『ピンク・スバル』小川和也監督、宮川和之プロデューサーインタビュー―昭和の懐かしさを感じるイスラエルの街、タイベ。

  • 2011年05月06日更新

車泥棒の街、イスラエルのタイベに住む男ズベイルの盗まれた愛車スバル・レガシィを探し出す物語、『ピンク・スバル』。出演するイスラエル家族は自然で生々しく、ドキュメンタリーのような一面を見せるが、このイスラエルのリアルをとらえたのはなんと日本人監督。実際の距離だけではなく、政治的、文化的にも日本とは遠い存在と思われがちなイスラエルだが、小川和也監督と宮川秀之プロデューサーの触れるイスラエルは家族のあり方や、大切なものいとおしむ部分で共感し、深く通じ合い、繋がれる場所だという。お二人にどこか昭和の懐かしさを漂わせるイスラエルの街について伺います。

イスラエルで年間盗まれるスバルは5000台、かなりの確率です(小川監督)。
-イスラエルでは、あんなに頻繁に自動車泥棒があるのでしょうか
小川和也監督(以下小川):あります。実際僕も調べましたが、2006年の新聞で(年間イスラエル国内で)スバルが5000台盗まれたそうです。二位が三菱で2500台。イスラエルの大きさは四国とほとんど同じですから、そこで5000台のスバルが盗まれるというのはかなりの確立です。一度、アクラムの家にいるときにアクラムの友達が車を盗まれたイスラエル人を連れてきた事がありました。車を盗まれると警察でも分からないそうで、車泥棒に頼んで200ドルとか500ドルとかそれくらい払って見つけてもらう。それで見つかるんです。

―車泥棒の街タイベで新車を置いているというのは無謀なんじゃないんですか?
小川:タイベで車が盗まれるということはありません。アラブ人同士では盗まないんです。盗まれるのは(タイベの外の)イスラエル人の車だけ。基本的にタイベで車は盗まれません。ですから、タイベの住人が車を盗まれるというのはビジネス以外のなんらか別の理由があるということなんです。

不思議な現代がイスラエルにはあるんです。(宮川プロデューサー)
- イスラエル人とアラブ人。イスラエルでの関係性は日本人にとっては複雑な関係に見えます。作品の中で、タイベの人々に対してスバル・ディーラーの販売員、スマダールの存在が描かれています。彼女の存在はどんな存在なのでしょうか?
小川:スマダールはアシュケナジーと呼ばれるイスラエル人です。対する主人公のズベイルはアラブ系のイスラエル人ではなく、イスラエル国籍を持ったイスラム教徒のパレスチナ人。アシュケナジーでありながら、アラブ人を受け入れ、世界の多様性を理解するということが彼女の大事な役割でした。ですのでアシュケナジーであるということがすぐに分かるように、あのキャラクターは絶対金髪の女優を選ぼうと思っていました。彼女は本国では有名な女優さんなんです。

- パレスチナ側の撮影について伺いたいのですが。
小川:警察の警備の方がついています。それはテロとかじゃなくて、普通に人が集まるところで撮影する際の警備としてですが。

宮川秀之プロデューサー(以下宮川):この映画撮影の数年前にイスラエルに招待された時、ブロックされた道を遠回りして先にいくということがありました。レストランに行っておじさんにどうして通れないんだときいても答えてくれない。不思議な現代がイスラエルにはあるんです。

小川:不思議な現代ですね。イスラエルはこの状態を何千年も続けている訳です。

ズベイルっていうキャラクターがどれだけフレキシブルにインターナショナルな人間に響くのかという点に気をつけていました。(小川監督)
小川監督の罠にかかったと言うべきかな。(宮川プロデューサー)
- 複雑なイスラエルの物語でありながら、家族のあり方であったりとか、大切なものを守ることであったりとか、共感できる部分が多くあります。アラブ圏の人々を日本の人たちと価値観の違う、とても遠い存在と考えがちですけれどですけれど、この映画を観ると同じ価値観を持っていると感じますね。
宮川:そういっていただけて、映画を作って良かったなと感じました。

小川:僕もとてもうれしいです。今回の映画は日本向けではなくイタリア向けでもなく世界に向けて作られているのですが、ズベイルのキャラクターを作るときに、一番共感できる、感情移入できるキャラクターを作ろうと考えました。ストーリーそのものも結婚とか車を購入したり一般的な事柄を盛り込んでいます。ズベイルっていうキャラクターがどれだけフレキシブルにインターナショナルな人間に響くのかという点に気をつけていました。

-(人間の)芯の部分は同じだということを描く中でとても遠い国を選ばれたのかと思いました。
宮川:彼(小川監督)の罠にかかったと言うべきかな。映画撮影以後、アクラムファミリーとお付き合いがあるんですけれど、奥さんがイタリア人のオペラ歌手。彼はアラブ人で、イスラエル国籍。友情が芽生えているのはイタリア、トスカーナ、そして日本人。人種の意識がない。僕は日本国籍だけれど、やっていることはイタリア人。時々、自分がどんな顔をしているか分からなくなるときがあるんです(笑)。

イスラエルを訪ねたときに一番最初に感じたのは、日本の昭和のお正月みたいでした。(小川監督)
-登場人物のせりふや表情がとても自然です。脚本を作るうえでの共同脚本製作者との製作プロセスを教えてください。
小川:アクラム・テラーウィとは映画を撮る前からお芝居を一緒にやっていました。すでにチームとして活動していたので、映画制作でも自然にやれたというのがあります。なるべくドキュメンタリーっぽくしようと考えていました。アクラムの一人芝居のシーンはほとんどアドリブです。彼はせりふを覚えるのが苦手なんですね。変に動きとか決めちゃうとだめなんですよ。彼の一人芝居のシーンは個人的にすごく気に入ってます。イスラエルを訪ねたときに一番最初に感じたのは、日本の昭和のお正月みたいだということですね。ビジュアル的にも壁に古いセイコーの時計がかかっていたりしますし、家族がワサワサ集まって、みんなでワイワイご飯を食べるっていうのがすごく昭和っぽい。今、日本では見ないような懐かしい風景でした。

-音楽が非常に印象的です。ラストの曲にびっくりしました。
小川:“ラストのあの曲”は映画をつくるかなり前半からイスラエルでずっと聴いたり、「どう、この曲?」みたいに(周りの人に)聴かせたりしていました。昭和っぽいという話をしましたが、そこに繋がってくるんですね。すごく雰囲気があっていると思っています。

恒例、靴チェック
小川監督の足元はレザーのシューズ。自然体の監督にぴったり。

 

 

 

 
小川和也(監督)プロフィール
1977年、横浜市鶴見区出身、風呂屋の一人息子。2001年、留学先のNYCでワールドトレードセンタービルの崩落を目の当たりにする。後、イタリア・トスカーナの人口三千人の村で、宮川秀之が主催する農園に4年間住み込む。近所に住むパレスチナ人俳優と共にイスラエルに渡り、初監督作である本作品の脚本を完成、撮影をおこなった。

 

 

宮川秀之(制作)プロフィール
1937年、群馬県前橋出身、イタリア在住。戦後直後に世界をバイクで放浪、後イタルデザイン・ジウジアーロ共同設立者となる。有機農法を実践する農園ブリケッラをトスカーナで主催、日本の不登校や引きこもりを呼び自立させるプログラムを実践。欧州有機ワインコンクールで金賞を受賞。

 

 

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取材・撮影・編集・文:白玉 

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