『家族X』 ─ 一番近くにいながら遠い存在になってしまった家族とのつながりを見つめ直す問題作。

  • 2011年10月09日更新

家族とはどういう存在だろう。落ち着くところ? ワガママを言えるところ? ちょっと面倒くさいところ? やっぱり帰りたくなるところ? それぞれ状況によって感じ方は千差万別だろうが、笑ったり怒ったりしながらも、言いたいことを言葉にできて、話したいことを話し合える。そんな何気ないことが普通にできているなら、幸せな家族と言えるのかもしれない。

― 同じ家に住みながらも関わりを失ってしまった“ある家族”

東京郊外の新興住宅地。橋本家の主婦・路子(南果歩)は、毎朝洗濯物を干し、夫・健一(田口トモロヲ)のワイシャツにアイロンをかけ、ダイニングテーブルのランチョンマットを整える。完璧に掃除され整頓されたリビングやキッチン、ベランダで青々と茂るハーブに水をやり、レシピブックを見ながら過ごす昼下がり。まさに絵に描いたような理想のマイホーム暮らしだ。しかし、そんな路子の顔は生気がなく、家の中には笑い声はおろか家族の会話もない。健一は「行ってきます」の一言もないまま会社に出かけ、息子の宏明(郭智博)は、定職につけず不規則なアルバイトに明け暮れて、帰宅時間も分からない。そんな家族のためにも路子は黙々と家事をこなし、手のこんだ食事を作るが、家族が食卓に揃うことは皆無。しだいに路子は行き場のない感情と、理想の家族という“規格”から外れていることを近所に知られることを恐れる圧迫感に追い詰められ、やがてバランスを失ってゆく。

― 一人の孤独より、一人じゃないのに感じてしまう孤独の切なさ。

この作品は、橋本家という一般的な家族の日常を描いているが、夫と息子は家に寄りつかないため、必然的に路子の日常が中心に描かれる。趣味もなく、心おきなく話ができる友達もおらず、毎日そつなく家事をこなすだけの路子。夫とも息子ともコミュニケーションがとれず、家族の健康を考えて作った食事もまともに食べてもらえることもない。しかし、路子は彼らに文句を言うでもなく、また次の日になれば「ごはんは?」と声をかける。路子にとっては、それが家族のつながりを保てる唯一の言葉であるかのように。しかし会話はそれ以上続かず、そこから言葉にできないさらなる孤独が滲み出てしまう。

― 感情移入せずにはいられない圧巻の演技

路子は一日の大半を一人で過ごすため、セリフはほとんどない。効果音もなく生活音が響くだけなので、まるで見知らぬ家族の生活を覗き見しているような気分になり目が離せなくなる。そして、シーンを補うようなナレーションや説明もない。それなのに、路子の感情が痛いほどに伝わってくる。気づけばすっかり路子目線で、孤独や苛立ちやもどかしさを感じてしまうのだ。自分とはまったくタイプが異なる路子にすっかり感情移入させられ、南果歩の無言の一人芝居に圧倒的な底力を感じた。特にクライマックスシーンは演技とも思えない迫力で、“主婦X”として、全国の女性の言葉を代弁してくれたかのようだ。かといって、相対する田口トモロヲ演じる健一や、宏明の挙動が理解できないわけではない。橋本家の誰の目線で観てもどこか少しずつ共感できるのである。きっと誰もが経験していたり、感じたことがある心情が見えるからなのだろう。

― 家族を振り返りたくなるきっかけをくれる作品

家族全員が違和感を感じながらも、本音で向き合うこともなく、うわべだけの平穏さを装っている橋本家。3人が仲良く暮らしていた頃の写真もあったのに、どうして今こうなってしまったかの説明はない。こういった状況はどの家族にも起こりうることであり、これをあえて説明しないことで、監督は観る人すべてに自分の家族を振り返るきっかけを与えてくれているのかもしれない。ラストシーンに希望を感じつつ、何が起こるか分からない昨今、大事なものにきちんと向き合い歩み寄りたいと思った。

▼『家族X』作品・公開情報
日本/2010年/90分
監督・脚本:吉田光希
出演:南果歩 田口トモロヲ 郭智博 筒井真理子 村上淳 森下能幸
製作:PFFパートナーズ(ぴあ、TBS、IMAGICA、エイベックス・エンタテインメント、USEN)/ リトルモア提携作品
配給:ユーロスペース+ぴあ
コピーライト:(C) PFFパートナーズ
『家族X』公式サイト
※9月24日(土)より、ユーロスペース他にて全国順次ロードショー!

文:那須ちづこ


  • 2011年10月09日更新

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