんです。(町山)
町山:この映画で凄いシーンはいっぱいありますが、この映画の後の話もあるんですよね。
司会者:それは、原作に描かれている?
町山:それもありますが、原作の後なんです。この中に登場する、助けてくれた弁護士です。ニューヨークでの裁判で彼を誘拐した人を訴えたんです。ニューヨークは南北戦争の前から奴隷制度は禁止になっていますから、奴隷として売ったことは犯罪だと。しかし、実際これが起こったのはワシントンD.C.だったためにワシントンD.C.に裁判を移されたんです。ワシントンD.C.には奴隷制度があるから、誘拐して奴隷として売るというのは「完全に合法である」ということになって、誘拐犯は処罰されなかったんです。
デーブ:負けてしまった。当時救われたのは、この本がベストセラーになって3万冊くらい売れて大ヒットしたこと。それで生活が苦しくなかった。
町山:そう言われてるんですけど、この原作のソロモンさんは、その後が謎なんです。
司会者:どこで、いつでいなくなったかわからない。
町山:そう。本がベストセラーになったからか、誘拐した人を訴えたからかわからないんですけれど、殺されたという説が有力なんです。怖い話です。
デーブ:もし勝ち取ったら、だいぶ黒人の同権運動が早まっただろうから、ちょっと残念ですね。
町山:この本自体は奴隷反対運動にもかなり影響を与えているんです。フレデリック・ダグラスという黒人解放運動家で元奴隷だった人も、当時、この本にコメントしている。北軍が南北戦争へ進行しているときに北軍の兵士のひとりが、彼の本に感動して戦争に参加してるんです。日記にも書いている。「ここがあのソロモンが拷問された場所だ」と。それで、エップスの農場に入り込んで奴隷を解放しているんですよ。非常に大きな影響を与えてるんです。
黒人の人たちをムチ打ったり、殺したり、子供生ませて売ったりしている事実。スカーレット・オハラはその上に成り立ってる。(町山)
デーブ:『風と共に去りぬ』という映画がありました。あの舞台になっているアトランタは観光名所ですけれども、若い人は特に背景にこういう歴史があったとわからない。『それでも夜は明ける』は重要な教育のツールにもなるわけです。
町山:あの映画(『風と共に去りぬ』を)観ても、綿花農場のお嬢さんが、黒人の人たちをどういう風に扱ってたか、全然わからないです。実際は、ムチ打ったり、殺したり、子供生ませて売ったりしてますから。スカーレット・オハラはその上に成り立ってる。今『それでも夜は明ける』を観た後では『風とともに去りぬ』は、実は恐ろしい暗史の暗部を隠蔽された映画だってわかる。
デーブ:史実は風とともに飛ばされたっていうね。
町山:本当のところを隠してるんですよね。
歴史修正義者や歴史を拒絶する人がいまだにたくさんいます。この作品に対してネットでむちゃくちゃ叩いてる南部の人、そういう人が根強くいます。(町山)
司会者:本作は黒人奴隷制を描いた映画ですが、日本人にはちょっと距離がある題材です。どういう視点で日本人に観てほしいとお考えでしょうか。
デーブ:予備知識はみなさんお持ちだと思うんですよ。ある程度は知ってると思うんです、よっぽど若いかたを除いて。
司会者:「自由黒人」っていう存在があったってことは、あまり知らないですよね。
町山:北部に脱出すればいい。
司会者:あの人たちは、白人と同じように暮らしていた?
町山:そうです。この原作のノーサップさん、この人たちが解放したんです。どのように解放したかというと、奴隷を自分で買って。あとは、お金を貯めた黒人が自分で買ったんです。
司会者:「自由黒人」の証明書はお金があれば買えた?
町山:そうですね。あとは自由黒人が形だけ買って、解放するというやり方もあったみたいです。
デーブ:今だったら証明書の偽物作っちゃうけどね(笑)。簡単にできちゃう!
町山:あとはカナダまで脱出するという手があります。カナダの人が解放するんです。カナダの人たちは奴隷制度に反対していたので、脱出を手伝っていました。
デーブ:南部に行くと、いまだに頑固な人たち、時代遅れの人たちがいるんですね。
町山:だから、アトランタ行ったとき……反オバマの保守の人たち、白人の人たちが南部の旗をよく掲げていますが、あれはやめろと言われているんです。
デーブ:不愉快になるからね。
町山:そう。南部の旗は「また黒人を奴隷にしてやるぞ」って意味だから。
デーブ:もちろん本気ではないんだけれどもね。ノスタルジーというか。
町山:南部には「Lost Cause」という言葉がある。「失われた大義」という意味です。いまだに「南北戦争は奴隷制度をやっていたから罰せられたのではなくて、あれは南部と北部の経済的な闘争だった」と考えて、南北戦争を正当化しようとしている人がいる。彼らがいつも言っているのは「我々は奴隷に対してひどくなかった」「あれは全部、北部のプロパガンダだ」「我々は本当に優しい奴隷主だったんだ、彼らは幸せだったんだ」……てなことを、いまだに言ってる人たちがいる。
デーブ:ソロモンの本も「プロパガンダだ」と疑問の目で見られているわけです。
町山:そう。要するに「残虐行為なんかなかった」という歴史修正義者や歴史を拒絶する人がいまだにたくさんいます。そして、この映画、この作品に対してネットでむちゃくちゃ叩いている南部の人とか、けっこう恐ろしいです。そういう人が根強くいます。歴史とか否定する人たちです。でもね、写真とか(残虐行為の証拠が)いっぱい残っている。
デーブ:ソロモンのように自伝を書いた人とかしゃべっている人とか、けっこういっぱいいます。写真もあるし、否定できるものじゃないんです。南北戦争は戦争の中で、最も死者が多かった。
町山:アメリカ史の中で、最も戦死者が多いんです。
デーブ:病気もいっぱいあった。
町山:その頃は抗生物質がなかったから、弾丸を受けるとちょっとした傷ですぐ死んじゃうんですよ。それから、北軍には焦土作戦というのがあって、南部に進駐する間、下がっていきながら、後方を全部焼き払ったんです。だから南部は焼け野原になった。略奪もあった。「どっちもどっちだ」という人もいます。それでも奴隷制度はひどすぎます。黒人に子供を生ませて売るというのは人間としてどうしたらいいのだと。
デーブ:いずれは必然的になくなる制度だけど、待つわけにもいかないから。
▼『それでも夜は明ける』作品・上映情報
1841年ニューヨーク。家族と幸せな日々を送っていたバイオリン奏者ソロモンは、ある日突然誘拐され、奴隷にされる。彼を待ち受けていたのは、狂信的な選民思想を持つエップスら白人による目を疑うような差別、虐待、そして“人間の尊厳”を失ったあまたの奴隷たちだった。妻や子供たちと再び会うために彼が生き抜いた11年8ヶ月と26日間とは。
■『それでも夜は明ける』公式サイト
3月7日(金) よりTOHOシネマズ みゆき座ほか全国順次ロードショー
© 2013 Bass Films, LLC and Monarchy Enterprises S.a.r.l. in the rest of the world. All Rights Reserved.
取材・編集:市川はるひ
- 2014年03月08日更新
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