『メモリーズ・オブ・サマー』— 70年代末ポーランドの美しい風景のなか、少年は“痛み”とともに大人になる

  • 2019年05月31日更新

映画大国ポーランドから放たれた新たな才能、アダム・グジンスキ監督長編第2作

映画『メモリーズ・オブ・サマー』メイン画像国際的評価の高い傑作・名作を数多く生み出してきた映画大国ポーランド。アンジェイ・ワイダ、ロマン・ポランスキー、イエジー・スコリモフスキといった巨匠に追随するように、近年では『イーダ』『COLD WAR あの歌、2つの心』のパヴェウ・パヴリコフスキや『ゆれる人魚』のアグニェシュカ・スモチンスカら実力派監督の台頭も目覚ましい。そんなポーランド映画界で新たに注目を浴びているのが、デビュー短編『ヤクプ Jakub』が1998年のカンヌ国際映画祭(学生映画部門)で絶賛を受けたアダム・グジンスキ監督だ。

映画『メモリーズ・オブ・サマー』サブ画像3彼の長編2作目にして日本の劇場初公開作となる本作は、70年代末ポーランドの田舎町を舞台に、無邪気な子どもから大人へと変化していく少年の心の痛みを描き出す、苦くも美しい作品だ。1970年生まれのグジンスキ監督自身の経験をもとに描いたというストーリーには、思春期を迎えた主人公と母親の関係性の崩壊や、恋や性への戸惑い、他者との距離感に悩む12歳の少年の姿が、繊細かつ切実に描かれる。ノスタルジーを感じさせる美しい風景描写と、当時を忠実に再現した音楽やファッション、インテリアなども本作の見どころだ。

大好きな母の裏切り、都会からやってきた少女への思い。12歳の少年の心は複雑に揺れて……

映画『メモリーズ・オブ・サマー』サブ画像41970年代末ポーランドの小さな田舎町。12歳のピョトレックは夏休みを母親のヴィシアと過ごしている。父は外国へ出稼ぎ中だが、母のことが大好きなピョトレックは、2人きりの時間を無邪気に楽しんでいた。しかし、ある日を境に母はピョトレックを家に残して毎晩出かけるようになる。

寂しさと疑念と不安で眠つけない夜。ピョトレックが窓から外を見ると、母は見知らぬ男性と一緒にいた……。一方で、ピョトレックは都会からやってきた少女マイカに好意を抱くが、彼女は、町の不良青年に惹かれていく。それぞれの関係に失望しながらも、す術もないピョトレック。そんななか、大好きな父が帰ってくるが……。

子ども時代に決別する少年の姿に、静かな衝撃が駆け巡る

映画『メモリーズ・オブ・サマー』サブ画像1子どものころ、無限に広がる空想の世界とは裏腹に、現実世界の中核をなしていたのは家庭と学校での生活だった。大人になれば、もっと広い視野と選択肢を持つことができるが、子ども時代にそのどちらかで悩みを抱えるということは、世界の半分が暗い影に覆われることだった。

無力さのなかで、愛され続けるために必死でがまんすることを覚えたのも、ちょうどピョトレックと同じ歳のころだ。筆者の母親が不倫をしていた事実があったかどうかはわからないが、子どもというのは母親が発する「オンナ」の匂いに異常に敏感だ。少しでも感じれば、得体の知れない嫌悪感が込み上げる。初めての恋を知り、性を意識し出したピョトレックにとって、“大好きで優しい僕たちだけのお母さん”から、父親とは別の男性との性の匂いを感じたときの不信感や不安はどれほどのものだっただろう。

映画『メモリーズ・オブ・サマー』サブ画像2ピョトレック役を演じたマックス・ヤスチシェンプスキは、そんな複雑で繊細な感情を、表情や瞳の演技で見事に表現していて驚いた。父親に嘘をつく母親に投げかけた軽蔑を含んだ視線、妻の裏切りを知りうなだれた父親を見るときの哀しみを帯びた瞳。恋する女の子に(母親への思いを重ね)激しい憤りをぶつけたとき表情はリアルすぎて、ちょっと泣けた。

どこか懐かしい風景とともに心に染みてくる、あのころの痛み

さまざまな思いを経ていても、古いアルバムに残された幼い日々はきらめいて見える。
くったくのない自分の笑顔。ノスタルジックな風景。そして何よりまぶしいのは、若く溌剌とした両親の姿だ。あのころは、親もまだ若くて自分と同じように未熟な人間だったのだと大人になった今はわかる。それを認めることができず、親に完ぺきな人間像を求めて苦しみ、やみくもに反発していたあのころを、その痛みごと抱きしめることもできる。でも、そうなる前には、ピョトレックほど明確ではなくとも、子どもの自分と決別した瞬間が誰にでもあったはずだ。

映画『メモリーズ・オブ・サマー』サブ画像5痛々しく美しいひと夏の成長物語は、どこか懐かしい風景とともに描かれることで、一層深く心に染みてくる。自転車で全力疾走した道、緑色に輝く海、風に揺れる道端の草、回るブランコでキスをする両親……色褪せた写真に写った風景のように、それらは柔らかな色あいをもって映し出される。やがて秋の訪れとともにやってくるラストシーンには、もう夏の匂いは感じられない。無邪気な日々に別れを告げたピョトレックの顔つきも、もう子どものそれではない。静寂のエンドロールは、静かに駆け抜けた衝撃を鎮めるために必要な時間をくれた。

 

>>映画『メモリーズ・オブ・サマー』特報<<

▼『メモリーズ・オブ・サマー』作品・公開情報
映画『メモリーズ・オブ・サマー』キービジュアル(2016年/ポーランド/83分)
原題:Wspomnienie lata 英題:Memories of Summer
監督・脚本:アダム・グジンスキ
出演:マックス・ヤスチシェンプスキ、ウルシュラ・グラボフスカ、ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ
撮影:アダム・シコラ
音楽:ミハウ・ヤツァシェク
録音:ミハウ・コステルキェビッチ
配給:マグネタイズ
配給協力:コピアポア・フィルム
© 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi

『メモリーズ・オブ・サマー』公式サイト

※2019年6月1日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

文:min

◆こちらの記事もオススメ
<ポーランド映画祭>
『ポーランド映画祭2018』— 独立回復100周年記念・名作映画、女性監督ほか多彩な特集を展開
『ポーランド映画祭2017』-古典的名作からアニメ、ドキュメンタリー、話題の最新作まで一挙上映
ポーランド映画祭2013-今年も開催! スコリモフスキ監督監修、戦後ポーランド映画の傑作を一挙上映

<ポーランド関連作品>
『ゆれる人魚』〜ポーランド発、東欧の不思議な音楽と、美少女人魚のホラー・ファンタジー〜
『君はひとりじゃない』-すれ違う父娘の心の距離を縮めたのは、思いもかけないことだった
『イマジン』-目の見えない男女は“音”を介して恋に落ちた
『イーダ』-自分のルーツを探す旅に出た戦争孤児の少女。美しいモノクロ映像が彼女の心の成長を映し出す

  • 2019年05月31日更新

トラックバックURL:https://mini-theater.com/2019/05/memoriesofsummer/trackback/