9月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2021年09月01日更新

9月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが気になるのは、どの映画!?

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9/3(金)公開『アナザーラウンド
9/3(金)公開『くじらびと
9/4(土)公開『ミス・マルクス
9/10(金)公開『浜の朝日の嘘つきどもと
9/17(金)公開『アイダよ、何処へ?
9/17(金)公開『偽りの隣人 ある諜報員の告白
9/17(金)公開『由宇子の天秤
9/23(木)公開『空白
9/24(金)公開『素晴らしき、きのこの世界
9/24(金)公開『ディナー・イン・アメリカ
9/25(土)公開『HHH:侯孝賢』デジタルリマスター版

『アナザーラウンド』

果たして酒は人生を救うのか

映画『アナザーラウンド』メイン画像北欧の至宝、マッツ・ミケルセン主演の第93回アカデミー賞®国際長編映画賞作品。冴えない高校教師マーティンと同僚3人は、ノルウェー人哲学者の「血中アルコール濃度を一定に保つと仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」という理論の証明ため実験を開始。朝から常に酔った状態を保つと、気力が出始め人生も楽しくなったように思えたが、徐々に制御不能になっていく。ほろ酔いから酩酊までを、押し引きや不安定な揺れで表現する手持ちカメラワークが見事で、こちらの血中アルコール濃度まで高まりそうになる。飲酒と社会生活のバランスに苦慮する中年男性たちの姿は、ユーモラスでほろ苦い。果たして酒は人生を救うのか。しょぼくれた表情から生き生きとした躍動感まで、ミケルセンの魅力をじっくり堪能できる。(吉永くま)

2021年9月3日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2020年/デンマーク/117分/PG-12)英題:ANOTHER ROUND 監督:トマス・ヴィンターベア 出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、マグナス・ミラン ほか 配給:クロックワークス © 2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.


『くじらびと』

地球規模の生命のドラマに目がくぎ付け

インドネシア・レンバタ島の小さな漁村、ラマレラ村に今も残る昔ながらのクジラ漁の実態を、写真家でもある石川梵監督が見つめ続けたドキュメンタリー。石川監督は1991年からこの村を訪れて、手作りの木の舟と長いモリ1本でクジラを捕る村人たちの姿を追いかけてきた。漁の様子はまさに命がけで、ラマファと呼ばれるモリ打ちが舟の舳先に立ち、全身でダイブしてクジラを射止める。クジラも必死で、1頭が狙われたら仲間が駆けつけ、知恵を働かせて抵抗する。そんな生きるための戦いを、空撮を駆使して迫力満点の映像に収めたほか、息子を漁で失った舟づくり名人や、将来のラマファを夢見る少年らさまざまな人々の思いにも迫る。まさに地球規模の生命のドラマに目を奪われた。(藤井克郎)

2021年9月3日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2021年/日本/113分)監督・プロデューサー:石川梵 配給:アンプラグド 配給協力:アスミック・エース ©Bon Ishikawa


『ミス・マルクス』

マルクスの末娘がたどる理想と現実のジレンマ

カール・マルクスの末娘で、労働者や女性の解放に尽力したエリノア・マルクスの闘いと苦悩を、イタリア出身のスザンナ・ニッキャレッリ監督が斬新な演出で映画化した。父の遺志を継ぐエリノアは、理想的な経済システムを追求して労働者に団結を呼びかける一方、私生活では内縁の夫であるエドワードの浪費癖に翻弄されていた。離婚を頑として受け付けない妻がいると聞かされていたが、ある日、エリノアの前に新しい妻と名乗る女性が現れ……。マルクスの後継者という人生は、果たして女性として幸せだったのか。そんなジレンマを、ニッキャレッリ監督は19世紀を生きたエリノアにハードロックを歌わせるといった描写で表現。無言の表情を多用した思わせぶりなショットにも言外の思いがにじむ。(藤井克郎)

