『息もできない』に徹底接近! ヤン・イクチュン監督 記者会見

  • 2010年03月22日更新

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第10回 東京フィルメックスで、この映画祭開催以来初の、最優秀作品賞と観客賞の2冠に輝いた『息もできない』が、2010年3月20日より、シネマライズ(東京)他にて、全国順次ロードショー。

公開前から注目を集めていた『息もできない』。もっともっと理解を深めて、この作品と向きあうために、2010年1月29日に韓国文化院でおこなわれたヤン・イクチュン監督の来日記者会見の模様を、ほぼノー・カットでお届けします。

この映画を、これから観るかたは予習に、既に観たかたは復習に、どうぞっ!

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ヤン監督のお話に耳を傾ける前に、まずは当サイト恒例、《セレブの靴チェック!》から~。

ジーパンにチェックのシャツで登場したヤン監督は、足元も軽やかにカジュアル。ブラックとブラウンのコンビ・スニーカーで、ブルーのラインが目を惹きます。

本作では、脚本・編集・主演も務めているヤン監督。会見の席に着くなり、「日本に来てから、いろいろと食べ過ぎて、お腹が張り裂けそうです。トイレにもよく行って、健康になった気がします」と陽気に笑いました。和やかなムードの中、つめかけた記者との質疑応答形式にて、会見がスタート!

― 自主制作映画の本作が国際的に評価されて、純粋に感じたことは?

「『自分の表現したいものを表現する』という自由を味わえました」

ヤン・イクチュン監督(以下、ヤン) こういうタイプの自主映画を作るのは非常に困難でしたが、だからといって、一般の商業映画が簡単に作れるというわけではなく、どんな作品でも、映画を1本完成させるのは、とても難しいことです。
私自身が個人的に持っているものを総て捧げないと本作は作れなかったので、それは非常に困難な経験でした。しかし、商業映画で素材を与えられて作るのとは違って、「自分の表現したいものを表現する」という自由を味わうことができました。
「本作は、観たい人だけに観ていただければよい」と、私は思っています。本作を作って、私は自分の中にたまっていたものを吐き出すことができたので、とても意味がありました。ですから、本作が完成した今、「この映画を、どう観るか」ということは、観客のみなさまにかかっていると思います。
(本作がグランプリを受賞した)ロッテルダム国際映画祭で、私は、「韓国の一家族を描いたこの映画が、外国でも評価されるのは不思議だ」と申し上げました。しかし、その際、ある観客のかたが、「家族の問題は全世界的なテーマで、韓国に限られたことではありません」とおっしゃってくれました。どこの国にもいろいろな問題があり、その問題の多くは、家族から始まっているのではないでしょうか。家族に困難を与えたり、父親や母親という立場の人に影響を与えてがんじがらめにしたりするのは、社会からの圧力だと思います。そういう圧迫やしがらみから脱却していこう、という気持ちで、私はこの映画を作りました。
たとえば私たちは、(実際にその国に行ったことがなくても)北朝鮮の住民が困難な生活を余儀なくされていることを知っています。なので、韓国に来たことがないかたでも、本作を通じて、韓国の家族や社会が抱えている問題を知って、ご自身や、自分が生きる社会の問題と、重なりあわせることができる部分があるのではないでしょうか。

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― 韓国の映画界のシステムを、どう思いますか?

「文化とは、人間そのもの」

ヤン 韓国映画界のシステムに対して、私は不満をたくさん持っています。しかし、不満を社会や国家に押しつけて要求するだけでは、なにも変わらなくて、新しいものも生まれないのではないでしょうか。映画に携わる者ひとりひとりが努力していくことによって、環境を変えていく力を持つことができると考えています。
映画に限ったことではありませんが、韓国では文化をお金に換算してしまう風潮が強くなっています。「文化は文化自体に意味があるのだ」という状況にするためにも、人間ひとりひとりが、文化を文化として見なす姿勢が必要でしょう。言うなれば、「文化とは、人間そのもの」ではないでしょうか。

― 本作では、社会への怒りや家族をめぐる不安が描かれていますが、この作品を作ったことで、ヤン監督自身の気持ちに変化はありましたか?

