『倫敦(ロンドン)から来た男』タル・ベーラ監督の素顔に迫る!

  • 2009年12月22日更新

LONDON2ブラッド・ピットやジム・ジャームッシュ、ガス・ヴァン・サントなど、世界の映画人が心酔するタル・ベーラ作品。現在、東京渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開中の『倫敦(ロンドン)から来た男』も、第60回カンヌ国際映画祭でコンペティション部門に正式出品された注目作です。

12/19(土)に同劇場で公開記念トークショーが行われ、2003年に日本で行われたハンガリー映画祭で実行委員を務めたお二人、映画評論家で監督でもある田中千世子さんと映画プロデューサーの市山尚三さんが、知られざるタル・ベーラ監督の横顔を明かしてくれました。監督のユニークなエピソードや気になる新作情報など、他所でなかなか聞けない貴重なトークを、完全ノーカットでレポートします。

○作風の変化とその経緯について

田中さん(以下、敬称略):25年ほど前なのですが、当時ぴあフィルムフェスティバル(PFF)が外国の新進監督を積極的に紹介してましたので、PFFに話を持っていき、タル・ベーラ監督本人と「秋の暦」(84)を日本に紹介しました。アメリカでもインディーズがブームで、ジャームッシュやスパイク・リーが登場してきた頃です。ジャームッシュにとってタル・ベーラは、同じ時代を共有した優れた才能であり、またハンガリーでは珍しく自主映画的なアプローチで撮っていたということで、エールを送っているのではないかと思います。

市山さん(以下、敬称略):「秋の暦」は、「サタンタンゴ」(94)以降の作風とは全然違う映画で、まだカラーで撮られていた映画です。それも変なネオンサインみたいな色を使っていて。田中さんは「秋の暦」をロカルノ映画祭(スイス)でご覧になったんですか?

LONDON1b田中:いえ、ロカルノ映画祭で銅賞をとったというのを新聞記事で読んで、ハンガリーに行った時に、フンガロフィルムの計らいで見せてもらいました。その時本人にも会ったんですが、ほっそりしてハンサムでキレイな方でした。ブルーの目が印象的で虚弱そうな感じでね。全然恐くなかったです。当時の彼は、イギリス映画に影響を受けたと言ってましたね。50年代ぐらいの渋いイギリス映画ではないかと。あとキング・ヴィダー(アメリカ)の初期の作品のことも言ってましたね。派手な映画を作るようになってからは嫌いみたいです。

市山:初期のタル・ベーラ作品を全部見てるわけではないんですが、「秋の暦」は(今と)かなりスタイルが違って、最初の作品はジョン・カサヴェテス(アメリカ)の映画のようにセリフがものすごい多くて、即興演出なんかでやってて、とにかく『倫敦(ロンドン)から来た男』と全くタッチの違う作品です。「Damnation」(87)から今のスタイルになるんですね。「Damnation」以降はずっと、クラスナホルカイ・ラースローが脚本を担当しています。

田中:「秋の暦」は、ハンガリーとか社会主義の映画という雰囲気はなくて、ブルジョワの広い家の中の話で、ルキノ・ヴィスコンティ(イタリア)の映画のような感じです。社会主義時代の80年代の半ばですから、社会主義のハンガリーにとっては「けしからん」という内容で、また自由を求めていた人々からも「自由というものはデカダン(退廃)に陥っている」と、結局両方から嫌われて行き場がなかったらしいです。でも、その時に小説の「サタンタンゴ」を読んで興奮して、すぐに原作者に会いに行って映画化の話をした、と言ってました。ただ当時のハンガリーでは、そのままではできず、ちょっと小さくして作ったのが「Damnation」になったんです。

○来日した時の監督の驚きのエピソードについて

田中:映画ペンクラブの上映会でも上映して、タル・ベーラについて「ハンガリーの若い才能です」と紹介したら温かく迎えられました。ある評論家が「イングマール・ベルイマン(スウェーデン)の真似をしてる」とおっしゃっていました。

市山:ベルイマンというのは、あまり想像しなかったですね。何でだろう?家族の崩壊みたいな感じが、ベルイマンと(似てると)思われたんですかね?見る人によって、いろんな映画を連想させるのかもしれませんね。

田中:タル・ベーラ本人は、日本とか東京を面白がりまして、歌舞伎と能を観に行きました。来る前にとてもよく勉強していて、能の本をしっかり読んでいて。言葉は解らなくてもえらく感動してましたね。