2021年9月4日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2020年/イタリア、ベルギー/107分)原題:Miss Marx 監督・脚本:スザンナ・ニッキャレッリ 出演:ロモーラ・ガライ、パトリック・ケネディ、フィリップ・グレーニング ほか 配給:ミモザフィルムズ ©2020 Vivo film/Tarantula Photo by Emanuela Scarpa


『浜の朝日の嘘つきどもと』

家族以上の人間関係に支えられた映画館

映画『浜の朝日の嘘つきどもと』メイン画像福島県南相馬市に現存する映画館「朝日座」を舞台に、映画に魅せられた人々の人情が交錯するハートウォーミングなコメディー。閉館を決意した朝日座のもとに東京から若い女性がやってきて、劇場を立て直すと宣言する。茂木莉子と名乗る彼女は、支配人の戸惑いをよそに強引に再建に乗り出すが、そこにはある恩師との約束があった。タナダユキ監督は、若尾文子や太地喜和子ら名作のフッテージを巧みに取り入れ、映画と映画館の魅力を心に染み入るせりふ回しでうたい上げる。東日本大震災にコロナ禍と、次々と襲いかかる試練を乗り越えて人々に娯楽を届けようと努力している各地の映画館へのエールとともに、大切にすべき人間関係は家族だけとは限らないというメッセージが強烈に伝わってきた。(藤井克郎)

2021年9月10日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2021年/日本/114分)脚本・監督:タナダユキ 出演:高畑充希、柳家喬太郎、大久保佳代子 ほか 配給:ポニーキャニオン ©2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会


『アイダよ、何処へ?』

ボスニア紛争を背景にした母親の必死の行動

1995年、紛争が泥沼化するボスニア・ヘルツェゴビナの東部の街、スレブレニツァに、セルビア人武装勢力が迫っていた。ムスリム系のボシュニャク人住民は、助けを求めて国連施設に押し寄せるが、あまりの人数に堅く門を閉ざされてしまう。国連軍の通訳として働くアイダは、なんとか夫と2人の息子を救いたいと奔走するが……。『サラエボの花』で知られるヤスミラ・ジュバニッチ監督は、実際に起きた「スレブレニツァの虐殺」を題材に、対立の悲劇と母親の無償の愛をリアリティーあふれる映像でスクリーンに焼き付けた。まるで他人事のような国連の無力さとアイダの必死の行動のギャップが、何とも言えない虚しさを伴って深く心に響く。第93回アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート作品。(藤井克郎)

2021年9月17日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2020年/ボスニア・ヘルツェゴビナ、オーストリア、ルーマニア、オランダ、ドイツ、ポーランド、フランス、ノルウェー、トルコ/101分)原題:Quo Vadis, Aida? 脚本・監督:ヤスミラ・ジュバニッチ 出演:ヤスナ・ジュリチッチ、イズディン・バイロヴィッチ、ボリス・レアー、ディノ・バイロヴィッチ ほか 配給:アルバトロス・フィルム © 2020 Deblokada / coop99 filmproduktion / Digital Cube / N279 / Razor Film / Extreme Emotions / Indie Prod / Tordenfilm / TRT / ZDF arte


『偽りの隣人 ある諜報員の告白』

緩急を効かせて描かれる歴史の転換点

映画『偽りの隣人』メイン画像韓国軍事政権における民主化運動弾圧を題材にした社会派ヒューマンドラマ。1985年、次期大統領選に出馬予定の野党党首ウィシクが逮捕され、自宅軟禁下におかれる。国家安全政策部の盗聴チームリーダーに抜擢されたデグォンは、隣家で監視を開始。だが、ウィシクが家族を愛し、国民の平和と平等を願う誠実な人間であることを知り、上層部に疑問を抱くようになる。映像は全体的に色調が抑えられ、ノスタルジックでありながら、当時の社会の閉鎖的で重苦しさを醸し出す。重厚なテーマとは裏腹に、チームはどこか抜けていて雰囲気も緩い。そうした諜報員としては致命的な隙や弱さを持つからこそ、作品の後半の展開が生きてくる。韓国の歴史の転換点を、緩急を絶妙に効かせて描いた本作。愛国心とは、正義とは何なのかという問いに、自ら答えを出して突き進むデグォンの姿は未来の象徴にほかならない。(吉永くま)