「『自分は大切な人間で、周囲から愛情を受けてもよいのだ』と思い至ることができました」

ヤン 「自分は大切な人間のひとりで、周囲から愛情を受けてもよい存在なのだ」という、単純な事実に思い至ることができました。
「生きにくい」という感覚や不満を長いあいだ抱えこんでいると、それらが積み重なって腐ってしまいます。体にできた傷が膿んでいくのと同じことです。
自分が抱えこんできたものを外に出す回路として、私にはこの映画がありました。私はこれまで、自分を恥ずかしい存在だと思っていましたが、本作を作ったことで、「自分も大切な人間で、自由に話してもよいのだ」という自由を得ることができました。この映画を観てくれた友人たちの中にも、そう感じてくれた者が多かったです。
また、自分の両親の世代の人々には、この映画は不愉快に思われてもしかたないと考えていたのですが、実際には、(その世代の人々の中にも)共感してくださるかたが多かったのです。たとえば、私の父は、この映画が完成したあとに、髪を伸ばし始めました。父の世代にしてみれば、男が髪を伸ばすのは軟派なことで、実際、私も若い頃に父から、「髪は短くしろ」と言われたものです。
そんな父が、本作の完成後には、髪を伸ばしています。ささやかな変化ではありますが、仕事一筋で生きてきた父が、「自分の望む外見にする自由があって、自ら幸福を追求してもよいのだ」と感じてくれた、ひとつの契機だと思っています。

― 2009年は、本作が各国の映画祭で多くの賞に輝いて、とても充実していたと思いますが、昨年を、ひと言で表すと?

ヤン 2009年をひと言で表すと、「クレイジーな年」でした(笑)。時間を忘れて、(本作に)狂ったように没頭しました。幸せなことや疲れ果てたことがいろいろとあって、こんなに忙しく過ごした経験は、今までになかったくらいです。

― 2010年に、新しく挑戦したいことは?

ヤン 当面は、映画に対する欲求がないので、お酒を呑んだり、スポーツをしたり、恋愛をしたりといった、映画とは関係のない、いろいろなことをしたいです。本作に全精力を費やしたので、当分はゆっくりしたくて。なので、2010年は、「休息の年」にして、休みたいです(笑)。

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― (本作で新人男優賞と新人女優賞を受賞した)韓国の青龍映画賞の授賞式の際、ヤン監督は素敵なスーツ姿で登場しましたね。青龍映画賞を受賞した感想は?

「映画で賞をとるのは、特別なことではないと思っています」

ヤン 映画祭や授賞式のとき、私はいつでもラフなファッションで行くので、青龍映画賞のときもそのつもりだったのですが、(本作のヨニ役で新人女優賞を受賞した)素敵なドレス姿のキム・コッピさんをエスコートしなければならなかったので、自分も盛装しなければ彼女に申し訳ないと思って、スーツを着ました。それを見た友人たちには、「おまえのアイデンティティーが疑問だ」と言われました(苦笑)。
私にとっては、映画で賞をとることに、大きな意味はありません。幸い、多くの賞をいただいたので、無感覚になっている部分はあるかもしれませんし、受賞することは光栄で嬉しいのですが、同時に、それは特別なことではない、という感覚を持っています。

― 本作で最も好きなシーンは?

