2010年8月28日(土)、新宿ピカデリーで『トイレット』の初日舞台挨拶が行われました。登壇者は、荻上直子監督、“ばーちゃん”役のもたいまさこさん、カナダからこの日のために来日した末妹役のタチアナ・マズラニーさん。
←の写真、左から、荻上監督、もたいさん、マズラニーさんです。
映画の余韻がまだ残る会場で、終始和やかな雰囲気に包まれながら、いろいろなエピソードが披露されました。
2010年9月3日 金曜日
2010年8月28日(土)、新宿ピカデリーで『トイレット』の初日舞台挨拶が行われました。登壇者は、荻上直子監督、“ばーちゃん”役のもたいまさこさん、カナダからこの日のために来日した末妹役のタチアナ・マズラニーさん。
←の写真、左から、荻上監督、もたいさん、マズラニーさんです。
映画の余韻がまだ残る会場で、終始和やかな雰囲気に包まれながら、いろいろなエピソードが披露されました。
2010年8月29日 日曜日
『かもめ食堂』、『めがね』などで根強い人気を持つ、荻上直子監督待望の新作『トイレット』。
バラバラで生きてきた3人の孫と英語が話せない“ばーちゃん”が、言葉を超えて心を通わせていく優しく温かいお話です。
2010年8月28日(土)の公開に先駆けて、荻上監督にお話を伺いました。
2010年8月29日 日曜日
誰かと一緒においしいご飯を食べられること、ありのままの自分でよいと思えること、いつも一緒にいなくても心がつながっている家族がいること。『かもめ食堂』『めがね』の荻上直子監督の新作『トイレット』には、そんな素敵な幸せがぎゅっと詰まっている。
4年間引きこもりの長男モーリー、ロボットオタクの次男レイ、末っ子の生意気な大学生リサ。そして母親が生前日本から呼び寄せた祖母“ばーちゃん”。母親の葬儀の後に、4人と猫のセンセーとの共同生活が始まった。英語が全く話せないばーちゃんは、トイレが長く、出てくるたびにため息をつき、そしてまた自室に戻る。心の病を抱えたモーリーは母親が使っていたミシンを見つけて、ばーちゃんに手ほどきを受け、スカートを縫い始める。リサは自分を表現したいとエアギターのコンテストへの出場を決意。レイはばーちゃんがトイレの後につくため息の謎を探ろうとする。小さな出来事が次々と起こり、バラバラだった3兄妹と、そして、ばーちゃんとの心の絆が次第に深まっていく。
2010年8月12日 木曜日
「曲がれ」と念じながらスプーンをこすったことが何度かある。憧れつつも、どこか胡散臭さを感じてしまう超能力。驚いたことに、かつてアメリカには、見つめるだけでヤギを殺したり壁を通り抜けたりすることができる(?)兵士を擁する極秘部隊があったという。念動力、透視能力、予知能力、“キラキラ眼力”などのトレーニングで超能力に磨きをかけた男たち。決して表に出ることのなかった“日陰部隊”を描くこの作品は、実話をベースにしたちょっとビターで大人テイストの型破りなコメディだ。
2003年、地方紙記者のボブ・ウィルトンは愛する妻の裏切りを知り、傷心のまま戦時のイラク取材を志願する。イラク入国待ちの夜にホテルで出会った男、リン・キャシディは、 実は元“米軍で2番目に有能なエスパー”。初めはボブを警戒していたリンも、彼に奇妙な縁を感じ、自分が超能力部隊“新地球軍”のメンバーであったことを告白。ボブのイラクへの同行を許可する。
2010年8月11日 水曜日
太平洋戦争終結の内幕に迫る『日本のいちばん長い夏』のトーク・ショーと試写会が、2010年7月30日(金)、新宿バルト9で開催されました。本作は昭和38年(1963年)6月に行われた座談会の様子を再現したものです。原作者の半藤一利氏、元陸軍大将・今村均役のアニメ映画監督・富野由悠季氏が登壇し、「戦争を語り継ぐ」をテーマに、それぞれの思いを語りました。戦争の記憶が風化しつつある現状に危機感を持っているお2人のお話から、「形に残すことによって戦争の真の姿を伝えていくこと」の大切さを改めて認識しました。
↑の写真、左から、半藤さん、富野さん、そして、ご来場の倉内均監督です。
2010年8月6日 金曜日
「原爆は落とされなかったかもしれない―」
衝撃的なキャッチコピーが印象に残る本作の監督は、大ヒット作『佐賀のがばいばあちゃん』を手掛けた倉内均。戦時を生きた自身の父親世代のメッセージの「バトン」を次世代へ。そんな監督の思いが十分込められた作品だ。
平成22年(2010年)夏。テレビ番組の演出家が料亭のセットをスタジオに作り、田原総一朗、鳥越俊太郎といった現代の文化人たちを俳優として起用する「文士劇」スタイルをとって、ある座談会を再現させた。これは、当時文藝春秋の編集部員だった作家の半藤一利が企画し、昭和38年(1965年)夏に東京の料亭に知識人や政治家、元軍人、民間人など28名を集めて行われたものである。苦しい状況を体験し生き延びてきた一人一人が当時の体験の記憶や心に秘めてきた記憶を吐き出していくこの座談会は、掲載当時大きな反響を及ぼした。
2010年7月23日 金曜日
守るべき者がいるということはこんなにも人を強くしてしまうのか。一人の人間に持てる以上の力を発揮させることができるのか。
オレゴン州ポートランドに住むエリートビジネスマン、ジョン・クラウリー。彼には、全身の筋力が低下する難病“ポンぺ病”に侵された8歳の娘と6歳の息子がいる。有効な治療薬はなく、平均寿命は9年。愛する子供たちを守りたい一心で彼が行った選択は、会社を辞め、ポンぺ病研究の第一人者ストーンヒル博士とともにバイオ・テクノロジーのベンチャー企業を設立することだった。投資家や大手製薬会社との関係を築くために奔走し、行く先々で壁にぶつかったり、時には博士と対立したりしながらも、彼は自分の力で治療薬を開発するという夢に突き進んでいく。