『ヤコブへの手紙』 クラウス・ハロ監督 インタビュー

  • 2011年01月21日更新

手紙

2011年1月15日(土)より銀座テアトルシネマ他全国順次公開の、フィンランド発『ヤコブへの手紙』。盲目の牧師・ヤコブと、刑務所から出所したレイラの物語です。レイラの仕事は、ヤコブのもとに届く手紙を読んで、返事を書く手伝いをすること。悩める人々から送られてくるそれらの手紙は、ヤコブの生きがいです。しかし、ある日を境に、手紙が一通も届かなくなって……。

本作のメガホンを取ったクラウス・ハロ監督のインタビューをお届けします。2010年の秋に開催されたフィンランド映画祭2010で来日した際にお話を伺いました。本作の演出と撮影にまつわる秘話から、現代のフィンランドに生きる女性たちの志向にまで話題が及んだロング・インタビュー、じっくりとお楽しみください。

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笑顔⑤

― 本作は各国の映画祭で上映されていますが、特に印象に残っている国や観客の反応がありましたら、教えてください。

「各国の映画祭へ足を運んで感じたのは、『人間は国籍に関係なく一緒で、同じようにものを考えるのだ』ということです」

クラウス・ハロ監督(以下、ハロ) 最初に上映したのは、スウェーデンのヨーテボリ国際映画祭でした。その際には多くのかたが涙を流して、「素晴らしい映画をありがとう」とおっしゃってくださったので、私とプロデューサーは嬉しくて、まるで夢ではないかと思ったものです。
その後、第82回アカデミー賞外国語映画賞のノミネートも含めて各国の映画祭で上映されました。私も各地へ足を運びましたが、たとえばビバリーヒルズのセレブリティにしても、フィンランドの地方に暮らすお年寄りのかたにしても、みなさまが同じように共感して本作を受け入れてくださっているのだ、と感じました。
「自分にとって最後の作品になろうとも絶対に完成させたい」という強い信念を持って作った映画ですが、フィンランドの国境を越えて世界のかたに観ていただけるとは夢にも思っていませんでした。各国の映画祭へ足を運んで感じたのは、「人間は国籍に関係なく一緒で、同じようにものを考えるのだ」ということです。ですので、どの国や観客が特に印象的だったかを特定することはできません。

笑顔④

― ヤコブの台詞で、「神のためにやっていると信じているが、手紙は自分のためだった。私を天国へ導くためのものだった」というものがありますが、ハロ監督はその考えかたに同感ですか? また、ヤコブ牧師と同じような経験をしたことはありますか?

ハロ この台詞は本作の重要な部分のひとつであり、私自身の人生に対する考えかたでもあります。
私はキリスト教徒で、神と自分の関係は「親子の関係」に似ていると考えています。たとえば、小さな子供は日々の暮らしでいろいろな遊びを楽しみますが、安心して遊べるその環境を整えているのは親です。親は子供の世話をして、幸せに暮らせるように導いていますが、幼い子供はそのことに気づいていません。神と人の関係も、同じようなものだと思います。
神が私を導いてくださったから、本作の脚本と出会って、この映画を作ることができたと考えています。そういう意味では、ヤコブと自分には重なる部分があると思っています。

― 映画の中で雨が象徴的に使われていました。「雨漏り」、「大雨が降る」、「雨が上がる」という場面はヤコブの心理状態を表していたのではないかと思いますが、そのアイデアはどこから浮かんだのでしょうか。

「『人生での役割が終わりに近づいてきて、長い人生が短い夏のように感じられる』というヤコブの心理を表現するために『雨』を取り入れました」

ハロ フィンランドの夏は6月から8月の半ばと非常に短くて、夏から秋にかけての季節の変わり目には雨の日が多くなります。日照時間が短くなって、気分もどんよりと落ちこんでいくその時期に、ヤコブの心理状態を重ねあわせました。「人生での役割が終わりに近づいてきて、長い人生が短い夏のように感じられる」というヤコブの心理を表現するために「雨」を取り入れたのです。
秋を迎えて寒くなってくると、気持ちが小さくなって、家の中で過ごす時間が多くなります。そんな時間の中にも幸せなことはありますが、人を受け入れる余裕がなくなってしまうのも事実です。人生も同じで、年齢を重ねると共に、自分は小さな存在で、必要とされている世界はそれほど大きくないと気づくようになります。しかし、そうはなっても幸せな時間や素晴らしい出来事はあって、それで満足できるようになっていくのだと思います。

ymain

― ヤコブ役をヘイッキ・ノウシアイネンさんが、レイラ役をカーリナ・ハザードさんが演じましたが、このキャスティングはすぐに決まったそうですね。また、撮影現場の雰囲気はいかがでしたか?