2021年9月17日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2020年/韓国/130分)原題:이웃사촌  英題:BEST FRIEND  監督:イ・ファンギョン 出演: チョン・ウ、オ・ダルス ほか 配給:アルバトロス・フィルム © 2020 LittleBig Pictures All Rights Reserved.


『由宇子の天秤』

ドキュメンタリーのディレクターが陥る自己矛盾

由宇子はドキュメンタリー番組のディレクターを務めるかたわら、父親が経営する学習塾を講師として手伝っている。女子高校生のいじめ自殺事件を取材している由宇子は、被害者の家族の心情に寄り添おうとしないテレビ局の対応にいら立っていた。そんなある日、塾に通う高校生の萌が体調不良で倒れる。由宇子は萌を病院に連れていこうとするが……。『かぞくへ』に続く2作目の長編となる春本雄二郎監督が、自らのオリジナル脚本で骨太な社会派ドラマを織り上げた。取材者として追いかける事件と、父親の学習塾で起きた問題が、合わせ鏡のように絡み合いながら展開する。果たして真実を追求することは正義なのか。そんな重い命題が、音楽や照明を排した厳しい描写で胸に迫ってくる。(藤井克郎)

2021年9月17日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2020年/日本/153分)監督・脚本・編集:春本雄二郎 出演:瀧内公美、光石研、河合優実 ほか 配給:ビターズ・エンド ©️2020 映画工房春組 合同会社


『空白』

芸達者の競演で魅せるのっぴきならない空気感

『ばしゃ馬さんとビッグマウス』『ヒメアノ~ル』の吉田恵輔監督が、自らの脚本で社会派群像劇に挑んだ意欲作。漁師の添田は怒りっぽい性格で、別れた妻との間の一人娘である中学生の花音にも厳しく当たっていた。ある日、スーパーで万引きを疑われた花音は、店長の青柳の制止を振り切って逃走。取り返しのつかない事態となり、添田、青柳双方に重い宿命がのしかかる。この2人に加え、彼らを取り巻くさまざまな人々が社会との接し方を問われ、正面から向き合わざるを得なくなる。1人1人のキャラクターを際立たせながら、物語をぐいぐい引っ張っていく構成が素晴らしく、今の時代ののっぴきならない空気感を見事に表出していた。古田新太、松坂桃李をはじめ、芸達者の競演にも大注目。(藤井克郎)

2021年9月23日(木)より全国公開 公式サイト 予告編動画
(2021年/日本/107分)監督・脚本:吉田恵輔 出演:古田新太、松坂桃李、寺島しのぶ ほか 配給:スターサンズ、KADOKAWA ©2021『空白』製作委員会


『素晴らしき、きのこの世界』

きのこの大いなる力と神秘に触れる極上の映像体験

映画『素晴らしき、きのこの世界』ポスター画像きのこと菌類の秘めたる力を、撮影監督・映像作家のルイ・シュワルツバーグが美しい映像で映し出したドキュメンタリー。きのこ好きだという女優のブリー・ラーソンがナレーションを務める。“タイムラプス映像のパイオニア”、シュワルツバーグの微速度撮影によるきのこの成長過程は美しいアートのようであり、菌類の成長は万華鏡を覗いたような鮮やかさで目を奪う。物質を腐敗させ分解することで土壌を活性化し、古から地球を守ってきた菌類。世界中に広がるそのネットワークと生態は、まさに足元に広がるもう一つの宇宙といえよう。菌類学者のポール・スタメッツを中心に、ジャーナリストやフードライターなどさまざまな専門家が登場し、多岐にわたる分野でのきのこと菌類を使った解決策に迫る本作。アルツハイマーやがん治療、環境汚染の浄化といった人類が嘱望する可能性や、幻覚作用や啓発的効果といった不可思議で妖しげな効力など、どのエピソードも興味深く菌類の底知れぬ魅力に引き込まれてしまった。知的好奇心を存分に刺激されながら、極上の神秘とアートにも触れたかのような映像体験。きのこがおいしい季節を前に、ぜひご堪能あれ。(min)