「主人公を演じて、『極端な感情を爆発させることができた』のが、とても快感でした」

ヤン 本作が映画館で公開されたときには、私も観客のみなさまと一緒になって、笑ったり泣いたり感動したりしましたが、本作の撮影が終わってから、編集に6ヶ月かかって、そのあいだ中ずっと、この映画を「見すぎるほど」見ていたので、(シーンについては)麻痺している部分もあるかもしれません。
どのシーンも気に入っていますが、(主人公のサンフンを自ら演じて)極端な感情を爆発させることができたのが、とても快感でした。
日常生活では、たとえば、カラオケで歌ったり、山に登って「ヤッホー」と叫んだり、恋人と別れたときに壁に拳を叩きつけたりといったような、他人に迷惑や被害を与えない範囲内で感情を発散させる場合がありますが、自分の感情を爆発させることは、そんなにできないと思います。
本作を撮影していたとき、「シーンの中で感情表現をすることの意味」が、もちろん前提にありましたが、その意味を離れて、「極端な感情を爆発させることができた」ということに、とても快感を覚えたのです。

― 暴力のシーンを撮影する際に意識したことは?

「『最初のテイクで、最大限にテンションをあげて、最大限の感情を爆発させてほしい』とキャストに要求しました」

ヤン 愛らしい表現をしていては、自分の中に積もり積もった鬱屈を描写できない、と考えたので、本作は暴力のシーンが多い作品になりましたが、これはあくまでも映画の中のことであって、私が実際に粗暴で、周囲のスタッフを殴っているわけではありませんよ(笑)。
自分につらいことがあったとき、部屋を暗くして悲しい歌を聴いたり、つらかった経験を友人に話してもらったりしたほうが、私は慰められます。本作に描かれた家族間の暴力を観たかたの中には、恐ろしいと思うと同時に、皮肉にも慰められる部分があった、と感じたかたもいらっしゃると思うのです。
暴力のシーンの撮影に関してですが、本作にはスタントマンやアクション監督がいなかったので、出演者が自ら考えたり、キャスト同士で話しあったりして、撮影を進めました。幸い、事故もなく、アクションのシーンを撮ることができました。
撮影のとき、私は出演者たちに、「最初のテイクで、最大限にテンションをあげて、事故が起こらない範囲内で、最大限の感情を爆発させてほしい」と頼みました。最もテンションの高い演技で最初のテイクにあたらないと、その後のテイクでテンションを更にあげていくのは、非常に難しいからです。

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たとえば、コッピさんが私を殴るシーンがありました。(ここで、自分が殴られるジェスチャーをして)私は、もちろん、「最大限の力で、私をひっぱたいてくれ。思いきり殴ってくれて大丈夫。死にやしないから」と要求しましたが、(遠慮したコッピさんが)力いっぱい私を殴れなくて、何回もNGになってしまったこともありました。このような点が、撮影の難しい部分でした。
しかし、映画はリアルに見えなくてはなりません。本作をよく見ると、実際に人が人を殴っているシーンはそれほど多くなくて、殴っている人間と殴られている人間の顔のアップや、表情と感情で表現している部分が多いのです。それでも、リアルに見えるために必要なのは、テンションの高い感情をシーンに加えることだと思っています。それがなかったら、偽物に映ってしまいますから。演出上、ひとつひとつの瞬間の感情を(出演者に)極大化させるという点には、神経を注ぎました。

― 「この映画はすごい作品になる」と、ご自身が確信した瞬間はありましたか?

「普通の人間が作った、普遍的な物語の作品です」

ヤン 自分は特別な人間ではなくて、普通の普遍的な人間だと思っています。ですから、そんな私が作った映画は、それほどありえない内容ではない、普通の普遍的な物語だと思います。ただ、普通の人間が作った、普遍的な話であるからこそ、(多くの人々に)共感してもらえるのではないか、と感じてはいました。
人と人との出会いでも、目を見て少しだけ話したときに、なんの根拠もないのに、「いい人だな。相手も、私をよく思ってくれているのではないかな」と感じて、その感覚が持続することで、その相手と恋人になったり結婚したりする、ということがあります。(出会いのそういう感覚と同じような共感が)本作にはあると思っています。

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― 最初の試写会をおこなった際、周囲はどのような反応をしましたか?