「私は常に、『いかに自分の心を動かしてくれる演技をするか』を基準に俳優を選びます」

ハロ 舞台や映画を観たときに、自分の心が揺れ動く演技をした俳優は印象に残るものですが、ノウシアイネンさんとハザードさんも、私にとって以前からそういう存在でした。私は常に、容姿で俳優を選ぶのではなく、「いかに自分の心を動かしてくれる演技をするか」を基準にキャスティングをして、抜擢した俳優の演技を信じることにしています。撮影にあたっては、私が俳優にいろいろと要望するのではなく、彼らが各シーンを自ら解釈して演じてくれるのがベストだと考えています。
撮影現場の雰囲気は、とても温かかったです。これまでの作品では、常に急かされているような落ち着かない感じがしたものですが、今回は俳優やスタッフと密な雰囲気の中で、相談をしあいながら進めることができました。とても居心地のよい現場でした。

― 本作は自然が豊かな土地でロケがおこなわれていましたが、フィンランドらしいといえる風景なのでしょうか?

ハロ 現在のフィンランドにはどこでも高速道路や大きなスーパーマーケットがあるのが一般的なので、本作で映したような自然にあふれる土地を見つけるのは、実は難しいことでした。
本作は、私が幼少期だった1970年代を舞台にしています。当時の人々は現代のように忙しい生活を送っていなくて、静かでゆったりとした時間が流れていました。主人公のヤコブとレイラが互いの仮面を徐々に脱いでいって素の自分を現していくのにふさわしい、自然が豊かで静かな場所で撮影をする必要があったのです。

ななめ

― 『ヤコブへの手紙』からは離れますが、近頃のフィンランドにおける30歳代の女性たちの生きかたの傾向を教えてください。

「仕事以外にも豊かな生きかたがあると気づく女性が非常に増えています」

ハロ 2種類あると思います。ひとつは、キャリア志向の女性たちです。彼女たちは、ともすれば家族を持たずに、仕事を中心に生きていこうと考えています。もうひとつは、ほどほどに仕事をしながらも、子供がたくさんいる家庭を築いて、子育てを中心に人生を過ごしたいと考える女性たちです。彼女たちの親の世代は逆に、子供を多く産みませんでした。このように、対照的な生きかたを選ぶ女性が増えてきたと感じます。
フィンランドにはかつて、「女性も男性に負けないように仕事をして、社会の役に立たなければならない」という意識を持って働くのがよいとされていた時期がありました。しかし、現代では、たとえば、(仕事が中心の生活をしてきたけれど)ある程度の年齢を重ねてから出産して、仕事以外にも豊かな生きかたがあると気づく女性が非常に増えています。「仕事も楽しいけれど、それだけにエネルギーを注ぐのではなく、家族の中でも充分に幸せを感じることができる」と考える傾向になってきているように思います。

ひとつひとつの質問に対して真摯かつ気さくにお話しくださったハロ監督。自らも認める通り、話し好きで、一旦話し始めると止まらず、限られた時間では物足りない様子でした。人生と自身の作品に対して真剣で、伝えたいことがたくさんあるのだと感じました。『ヤコブへの手紙』を通して、日本とフィンランド映画との距離がグッと縮まり、興味も深まると思います。監督が常に意識しているテーマ「人間という弱い存在、そして、人がダメージを受けているときにどうなるのか」について考えさせれ、スピリチュアルな気分に浸れる作品です。

ヤコブへの手紙「LETTERS TO FATHER JACOB」

▼『ヤコブへの手紙』
作品・公開情報

フィンランド/2009年/75分
原題:”Postia pappi Jaakobille”
監督・脚本:クラウス・ハロ
原案:ヤーナ・マッコネン
出演:カーリナ・ハザード
ヘイッキ・ノウシアイネン 他
配給:アルシネテラン
『ヤコブへの手紙』公式サイト
※2011年1月15日(土)より、銀座テアトルシネマほか全国順次公開。

取材・編集・文:秋月直子 スチール撮影:みどり
改行

  • 2011年01月21日更新

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