2021年9月24日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2019年/アメリカ/81分)原題:Fantastic Fungi 監督:ルイ・シュワルツバーグ  ナレーション:ブリー・ラーソン 出演:ポール・スタメッツ、マイケル・ポーラン ほか 配給:アンプラグド © 2018, Fantastic Fungi, LLC


『ディナー・イン・アメリカ』

理解しあえる人がいる、という力づよさ

映画『ディナー・イン・アメリカ』メイン画像ベン・スティラーがプロデュースしたアナーキックなラブストーリー。過保護な両親のもとで、単調な毎日を送っているパティの唯一の楽しみはパンクロックを聴くこと。ある日、彼女はひょんなことから警察に追われる不信な男・サイモンを家に匿うことに。しかし、その男こそがパティの愛するパンクバンド「サイオプス」の覆面リーダー、ジョン Q だった……! 対人関係をうまく築けず周囲からバカにされている少女と、社会不適合者と蔑まれる男。はみ出し者の二人が惹かれ合い、自分を理解する存在を初めて得たとき、生きる希望と偏見に立ち向かう力が自ずと沸き上がる姿が爽快だ。監督は『バニーゲーム』(2010)で過激な描写が物議を醸したアダム・レーマイヤー。“門外漢” であるラブストーリーに挑戦したという本作は、監督が青春を過ごした90年代のパンクシーンに捧げたラブレターでもあるという。パティとサイモンが音楽を通して絆を確信するシーンには恋愛をこえたピュアな衝動と感動がほとばしり、レーマイヤー監督の原点を垣間見たような気がした。(min)

2021年9月24日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2020年/アメリカ/106 分)原題:Dinner in America 監督・脚本・編集:アダム・レーマイヤー プロデューサー:ベン・スティラー、ニッキー・ウェインストック、ロス・プットマン 出演:カイル・ガルナー、エミリー・スケッグス、グリフィン・グラック ほか 配給:ハーク © 2020 Dinner in America, LLC. All Rights Reserved


『HHH:侯孝賢』デジタルリマスター版

映画人が映画人をとらえた名作ドキュメンタリー

映画評論家でもあるフランスのオリヴィエ・アサイヤス監督が、台湾ニューシネマの旗手として円熟期を迎えていたホウ・シャオシェン監督に密着インタビューを試みたドキュメンタリーが、最新技術でよみがえった。少年時代を過ごした鳳山をはじめ、『悲情城市』の舞台になった九份のウーロン茶店、『憂鬱な楽園』で撮影された平渓への列車内などゆかりの場所で、映画づくりの本質について語りつくす。それらの珠玉の言葉を一言も漏らすまいとピタッと寄り添って質問を投げかけるアサイヤス監督の姿も印象的で、まさに映画人による映画人の映画的なドキュメンタリーと言えよう。のちに是枝裕和監督の『真実』などの撮影を手がけたエリック・ゴーティエの巧妙なカメラワークも見逃せない。(藤井克郎)

2021年9月25日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(1997年/フランス、台湾/92分)原題:HHH:A portrait of Hou Hsiao Hsien 監督:オリヴィエ・アサイヤス 出演:ホウ・シャオシェン(侯孝賢)、チュウ・ティェンウェン(朱天文)、ウー・ニェンチェン(呉念真) ほか 配給:オリオフィルムズ 配給協力:トラヴィス ©TRIGRAM FILMS, All rights reserved

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