LONDON1c市山:僕が最初に会ったのは『サタンタンゴ』を東京国際映画祭(TIFF)で上映した時ですが、TIFFでは当時、渋谷区の能楽堂でゲストが能を鑑賞する会というのがあって、興味がない人にも無理矢理行ってもらってたんですが、タル・ベーラは来た時から「そこだけはとにかく行く」とやる気満々だったんです。でも、その時はどうやら狂言を見せられたらしいんですね。「これは日本文化が西洋に影響を受けて、ひどいことになっている象徴だ!」と言って怒って、大変だったんですよね…。

田中:はい、あの時はたしか狂言ではなくて能だったんですが、スペクタクル性のある能だったので、「これは能じゃない」と怒り狂ってました。ハンガリー人に言われたくないですよね(笑)。勝手に解釈してね。あと、東京の猫は尻尾が短いからいけないとかね。「猫の尻尾を切るのか」とか言って怒ってました。

市山:あと「サタンタンゴ」が7時間半の映画で、土日に上映すると他の上映が組めなくなるので、平日の昼間に上映したんですね。それでもBunkamuraシアターコクーンに、400人ぐらい入ったんです。朝10時に開演して、夕方6時に終わるというスケジュールにしては、すごい動員だと思ってたのに、「東京にはこんなにたくさんの人がいるのに、なぜこれだけしか入らないんだ」と、本人はまたすごい怒ってですね。あの時はちょっと恐かったですね(笑)。

田中:その来日の時に彼は、山形国際ドキュメンタリー映画祭の審査員もやっていまして。それで、どういう審査をするかっていうと、怒り始めると出ていっちゃう。で、なぜ怒るかと言うと「この映画はいい映画なんだけど、監督が妥協した。自分の映画を裏切っている」って言うんですよね。映画を観ながら彼はそう感じるんですね。

○気になる新作情報について

市山:『トリノの馬』というタイトルなんですが、ドイツ文学とか哲学史に詳しい方はご存じだと思います。ニーチェが旅をした時に、馬が虐待されているのを止めようとして、それがきっかけで発狂してしまったというエピソードがあるのですが、この事実にインスパイアされたものだと思います。撮っているのはハンガリーの田舎の村で、シナリオを読んでないので詳しくはわからないですが、馬を飼っている農夫の父娘の話ということです。役者は今回出ている父娘と同じで、ミロスラヴ・クロボットとボーク・エリカが出演しているとのことです。12月中には撮り終わると聞いているので、来年どこかで観れるかもしれませんね。

■■トークイベント第3弾告知!!■■
「文豪ジョルジュ・シムノンを語る〜驚異のベストセラー作家、隠された素顔」 
12/25(金)19:00の回上映前@シアター・イメージフォーラム
堀江敏幸さん(作家)×長島良三さん(原作翻訳者)

▼田中千世子さんプロフィール
映画評論家で映画監督。初の劇映画『浪漫者たち』(09)は今年5月にシアター・イメージフォーラムにて公開された。能のドキュメンタリー『能楽師2』を撮影中。
▼市山尚三さんプロフィール
オフィス北野所属。東京フィルメックスを起ち上げ、プログラムディレクターを務める。中国のジャ・ジャンクー監督や台湾のホウ・シャオシェン監督作品のプロデュースを手掛ける。当サイトのコラム「映画の達人」にも第一回ゲストとして登場していただきました。

▼タル・ベーラ(TARR BELA)監督プロフィール
1955年ハンガリー生まれ。デビュー作「The Family Nest」でマンハイム国際映画祭グランプリを受賞。94年に7時間半のモノクロ—ム作品「サタンタンゴ」で世界中を驚嘆させ、続く『ヴェルクマイスター・ハーモニー』ではヴィレッジ・ボイス紙でデヴィッド・リンチ、ウォン・カーウァイに次いでベスト・ディレクターに選出される。翌年の01年7月にはフランスのラ・ロッシェル国際映画祭で特集上映が行なわれ、パリのルーヴル美術館で「サタンタンゴ」が上映された。また同年の秋にはニューヨーク近代美術館(MOMA)でも大規模な特集上映が開催され高い評価を受ける。
1977 The Family Nest
1980 The Outsider
1981 Prehab People
1984 秋の暦
1987 Damnation
1994 サタンタンゴ
2000 ヴェルクマイスター・ハーモニー
2007 倫敦(ロンドン)から来た男
(監督プロフィールは『倫敦(ロンドン)から来た男』公式サイトより引用)

取材:おすず 撮影:秋山直子

改行

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