『あぜ道のダンディ』―平成ニッポンの中高年おじさん賛歌。

  • 2011年06月15日更新

北関東、地方都市 ― 50歳、宮田淳一は今日も会社までのあぜ道を行く。子供の頃から変わらず通っていた道だ。中卒で地元の運送会社に就職。早くに妻を亡くし、高3の子供二人とは上手く会話もできない。唯一の楽しみは親友・真田と居酒屋で酒を飲む事という、少々寂しい日々。

ある日、宮田は体調不良から自分を胃ガンだと思い込む。亡き妻と同じ病気である。抱える苦悩を真田にだけ打ち明けるが、子供には告げられない。だって俺は男なんだぞ! ― そんな中、子供二人は東京の大学に進学が決定。別れの日はもうすぐだ。宮田は自分の理想とする「ダンディな男」として振る舞いながら、精一杯子供と交流しようと行動に出る。 彼の思いは伝わるのか? 少し切なく、思わず笑ってしまう、平成ニッポンの中高年おじさん賛歌。

2011年6月18日(土)より、テアトル新宿、ユナイテッド・シネマ前橋、シネマテークたかさき ほか全国順次ロードショー。

― 現代を生きる、普通のおじさん・お父さんのダンディズム。

「ダンディ」と聞いて皆さんはどんな人物を想像するだろう。ジローラモみたいな男? 草刈正雄みたいな男? 少し前なら石原裕次郎といったところだろうか。しかし、女にモテる、葉巻を吸う、ロマンスグレー……、というようないわゆる昔のダンディズムの記号は、今の若者世代にはいまいちピンとこないだろう。事実、昭和生まれの筆者とてリアリティがない。現代のダンディって何だろう? 『あぜ道のダンディ』はこの問いにひとつの答えをくれる。 ― 「この時代、誰しもが男なんてみんな駄目だと気付いてしまった」という石井裕也監督が考えるダンディは、「駄目だけど、いい男」。

本作の主人公、光石研演じる宮田は、子供とろくにコミュニケーションも取れない。流行の物も分からず、プリクラを「それは機械か?」なんてピントのずれた発言ばかり。それどころか、心配や不安が募るあまりどんどん間抜けな行動に出てしまう。なんとも馬鹿で情けない。見ているこっちもかなり可笑しいのだ、子供から見れば失笑だろう。しかし、「ダンディな男」を演じる宮田にとって、弱音なんてもってのほか。意地でも虚勢を張り続ける。その不器用な姿を見て、「ああ、うちの父親も同じ」と思い出が蘇る人も多いはず。ストレートではないけれど、振り返れば確かに感じる父の愛情や努力。「久しぶりに父とじっくり話してみようか」なんて思わせられる。

― 大いに笑って泣ける、地味でささやかなドラマ。

この映画、実は相当地味である。主演も地味なおじさん二人。舞台もちょっと田舎。タイトルが示す通り、あぜ道や大衆居酒屋、神社や自宅といった狭い範囲のロケーションでストーリーは展開する。ひとつの家族とその父親、それだけに焦点を当てた、どこにでもありそうな小さなドラマ。だけど見終えた後、じんわりと切なく、心が温まるのは、石井監督の繊細な演出と、紛れもなく光石研の好演によるものだろう。例えば、自分を競走馬に見立てて自転車で通勤する宮田、亡き妻の思い出に浸る宮田、親友・真田との掛け合いなど、その言動や行動はまことにいじらしく、愛おしい。そこにプラスされた少しコミカルな演技によって、結局、110分間泣き笑い、決して地味じゃない満足感が得られるのだった。群馬での撮影にあたり、たくさんの高崎ダンディや前橋ダンディの協力があったとされているが、その点も本作の魅力的な雰囲気に一役買っているのかもしれない。
彼らは決してクールではない。でも一生懸命頑張る親父達はダンディだ! そんな風に、今を生きる中高年に拍手を贈りたくなる、ハートフルな一作である。

▼『あぜ道のダンディ』作品・公開情報
2011年/日本/110分
監督・脚本:石井裕也
出演:光石 研 森岡 龍 吉永 淳 西田尚美 / 田口トモロヲ
山本ひかる 染谷将太 綾野 剛 蛍雪次朗 藤原竜也(友情出演) 岩松 了
主題歌:清 竜人『ホモ・サピエンスはうたを歌う』(EMIミュージック・ジャパン)
配給:ビターズ・エンド
コピーライト:(C)2011『あぜ道のダンディ』製作委員会
『あぜ道のダンディ』公式サイト
※2011年6月18日(土)より、テアトル新宿、ユナイテッド・シネマ前橋、シネマテークたかさき ほか全国順次ロードショー。

文:しのぶ

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  • 2011年06月15日更新

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