「『シバルノマ』という言葉に含まれた、サンフンの感情と悩みを、みなさまにわかっていただけたのだ、と思いました」

ヤン 本作を最初に観客に観ていただいたのは、プサン国際映画祭だったのですが、お客さまの反応は非常によかったです。
映画を作る人間は、シナリオの段階で考えていたことが次第に曖昧になってきて、不安が募り、感覚がつかめなくなっていきます。そういう不安を抱えながらも、脚本にとりかかった当初に信じていたことを最後まで貫くのが、映画制作という作業だと思います。とはいえ、撮影と編集を終えて、音声をつけても、不安を拭い去ることはできません。なんとか映画を完成させたあと、「この作品は、いけるのではないか」と手応えを感じるのは、観客のみなさまと出会ったときです。
ですから、プサン国際映画祭で観客と出会ったことによって、「本作はみなさまの共感を得られて、成功できるのではないか」と感じました。自分の心の中にあった真実を正直に出せた作品なので、「悪くない映画だな。自分も、なかなか悪い人間ではないな」と思いました。プサン国際映画祭では、(私だけでなく)スタッフと出演者たちも、そう感じてくれたと思っています。
各国の映画祭に赴いたことによって、「本作がみなさまに受け入れていただけたんだな」と、実感した出来事がありました。これまで、私になんの関心も示していなかった若い映画監督たちが、本作を観たあとに、私に向かって「シバルノマ」と言うのです。「シバルノマ」とは、本作の主人公・サンフンがたびたび口にする言葉で、「この野郎・ばか野郎」という意味です。若い映画監督たちに直接「シバルノマ」と(冗談で)言われて、「彼らは本作を気に入ってくれたのだな」と感じました(笑)。
また、台湾のホウ・シャオシェン監督は、本作を観てくださったあと、私に食事をごちそうしてくれました。そのとき、ホウ監督も私の顔をちらりとご覧になって、「シバルノマ」とおっしゃいました。会う人、会う人に、「シバルノマ」と言われて、私は気分がよかったです(笑)。
「シバルノマ」は、相手を罵倒する非常に悪い言葉ですが、本作の主人公のサンフンは、環境的に教育を受けることができなくて、社会に抑圧されていますから、このような言葉を使って会話をしているわけですね。ですから、本作を観てくださったみなさまが、「シバルノマ」という言葉の中に含まれたサンフンの感情や悩みをわかってくださったのだ、と私はとても嬉しく思いました。

ダンスが得意というヤン監督は、終始、明るく、かつ、真摯に、質問にじっくりと答えました。会見が終わって席を立ったヤン監督は、お気に入りの(?)日本語「おごってー!」を記者に向かって笑顔で言ってから、会場をあとにしました。

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▼ヤン・イクチュン監督 プロフィール
1975年生まれ。多くの職業を経験したのち、21歳で兵役に就き、除隊後、演技を学ぶ。多数の映画に俳優として出演したあと、初監督作品である短編映画”Always Behind You”(2005年)が、ソウル・インディペンデント短編映画祭をはじめ、国内の数々の映画祭で受賞し、監督としても注目を集めるようになった。各国の映画祭で受賞した初長編監督作『息もできない』は、自身の家を売り払ってまで製作費を捻出した作品。俳優としての次回出演作は、イ・ハ監督のコメディ映画でチ・ジニ共演の『家を出た男たち』(原題)。

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▼『息もできない』作品・公開情報
英語題:”Breathless”
韓国/2008年/130分
監督・脚本・出演:ヤン・イクチュン(Yang Ik-Jun)
出演:キム・コッピ イ・ファン チョン・マンシク 他
配給:ビターズ・エンド スターサンズ
『息もできない』公式サイト
※2010年3月20日より、シネマライズ他にて、全国順次ロードショー。

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取材・編集・文:香ん乃 スチール撮影:秋山直子
改行

  • 2010年03月22日更新

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